事件その2 ゲリラ放送(7) 第1回経過報告【前編】
金曜日、北條が登校すると、教室内の机は元に戻っていて、カメラと三脚はロッカー内に納められていた。
何食わぬ顔をして教室を出た土本は、生徒会室の方へ向かって歩いていく。途中で立ち止まり、振り返ると、北條がついてきていた。
「一応動画の最初の方を確認したけど、その後は誰も入ってきてないみたいだな」
廊下の壁に寄りかかり、土本が話し始めた。
「そうですか。あっ、ありがとうございました。机の方も元通りにしていただいて」
「ああ、それはまあ、ついでだから」
土本は正気の抜けたような反応を返す。そして、どこか浮かない顔をしている。それは、寝不足だけが原因ではない。
「……? あと、名簿の方は、どうでしたか?」
土本の様子に疑問を持ったが、北條は話を続けた。
「ああ、実は、その件なんだが」
土本は、名簿から「タテカワ」の該当者が見つかった件、その氏名欄が修正されていたこと、名簿に記載された進学先について、等のことを話した。
「そんな……」
土本からの話に、北條は動揺を隠せなかった。
「とりあえず、タテカワという人物について、修正前の長谷部という名字も含めて、OBに該当者がいるか。それと、その人と関係している人が在校生にいるか。その辺りを聞いてほしい」
「……それを、聞かなければいけない、ということですよね」
「ああ。真相を知るためにはな」
そう、これは昨日、土本が念押ししたこと。
今後の調査の方針について、真相を明らかにするため、名簿から判明した事実から、わかるところまでとことん調査する。北條は、それに確かに同意した。
「……あの、これって、ひょっとして、聞かれる側からしたら嫌なこと、相当に聞かれたくないこと、なのでは?」
「そうだな。タテカワさんにとってはそうだろうな。でも、それを調べないと、その先へ進めないし、真相がわからない」
「そうですね……聞かなければ、真相はわかりませんものね」
明らかに気の進まないといった表情をしているが、口に出す言葉は前向きである。
「そうだ。これについては、放送部員に聞くしかない。放送に関する情報を引き出せる可能性があるのは、今のところ、教職員か放送部しかないからな」
土本もここへきて強気に出て、北條に行動を促す。北條が交渉の窓口になるため、ここで躊躇されては困る。北條には、動いてもらわなければならない。
「分かりました。昨日の定例会でまとめた調査事項と併せて先方に依頼します」
「頼む。回答は、できれば次回の定例会までに聞きたい」
「はい、それも伝えます」
北條は、そう言って直ぐに廊下を駆けていって、連絡通路を伝って向かいの旧校舎へと向かった。
旧校舎には英語科、音楽科のクラスがある。つまりは、「放送部の友人」はそのいずれかの生徒、ということになる。
それがどういう人物で、どれほどの情報を持っているか、又はどれほどの情報をこちらに提供してくれるか。今は全くわからない。ただ、北條の交渉能力と、先方の行動力、そして良心に期待するしかない。
なんとかいい情報が入ってきてほしい。土本はそう願いつつ、教室に戻った。
その日の放課後。
生徒会の常会に顔を出すため、土本は放課後の生徒会室へと向かった。
常会については、必ずしも顔を出す必要はないとは言われている。
しかし、報告を北條に丸投げするのも悪いと思い、とりあえず顔を出すことにしたのだった。
それに、生徒会内部の動向は常に把握しておきたい。まだ見ていない人が来ているかもしれない。そういう意図もあった。
「ちーす」
そう言って入口を潜って行こうとすると。
「よっ」
生徒会室に入るや否や、背中をポンと叩かれた。
「あっ?」
振り返ってみると、小柄な女子生徒が右手を挙げて声を掛けてきた。
「たつみィ、ひっさしぶりじゃん」
その女子生徒には、見覚えがある。しかし、誰なのか、思い出せない。
「うえっ、と……」
言葉に詰まった土本の様子を見て、女子生徒は何かを察した様子だった。
「あっ、ウチの事、忘れたか? 薄情者め」
その口振りの割には、怒っている様子はない。
「あおいだよ、梅里仰日」
「あっ、龍吾のツレ……」
名前を言われてようやく、その女子のことを思い出した。
中学時代の同級生。クラスは違うが、当時の親友と親しくしていた女子。それがこの梅里だった。
身長は150センチ少々、髪はおそらく地色は黒だが、赤茶色のメッシュが入っているショート、体型は太くも細くもない中くらい、だがブレザーを着ていても胸のサイズが平均よりあるのがわかる。口は悪いが、意外なことに顔は可愛らしい。
「ツレとか言うな、アレとは近所の腐れ縁なだけだ。そんなことより、なんであんたがここにいんだ?」
「先週から生徒会に入ったんだよ。お前こそ、生徒会ってガラじゃねえだろ」
「ウチは生徒会長直々のスカウトで入ったんさ。11月から」
何故か梅里は、誇らしげに胸を張った。
「11月? なんでそんな中途半端な時期に……」
「あんたが言うな。ウチの場合は、会長からのスカウトのタイミングの問題。そっちこそ、なんで三学期の途中なんて中途半端な時期に入ってきたん?」
「それは……うっせ、俺にも事情があんだよ」
事件の調査を依頼されたから、と土本は一瞬言いかけたが、これは言ってはまずいと思い直し、適当にはぐらかした。
「なに事情って。まったく、こんな不良少年、一体誰が連れてきたんだ?」
いつの間にか土本の隣に来ていた北條が、そこで会話に入ってきた。
「すみません、私ですが……」
「えっ、琴音ちゃん?」
北條の口角は上がっているが、目が笑っていない。
「お2人は、旧知のご関係だったんですね。土本君は、私が生徒会にお誘いしました」
「あっ、そ、そう、なんだ。えっと……なんで?」
珍しく迫力のある北條に、梅里は驚いて口篭った。
「それについては、ちょっとここでは何なので、あちらでお話ししましょう」
その口調は、ヤンキーの世界で言う「お前らちょっとツラ貸せや」を極限まで丁寧に言い換えたような、そんな雰囲気を感じさせるものであった。
その北條の迫力に押されて、2人は北條の言う通り場所を移すことにした。と言っても、生徒会室はそこまで広くない。
移動した先は、備品倉庫だった。
「……というわけで、現在、私たち2人で、事件に関して調査を実施しています」
北條は、梅里に対して、土本の生徒会加入に至る経緯、そして「木曜探偵班」の活動について、包み隠さず話した。
「いいのか? あまり大っぴらにはしない方針だったはずだけど」
土本は、口の軽そうな梅里に、あっさりと自分たちの活動を教えたことに不安を覚えた。
「いいんです。梅里さんには、事情を知っておいていただいた方が、変に勘繰られるよりはいいと思いますので」
「そうか。まあ確かにこいつの場合、俺が放送の件とかで動いてるのを見られたら、変に誤解されて噛みつかれそうだしな」
「ひとを野良犬みたいに言うな。まあウチにその、『探偵班』のことを伝えたのは正解だと思うよ。何なら、助けが必要なら手を貸してもいいし」
今さっき聞かされた、校内で発生した事件とその調査の話について、梅里はもう首を突っ込む気でいるらしい。
「いや、それはいい。とりあえずお前にはこの件、そっとしておいてほしい」
「なんでよ! こんな面白そうな話、ウチにも乗らせろよ」
「やっぱり面白半分じゃねえか。いいか、これはマジな話なの。至って真剣な、事件の調査。遊びじゃねーの」
そこで、北條は口を挟んだ。
「いえ、実は梅里さんのお力をお借りする用件が既にあって……」
北條によると、今後、備品盗難疑いの事件に関しては、関係者からの再聴取が必要になる可能性があり、その時に補助を依頼する人員の内の1人が、この梅里らしい。
「内部犯行の可能性が高いとなれば、生徒会関係者からの聞き取りを再度行う必要性はおそらく出てくるでしょう。その時には、彼女にお願いすることになるかと」
「でも、よりによってこいつなのか……聞き取りは確かに必要だし、一度に大人数を捌くとなると、人手はあった方がいいとは思うけどさ、人選は考え直した方がよくないか?」
「いえ、梅里さんは、生徒会のうち『確実に備品の件に関わっていないと言える人』なので、やはり適任です。それに梅里さんは、会長の信任を得て生徒会入りしているので、むしろ信用が重要になる仕事となれば、補助を求める人材として外せない人と言えます」
北條の述べる理由は全く筋の通った内容で非の打ちどころもない。それは理解しているが、土本にとってはどうにも受け入れ難い。
「そうかも知れないけど……こんな口の軽そうな女に? なんか他の奴に調査内容をベラベラ喋ったりしそうじゃね?」
北條よりもずっと小柄な梅里を見下ろしつつ、土本は不信感を露にした。
そこで今度は梅里の方が口を挟んだ。
「バカにしてんのか? 部外秘なら黙っとくことくらいできるわ。むしろあんたみたいな不良少年が生徒会でまともに仕事できるのか、そっちの方がウチにとっては不安だわ」
「残念ながら、入学以来優等生やってまーす」
土本は少々おちゃらけた感じで言い返した。
「中坊の頃はちょっとしたことですぐケンカしてたくせに。それで龍ちゃんにヤキ入れられたんだろ?」
土本にとってそれは、正直触れられたくないところだった。そのため、ついむきになった。
「やめろよ昔の話は。それに今思い出したけど、ケンカに関してはお前も人のこと言えねえだろうがよ」
「ウチは『ちょっとしたこと』ではやんねーし。生徒会でケンカなんかしたら、あんた1人の責任じゃ済まないんだからね」
「だからよ……」
「あの!」
口喧嘩に発展しかけた2人に対し、北條は双方の顔の中間に手刀を入れ、強引に話を切った。
「お2人の話は、私にはわからない内容なので、後で別の機会にでも、どうぞごゆっくり。そろそろ、生徒会室に戻りましょうか」
意外に鋭い手刀が目の前に来たため、土本も梅里も、咄嗟に一歩引いて身構えていた。
「あっ……ごめん」
その剣幕に気圧されてか、梅里は平静を取り戻した。
「その……手伝いについては、是非ともやらせてほしいなあ、なんて。ハハッ。今日でウチの仕事は一区切りついたことだし。そんなわけで琴音ちゃん、必要になったら連絡ちょうだい」
「はい、その時には、よろしくお願いしますね」
北條はやはり目が笑っていない。
「うん、じゃあ生徒会室に、戻ろっか」
梅里は、構えを保ちつつ、北條から目線を外さないように、後ずさりして備品倉庫から退出した。そして倉庫から出た瞬間、振り向いてそそくさと向かいの部屋に入っていった。
「じゃあ、俺も……」
「ちょっと待ってください」
梅里に続いて部屋から出ようとしたところ、北條に呼び止められ、土本はビクッとして立ち止まった。
「先ほどは梅里さんの方も言い方に問題があったとは思います。それについては、私からこの後本人には伝えます」
「あ、そりゃどうも……」
「でも、土本君も、あの物言いはないんじゃないでしょうか。噛みつかれそうとか、口が軽いとか。それ以外にも、梅里さんを軽んじるような言い方がありましたが、そういうことは安易に口に出すべきではないかと」
「……はい、すんません……」
実に素直に謝罪した。
「それでは、私は常会後に、調査の進捗について報告を行います。土本君は、常会が終わったら、失言について梅里さんに謝っておいてくださいね。それでは」
それだけ言い残して、北條は生徒会室に戻っていった。
どういうわけか、すっかり北條に頭が上がらなくなっている。それを自覚した土本は、どうしてこうなったか、その理由にあれこれと考えを巡らせてみた。考えたところで、明確な理由は出てくるはずもないのだが。
そして、今日これから梅里に詫びを入れなければならない、そのことでうんざりした気分のまま、生徒会室に戻った。




