2.時は戻って、現在へ。
「――ほら、居眠りは禁止ですよ。田畑くん!」
「ほあ!?」
どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
僕はレイラさんの叱責によって、夢の中から引っ張り上げられた。ぼやぼやする頭を一生懸命に働かせ、かすむ目を必死にこすって周囲を確認する。
するとそこは河川敷ではなく、見るからに高そうな品々が並ぶ豪華な部屋だった。
そこに用意された席に座った僕の前には、学校の教科書。
「あ、すみません。……少し疲れてたみたいです」
「まったく。学業を疎かにしたくない、というのはキミの願いのはずですよ。お爺様方を心配させたくないのでしょう?」
「……はい」
そう言われて、僕は返す言葉もなく頭を垂れた。
レイラさんはそんな自分の様子を見て、小さく一つ息をつく。そして、
「もっとも、最近は暗殺任務も多かったですから。いったん休憩しましょう」
「そんな! お気遣いなく、ですよ!?」
「何を言っているの? そんな目の下にクマを作って、説得力がないです」
「う、うぐぐ……」
そんな提案をされたので、思わず食い下がる。
だけど、即座に却下されて僕は引き下がらざるを得なくなった。たしかにレイラさんのいう通り、昨日の細川会長暗殺任務の他にも、この一週間で自分は四人ほど暗殺している。
人を殺すということには慣れてきたけど、しかし精神的負荷は大きいらしい。
僕は諦めて提案を呑み、座ったまま思い切り伸びをした。
「それにしても、田代くん。最近は暗殺任務も手際良くなってきましたね」
「あ、いえ。それほどでもないです。……あと、田中です」
「キミにはこの調子で、頑張ってほしいものです」
「えぇ、それでお給料貰ってますからね」
「良い心がけです」
そこで一度、気を抜こうということらしい。
レイラさんは柔らかく微笑むと、こちらを労ってくれた。その優しさに僕は甚く感銘を受けて、やはりこの人のもとで働けて幸せだと痛感する。僕の通っている学校こと、清廉高校の生徒会長を務める高嶺の花である彼女とマンツーマンの指導を受けられるのは、役得だと思われた。
さらに一つ屋根の下というのは、夢のような出来事だろう。
それこそ、河川敷の城とは何だったのか、という話だ。
「紅茶でも、飲みますか? 田尾くん」
「いただきます。田中です」
などと考えていると、さらに気を遣わせてしまったらしい。
彼女はおもむろに立ち上がると、葉を蒸らしていたティーセットを手にする。そして手際よく、ティーカップに紅茶を注いで差し出してくれた。
僕は一つ礼をしてから、ゆっくりと口にする。
程よい苦みと甘みが広がって、鼻を芳醇な香りが抜けていった。
「あー……癒されます」
「うふふ。それは良かった」
素人でも分かる美味しさに、素直な感想が漏れる。
するとレイラさんは嬉しそうに笑い、向かいの椅子に腰かけた。そしてまじまじと、僕の顔を見つめてきたのだが――。
「どうされたんです?」
「いえ……? ただ少しだけ、キミの顔を記憶できないか試してたの」
「あぁ、またそれですか」
どうやら『いつもの挑戦』をしていたらしい。
僕は見つめられることに小恥ずかしさを覚えつつ、ついつい頬を掻いた。その上で、かねがね疑問に感じていたことを訊ねてみる。
「僕の顔って、そんなに記憶できないんですか?」――と。
それは何とも珍妙な問いかけだった。
だがしかし、僕の顔が記憶されないというのは本当らしい。
「えぇ、だってキミの顔には印象がないもの」
「……印象が、ない?」
そのことを肯定するようにして、レイラさんは頷いた。
そして、こう説明する。
「きっと、キミの顔立ちは『あまりに普通』なのでしょうね。人間はだれしも、どこか特徴的な部分が存在している。だけど田部くんには、それがないの」
――だから、認識の阻害が発生する。
彼女はそう結論付けると、紅茶を一口含んだ。
「でも田舎では、爺ちゃんも婆ちゃんも分かってたみたいですけど」
「それはキミが『孫』だから、でしょうね。つまりお二人にとっては、キミという存在そのものが最愛であり、付加価値が存在していた」
「つまり、初対面の相手が僕を記憶できないのは――」
「そういうこと。だって、道ですれ違う相手の顔をいちいち記憶するかしら?」
「……なるほど」
その理屈は、幾分か分かりやすい。
いってしまえば『興味がない』という話だった。
そんな相手のことは、名前を記憶こそすれ、顔立ちは思い出せない。
「だから、田野くんは暗殺者向きなのよ」
「そういうことなんですね。……田中ですけど」
僕は紅茶をまた口にして、生徒会長の話に納得した。
「もっとも、それ以外の部分でも優れていたのは嬉しい誤算だったけど、ね?」
「あはは、それは自分でもですよ」
冗談っぽく彼女が笑うので、僕も合わせて笑う。
そうしていると、不意に何かを思い出したようにレイラさんは一枚の紙を取り出した。それの正体は一見して理解できる。どうやら、仕事のようだった。
「その嬉しい誤算、ですけど。キミをそんな風にした方が、動きを見せたらしいわ」
「……レイラさん。それってつまり――」
僕は紙を受け取り、そこに記載されている内容に目を通す。
新聞の切れ端らしいそこに書かれているのは、とある地域の『ホームレスの変死事件』について、だった。小さな記事で、世間の注目はそこまで高くないことがうかがい知れる。
だけど僕にとっては、世間で騒がれるスキャンダルよりも重要だった。
「この任務、受けてくれますか? 田口くん」
「………………」
その記事を見る僕は、どんな表情をしていただろう。
こちらを見るレイラさんはどこか悪戯っぽく、声を弾ませて確認をしてきた。
僕は新聞記事を懐に仕舞うと、力強く頷く。
そして、宣言した。
「次こそ、尻尾を掴みます。……あと、田中です」――と。
生徒会長は、田中くんに興味なし。
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