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事件その2 ゲリラ放送(4) 休日の過ごし方

 水曜日の朝、北條はいつも通り朝6時に起床した。

 その日は祝日なのだが、兄の成人祝いのために、朝食後は家族写真の撮影がある。


 起床後、部屋を出て洗面所に向かい、顔を洗ってからリビングに行き、既に起きている両親に挨拶をする。

「おはようございます」

「おはよう」

 そして今日は、兄が既に起きている。真新しいスーツを着て、髪のセットも終えている。

 妹はまだ来ていない。おそらくもう少し後に起きてくるだろう。


 その妹が起きてきてから朝食になり、手早く片付けを済ませると、皆それぞれに身支度をし、それから隣の祖父母方へ家族揃って挨拶へと向かう。

 そこで祖父母と、撮影の為そこに待機していた叔父に挨拶し、母屋の前で叔父を除く家族が集合し、叔父の私物であるカメラ2つを使って複数枚集合写真を撮った。


 撮影後は自宅へ戻り、時間の迫っている兄を両親が送って行き、撮影の為制服を着ていた北條と妹は一旦上着を脱いで、昼までの自由な時間を過ごした。

 とは言っても、北條には勉強と調査結果のまとめがある。やるべきことを粛々と進めていると、気付けばもう正午近くになっていた。


 その間、妹はピアノの練習に没頭していた。妹は小学生の頃からコンクールで注目される存在であり、現在は中学校、それは北條の通う鴎翔学園の中等部なのだが、高等部進学の際には是非音楽科入りを、と音楽教師から直々に求められる程の逸材である。

 早期に音楽の道を断念し、勉学に注力することを決めた北條は、才能に恵まれた妹が誇らしくもあり、羨ましくもあった。


 正午過ぎに両親と兄が帰宅したので、再度祖父母方へ赴いた。昼食を食べた後、両親と兄は本宅へと挨拶に行き、妹は自宅へ帰ったが、北條は祖父母方に残った。

 台所で昼食の後片付けをしていると、叔父がリビングに来て、朝に撮影した写真を既に現像してきたものを祖父に手渡し、8ミリビデオカメラをリビングに置かれたテレビ下のビデオデッキに接続し、VHSテープにダビングを始めた。

 ダビング中、その映像をテレビに映しており、その映像には、午前中に兄が成人式に出席した際の様子が映っていた。

 

 叔父は独身であり、近所のマンションに居住している。親族との折り合いが悪い訳ではないが、「いい年をしておきながら所帯を持たず遊び呆けている」と祖母から小言を言われるのを嫌って、それこそ盆と正月、彼岸以外には顔を見せることはない。

 しかし今日は、叔父の兄である北條の父から用事を言いつけられている。撮影を趣味としていて撮影機材を多数所持していたことから、今日はカメラマン役を依頼されていたのだった。

 片付けを終えた北條は、そのダビング中の映像を見ながら、昨日のことを思い出した。


「おじさま、このビデオカメラ、明日からしばらくの間貸していただけませんか?」


 ビデオカメラの貸し出しを快諾した叔父に丁寧に御礼を言い、北條は一旦自宅へと戻った。

 兄は本宅への挨拶が終われば、そのまま同窓会へと向かう。両親は兄を会場へ送り届けてから帰ってくる。ならば今のうちに夕食の支度をしておいた方がいいと思って、夕食の支度を始めた。


 兄は現在有名大学の工学部二年生である。情報工学の世界では高校時代から存在を知られており、将来を有望視されている。まだゼミに入る前であるが、教授と接触し、専門的な情報の交換や、学会への帯同、ゼミ生の研究への参加、補助など、既に学者として動き始めている。


 優秀な兄と妹に挟まれ、肩身の狭い思いをしている北條だが、それを表には出さず、せめて普段の立ち振舞いは優等生として、兄妹の足を引っ張ることのないように、と常に気を遣って生きてきた。

 自身がその兄妹の、「『少々』優秀な」という程度に収まらない程の、超人的な能力があることを、これまで自覚することはなく、また誰からも指摘されてこなかった。

 しかし、その類稀な能力は、今になってようやく、周囲に認知されようとしていた。


 常人を遥かに凌ぐ記憶容量と、その情報を整理して出力する能力。そして極めて正確な時間認知能力。それに気付いているのは、今のところ、土本1人だけ。それが他の人に周知されるのには、まだもう少し時間が必要だった。


 一方、北條の兄と同じ歳の兄がいる土本は、成人式などに特に関わることなく、朝は遅く起き出し、他の家族が既に外出したことを確認した後、1人でパンをインスタントコーヒーで流し込み、朝の情報番組をだらだらと見つつ、10時過ぎてからようやく着替え始め、やはり1日をどうだらだら過ごすかを考えながら、ベッドに戻り未読の文庫本に手を伸ばしていた。

 やはり古本屋のワゴンセールに出る本など碌なものではない。序盤の20ページで読むのを断念し、今の自分の仕事、ゲリラ放送の件について考えていた。


 今ある情報からは、確定的なことはまだ言えない。しかし、ある程度これから起こり得る事態について想定して、備えておくことはできる。

 犯人が放送を敢行した目的は、おそらく生徒に、それも特定の誰かに向けて聞かせる、ということなのだろう。

 となると、「特定の誰か」と犯人には、何らかの繋がりがある。

 そして、DJピンキーと犯人にも繋がりがあると思われる。

 しかし、ならば、こんな回りくどい手段を使わなくとも、直接CD-Rを渡せば済む話。何ならDJピンキーと引き合わせることだって可能だろう。

 それをしない理由、否、「できない」理由があるはず。

 それを想像してみる。

 仮に、両者を引き合わせるのが物理的に無理だとすると。


 ……そこまで考えて、土本は一旦考えるのを止めた。

 それを本人に直接聞いたところで、穏便に済ませることができるとは思えない。

 そもそも、そこまで人のプライベートに立ち入ってよいのか。

 この調査において、自分たちが課されているのは「犯人探し」であって、その犯人に対してどうこうするところまでは仕事の範疇ではない。そんな権利はない。

 犯人を見つけて、それを生徒会に報告する、それだけをやればいい。

 しかし、北條はそうはいかないだろう。


 この犯人の動機や事件の背景を全く無視することはないだろうし、それを知れば放ってはおかない、放ってはおけない。あの生徒会長に憧れてついていこうとする人間なら、間違いなくそうするはず。

 出過ぎた真似だと制止するべきか、とことん付き合うべきか。

 まあ、後者しかないのだろう。

 ならば、最悪を想定し、その想定を基に対策を立てておくしかあるまい。とは言っても、自分が矢面に立つ程度のことしかできないが。


 昼を回っても家族が帰宅する気配がないため、自転車に乗り出して出掛けることにした。

 想定する「最悪」については、その場では北條さえ庇えれば問題ない。問題はその後、八方上手く収まる為、手を打っておく必要がある。とは言え、これにはどうしても北條を経由しなければならない。それを北條にどう伝え、どう納得させるか。


 堤防の上のサイクリングコースをややゆっくりめに走りながら、土本は考えを巡らせていた。

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