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事件その2 ゲリラ放送(3) 放送室の現場確認まとめ

「あのさ、俺、なんかやっちゃった?」


 教室に戻って早々、土本は恐る恐るそう切り出した。

「……はい、やっちゃった、と言えば、やっちゃってましたね」

 北條はまだ不機嫌そうな顔をしている。


「えっと、それは、何を?」

「土本君がどう考えているかは分かりませんが、やはり私としては、目上の方に対して、犯人だと疑っているという話を、たとえ遠回しだとしても、伝えるべきではないかと」

「ああ、そういうこと……」


 そこで、北條は何故かほっとしたような顔をした土本にその理由を尋ねようとも思ったが、それよりも先ほどの教頭とのやり取りで気になったこと、それに対する土本からの返答を聞くことを優先させた。


「さっき、先生と直で話すのは、不安だとか言ってませんでしたか? 随分話が違うじゃないですか」

「いや、いざ放送室に行ってみてさ、調査が始まると、そっちに意識が向いて、熱くなっちゃったもんだからさ、つい」

「つい、ですか。それで先生に失礼があって、今後の調査に支障が出ることもあるんですから、発言には注意してください」

「そこは、うん、今後は気をつけるよ。今回は教頭先生も特に気にした様子はないし、大丈夫だろ?」

「そうですね、今日の件は特に問題にはならないかと。ですが、今後は本当に気をつけてくださいね」

「りょーかい、善処します」

 あまり真剣とは思えない返答だったが、北條は話を進めた。

 

「……それと、資料なんですが、やはり教頭先生が持っている資料、わざわざ借りた意味があるとは思えないんですが」

「まあ、いいじゃないか、それは。無用な手間を掛けさせたって思ってるかもしれないけどさ、生徒会から教頭先生に資料を提出した後で、内容を一部変えた、って可能性だってある。生徒会で貰った資料と同じならそれはそれでよし、内容が違ってて、新たな情報が得られればみっけもの。その位の感覚でいいだろ」


 職員室前で資料を借りることについて北條に聞かれた際、必要以上に強く言ってしまったという負い目もあり、土本は努めて優しく、穏便に済ませようとしていた。ただし、言っていることは本心である。

「……はい、そこは、そう思うように努力します」

 努力します、ということは、まだ納得できていないのだろう。


「えっと、じゃとりあえず、今から、今日現場を確認して、それで分かったことを、今日のうちに整理していこうと思うわけなんだけど」

「はい、そうですね」

 一拍置いて北條の顔色を窺ってみた土本は、少し機嫌の直ってきたように見える北條に対し、とにかく今日のうちに、現場確認のまとめに取り掛かるよう促した。

 北條は、不機嫌さはなくなったものの、無感情な様子で、いつものように教壇に立った。それを見て土本は、やはりいつものように、自分の席に座った。

 

「まず、これは予想通りだけど、放送室に入るには、廊下側の出入口から入る以外に方法はない。そして、その出入口も普段はカギが掛かっていて、鍵の持ち主しか開けることはできない。ということは、犯人は鍵の持ち主の誰か、と考えるのがやっぱり自然だろう」

「そうですね、教頭先生も鍵については、私の把握していた内容と同じことをおっしゃってました」

「だな。そして、機器を見た限り、その扱いにある程度慣れていないと、操作する、そして実際に放送するのは難しい。とは言っても、鍵の持ち主の放送機器の取り扱い経験なんて知りようがない。だから、放送部員と顧問以外でも操作ができるという可能性は否定できない」

「現に、土本君にも操作できましたもんね」


「となると、そこから犯人候補を絞るのは難しい。今後事件が起こった場合、後から開錠に使った鍵を特定できれば、その持ち主が犯人だと分かるんだが、その方法はちょっと思いつかない。俺たちは警察じゃないから、指紋を取って犯人を特定するとかはできないからな」

 先ほどの教頭の話を踏まえた上でこの土本の語りを聞いて考えると、やはり彼は、どこか警察を意識している。探偵の真似事とは言っているが、本物の警察の、刑事の手法を真似ている。単なる見様見真似なのか、それとも何処かで知識を得たのか、それは今のところ判断できない。


「今のところ、放送室の中には犯人を特定するような手段、それに使える物なんかは見当たらなかった。となると、今の時点では、放送室に入って放送機器を勝手に操作した証拠をこちらで見つけることができない、というわけだ」

 つまりは、鍵を持った人間のうちいずれかが犯人であることはほぼ間違いない。しかし、現状それ以上犯人候補を絞れないし、放送室に入ったという証拠を確保することも困難、ということになる。


「ただ、教頭先生がわざわざ放送室に入って機器を操作していれば目立つし、そこまで暇とも考えにくい。そうすると、その他、放送部員と顧問はやはり可能性というところでは外せない。あと、校務員も、放送室に入る時間的余裕はあるだろうし、仮に機械を弄っているところを見られても、目立ちはしないだろうな」

「とは言え、あくまで可能性の話ですが」

「そう、これはあくまで可能性の話、鍵を持つ人の中では教頭先生の可能性が少し下がる、というだけだ」


「では、今のところ、犯人を1人に絞るという証拠、そう断定できるような情報はない、ということですね」

「そうだな。そんなわけで、今後は実際に放送があった日、その直前に放送室に入り機械を操作した、少なくとも入ったところくらいは証拠を見つけなきゃいけない。証拠を押さえるためには、こちらで何か用意する、ということになるかな」


「となると、監視カメラを設置する、とかですかね?」

「それがあるに越したことはないし、検討すべきとは思う。でも、設置するには結構な金が掛かるはずで、そんな予算があるのか、たかが放送のためにそこまでするのか、って話にはなるだろうな」

「確かに……」


「放送室に入って、こっそり放送機器を操作した人間を撮影できれば、それが1番いい。けど新たに監視カメラを設置するとなると、仮にそれが実現できるとしても、お金も時間もかかるだろうから、その前に別の手段で犯人に辿り着く方法を考えるべきだろうな」


 放送機器の話をしていた途中で北條は、土本が放送機器を弄っていた最中に、コードにラベルを貼り付けていたのを思い出した。

「あっ、そう言えば、コードにラベルを貼ってましたけど、あれはどういう目的なんですか?」

「ああ、実はあれは、監視カメラが付けられた場合、あのコードが見やすくなるように、目印のつもりで貼ったんだ」

「目印……」


「あのコードは、片方はCDデッキに接続されてる。CDの音声を放送するなら、もう片方を放送のアンプに繋がなくちゃならない。その時犯人は、必ずあのコードの端子近くを持って、アンプに繋ぐはずだから、その端子の近くにラベルを貼っておいたわけだ。遠くから見た場合、周りの機械もコードも黒だから、白いラベルを貼ればちょっとは目立つかな、っていう期待があって」

「なるほど……」


「で、ラベルにはもっともらしく、『CDデッキ』って書いておいた。そうしとけば、『放送部員の誰かが、CDデッキを放送アンプに繋ぐ時、わかりやすいようにラベルを貼った』と思われて、そう簡単には剥がされたりはしないだろう?」

「確かに、そうですね」

 

 やはり土本は細部によく気がつくし、抜け目がない。当初不機嫌であった北條は、土本と事件の話をしているうちに、その機嫌を損ねた原因のことも忘れて、調査の話に夢中になっていた。


 土本はコードに貼ったラベルについて大分長く語っている。だが、それは監視カメラの設置が可能であればの話。

 現時点では、監視カメラは設置されておらず、今後設置されるかどうかも不明である。


「まあ、これは今後監視カメラが設置されて初めて効果のあることだから、カメラが設置できずに無意味なことで終わるかもしれないけどな。だから、今は他の方法を考えたり、別のアプローチで犯人に近づけないか、色々やってみる必要があるな」

「別のアプローチ、と言いますと?」

「現場で証拠を押さえるのとは別に、今ある証拠から、犯人まで辿り着けないかな、と」

「今ある証拠って、それは……」


 今のところ、生徒会側で得られた証拠は、放送室に残されていたCD-Rしかない。

「こないだダビングしたテープから、情報を引き出したりとか、かな」

「情報って、何かありましたか? 先日聞いた限りでは、匿名のDJによる1人語りで、特に個人に関する情報はなかったと記憶してますが」

「うん、そうだな。とりあえず、その辺については明後日やっていこう。今日は放送室の話に集中、な」

「は、はい……」


 ここでCD-Rの話を出してきたということは、土本は既に何か手を打っている、そして何かを見つけたのだろう。北條はそれを察していたが、不自然にその話題を避けるような土本の態度が気になり、一旦その件は追及せずに静観することにした。

 

「で、さっき、教頭先生は第一に『再発防止』を考えて、とは言ってたけど、こないだ生徒会役員から言われた話からすると、無理はしないまでも、やはり再発防止よりは犯人を見つけることを優先するべきだろうな」

 これは今後の調査の方針についての、土本からの意思確認ということだろう。

「そうですね。教頭先生には申し訳ないとは思いますが」

「で、犯人を見つけるために、新たな証拠を手に入れる必要がある、でもそうすると、結局のところ『次』を防ぐことはしない、結果、『次』をやられるのも仕方ない、ってことになるんだよな。それでもいいんだろうか」

 

 土本が言いたいのは、「犯人を見つけるべく調査を進めている最中に、3度目の放送を許すことについて抵抗がないわけではないが、そこを割り切れるかどうか、2人の意思をはっきりさせよう」ということらしい。

「ここで犯人探しは止めて、先生達の方針に従って積極的なゲリラ放送防止策を取る、という考え方も、一応はありだと思う。俺としては、あくまで犯人探しを優先させたいんで、その結果『次』をやられても仕方ない、とは思うんだけど」

「そこですよね。『次』が来る可能性を知りながら見逃す、というのは心苦しいですが、犯人探しを優先するためには、土本君と同じく、仕方ないと思います。これは『次の次』を防ぐため、と割り切っていいのではないでしょうか」

 ここで2人の意見は一致したので、方針は決まった。犯人を特定する、そのために「次の放送」を防止する手段はあえて取らない。実行された際の証拠確保を最優先する。ということになる。


「うん、そうだな。で、『次』をやらせる以上、その1回のチャンスを逃すわけにはいかない、ってことだ」

「でも、いつ『次』が発生するかわからない中、それをずっと待ち続けるんですか? それに、こちらで証拠を押さえるための対策を取る前に、それこそ今週中にも、『次』が来てしまうという可能性も、当然ありますよね?」

 北條の指摘はその通りで、なんなら来週を待たずに、放送が敢行されてしまう可能性は十分ある。


「まあそうなんだけど、『次』がいつ来るのかはある程度予想できるんで、そこを外さなければ大丈夫かな、と」

「えっ? どういうことですか?」


 唐突に「次」が予想できると言い出した土本に、北條は驚きを隠せなかった。


「多分、次も水曜日だから、そこだけ対策しとけば、まあ大丈夫だろう」

「ちょっと待って下さい、だって、そんな話は今まで全くなかったじゃないですか」

 衝撃的な発言を受け、北條は思わず強い口調で訴えた。


「うん、まあ言わなかったのは悪かったよ。でもさ、これは今日まで確証がなかったから、ほとんど俺の妄想の域を出ない話だったわけで」

「でも、今は違うと?」

「ああ。ランダムに曜日を選ぶなら、2回とも同じ曜日というのは単純に確率を言えば20パーセント、確率は低い。偶然という見方はできるだろうけど、水曜日にやる意味とか、水曜日にやらざるを得ない理由があってやってるとか、そういう可能性を考えてもいいんじゃないかと思うんだ」

「私には、偶然のように思えますが」


「でも、さっきの放送室で、壁に貼られた紙を見て、その妄想が現実味を帯びた、って感じかな」

 その土本の話に、北條が興味を持たないはずがなかった。

「その話、詳しく聞かせてください」

 北條は思わず教卓から身を乗り出した。


「うん、放送室の壁には、1週間の放送室使用予定が書かれた、スケジュール表が貼ってあったんだ」

「あっ、あの色々と貼られてた貼り紙……」

 北條はあまり気に留めていなかったが、スケジュール表は確かに貼られていた。


「それによれば、月曜と木曜にある、朝の定時放送、これを放送部が担当している。他には火曜日は定例委員会、金曜日は生徒会があって、それらの開始前の連絡も放送部によって、昼休みに行われる。そこに書かれていたのはそれだけだ。つまり、火曜日の昼休み終了後から水曜日の丸一日は、放送部の活動はなく、放送室は通常使われない、ということだ」

「あっ、そういうことですか」

 

 今日は火曜日で、今は夕方。確かに放送部は放送室におらず、仮に今日室内を確認したのと同じタイミングで犯人が侵入し、タイマーを仕掛けたら、誰も気付くことなくゲリラ放送が行われていただろう。

「で、犯人はその隙を狙って水曜日の昼に放送するために、その少し前の、火曜日午後から水曜日午前までの間に、放送室に侵入してタイマーを設定したと考えられる、ってこと」

「なるほど、それは納得できる話です」

 身を乗り出したままの姿勢の北條は、深く頷いた。


「明日は学校は休みだから、放送はされないだろう。それなら、来週以降、水曜日に放送されるのを警戒しておけばいいのかな、と」

 曜日を絞れば、対策を取る上で、労力が大分抑えられる。これができるかできないか、その違いは大きい。


「でも、次が来るまで、毎週水曜日を警戒、それがいつまで続くんでしょうか? 放送が今後ないと分かればいいのでしょうけど、それをいつ判断すれば」

「それについては、まだ俺の妄想の域、ってことになるけど、『次』があるなら、それは2月前半までにあるはず」


 ここで土本はまたも唐突に、次の放送の時期までも特定してきた。だが、もはや北條はその程度では動じない。

「その理由は?」

「過去2回が、イベント付近のタイミングで行われた、ということ。1回目がクリスマス前で、2回目がお正月。次のイベントとなると、バレンタインデーだ。だから、その前に、バレンタインデーに関する放送を流す、と予想してる」

「はあ……」

「DJピンキーは、一応『3年生』というテイで放送してるわけだから、そのタイミングで放送がなければ、2月も中旬になればもう3年生は学校に来ないまま卒業してしまうわけで、『次』があるならその前だろう。当日が過ぎてからバレンタインデーの話をするとも考えにくいし、放送するなら2月14日まで、と判断していいんじゃないかな」


 その説明を聞いてもいまいちピンと来ない北條は、率直に質問した。

「すみません……バレンタインデーって、そんなに重要なイベントでしたか?」

「えっ?」

「ん?」


 どうやら、本気で北條はバレンタインデーが特別重要な日だとは思っていないらしい。

 年頃の少女にしては随分と素っ気ない、というか恋愛ごとに無関心すぎる彼女に対し、土本は確認の意味で念を押してみた。

「いや……重要だろ? 少なくとも意識はするだろ?」

「いえ、特には?」

 あっさりとそう返答する北條に、土本は驚いたような、落胆したような、微妙な表情を見せた。


「えぇ……ああ、そうなんだ……」

「えっ、それは、一体どういう……」

「うんまあ、委員長はそうなんだろうけどさ。多分、ほとんどの女子高校生は、バレンタインデーを意識してると思うよ? なんなら、クラスの女子に聞いてみたらいいんじゃないか」

 バレンタインデーに全く興味のない女子に対し、男子がチョコを貰う貰わないで一喜一憂する、そのくらい意識している日だとも説明しづらいため、自ら聞きに行って貰うべく、そして女子のコミュニティの良心に期待しつつ、こう促した。


「そうですか……ではそれについては、後日誰かに聞いてみますね」

 釈然としない表情のまま北條は、それまで前のめりになっていた姿勢を元に戻した。

「うん、そうしてくれ」

「はい。……では、今日の放送室確認の件については以上ということで、よろしいでしょうか?」


 北條が「以上」と言ったということは、そろそろ締めに入ろうということだろう。

「ああ。とりあえず言うべきことは言ったと思う」

「では、次は明後日の午後4時から、生徒会室で、ということで。よろしくお願いします」

「よろしく。で、その時にやることは、防犯カメラの設置検討と、その他証拠を押さえるための方法についての検討。それと、例の放送内容から犯人に関するヒントを抽出して、それについて調べる、ってところでいいのかな」

「そうですね。あと、もう1つの事件、現場である備品倉庫の確認もですね」

 

 北條は、備品事件のことを覚えていて、それも明後日のうちにやっておくつもりであるらしい。

「あっ、そうだな、それを最初にやるべきだな」

「とは言っても、生徒会室からすぐ近くの物置部屋で、狭い部屋なので時間は掛からないと思いますが」

「うん、今のところは、場所と、中の状況だけ確認できればいいさ。それよりも今は、放送の件を急いで進めたい」

「そうですね、では明後日は物置部屋の確認を先に済ませてしまってから、放送の件を進めましょう」


 備品事件の話になり、土本は教頭から借りた資料のことを思い出した。

「あ、そうだ。これ」

 土本は、先ほどコピーした資料を北條に手渡した。

「2部コピーしたから、1部は委員長の分な」

「えっ? は、はい」

 北條は、その資料を受け取って一瞬固まったが、すぐにハッとしてその資料を手持ちのクリアファイルに入れた。

「あ、ありがとうございます」

 

 話が一区切りついたので、土本は帰り支度を始めた。

「さて、それじゃ……帰ろうか?」

 北條の反応を探って声を掛けてみたのだが、彼女は素っ気ない反応を返した。

「いえ、私はまだやることがありますので」

「あっ、そう、なんだ。……それじゃ、おつかれさん」

「はい、おつかれさまでした」


 自分も残る、と一瞬言いかけたが、残る理由はない。

 北條も特に不機嫌というわけでも、何か思うところがあるわけでもなさそうな、普通の表情、どこか社交辞令的な微笑を浮かべていたため、その意図は読み取れない。本当に仕事が残っているのか、一緒に帰りたくないのか、別の事情があるのか。

 いずれにしても、今日のところは大人しく1人で帰るしかなさそうだった。


 帰り道、土本は久しぶりの1人で歩く帰り道の途中、こんなことを考えた。


 昨日と先週金曜日に2人で帰ったのは、たまたま帰りが遅くなって、帰る時間が同じになっただけのこと。

 彼女には、自分と2人で帰ろうという考えはないし、そうしたいという欲求もない。

 そもそも、2人で一緒に帰り、話題は何かと言えば、この調査に関することしかない。

 調査がなければ、彼女と話す機会などなかったはずなのだ。

 変な期待をするのはもう止めよう。

 ただ2日続けて思いがけないことが起きた、それだけのことだ。


 その頃、北條は金曜日に生徒会に報告する資料、その作成準備のため、1人残っていた。

 土本を気にかけていない訳ではない。自分の事務作業に付き合わせるのは悪いと感じていたための、むしろ気を遣った結果とすら言える。ただし、そこに一緒に帰る、という考えはない。

 単独作業には慣れていた。だからこそ、ここ数日の土本との調査には今までにない高揚感を覚え、先に土本を帰した後に少しばかり寂しさを感じるようになっていた。

 

 静まり返った校舎の中、1人教室に残り、今日の放送室内の確認結果、その後の土本との会話について、金曜日の報告に備えてメモ書きを作成している北條は、ふとその手を止めて、廊下に出て放送室の方を見た。

 それは、放送室の外、窓側の状況を確認していなかったことをふと思い出したからであり、特に深い意図はなかった。

 しかし、そこで彼女は、重要な事実を目撃した。


 今日放送室の中に入った際、土本はブラインドを弄っていた。室内から見たら閉じられているように見えたが、その際、ブラインドの傾きについて、それまで外側が下、内側が上であったのを、逆に、つまり外側が上、内側が下になるよう調整していた。

 そして完全に閉じたわけではなく、若干隙間を開けていたため、今、室内には少し外の光が入るようになっている。そして、それは同時に、外の、向かいの校舎の上階から見た場合、室内が若干見えるようになっている。


 それを土本は意図していたのか、それは今はわからない。しかし、そのひと手間のおかげで、今、北條からは放送室内が見えている。

 ちょうどその時、絶妙なタイミングで放送室内の照明が点灯したのだ。

(あれは……!)

 そこには、見覚えのある者が1人放送室内に入ってきて、薄緑色の作業服を着たその人物は、室内をひと通り確認した後に退室し、照明を消したのだった。


 時間は午後5時10分。

(このことは、必ず土本君に知らせなければいけませんね)

 北條は逸る気持ちを抑えつつ、今書いているメモとは別の紙に、今見た状況を可能な限り詳細に記録した。

 次に土本と会う際に、重要な報告ができる。その材料をひとつ見つけただけで、1人の作業がこんなにも楽しくなることに、初めて気づいた。

 

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