1.誰にも覚えてもらえません。
「おい、そこの! 次はこっちを手伝ってくれ!!」
「分かりましたー」
バイトの先輩が、こちらに指示を出しながら荷物を整理している。
現在、僕がいるのは都内の大きなビルの一角。なんでも日本で有数の大企業が、ここにオフィスを構えているとか何とか。僕らはそこで一生懸命に段ボールの山を相手にしていた。
特に雑談をすることもなく、淡々と作業を進めていく。
だけど、さすがに退屈になってきた。
「すみません。一つ質問なんですけど、いいですか?」
「ん、どうした」
「この段ボールの中身、って何なんですかね」
僕は何の気なしに、先輩アルバイトに訊ねる。
すると、スポーツキャップを被った青年は首を傾げながら答えた。
「あー……なんだろうな。資材だとか聞いてるけど」
「資材、ですか?」
「そそ。この会社って、最新医療機器の開発してるだろ?」
「へぇ……そうなんですね」
こちらが感心すると、先輩は呆れたように肩を竦める。
「お前なぁ……バイトとはいえ、勤め先の情報くらい調べろって」
「あはは、すみません。給料しか見てなかったです」
「そんなだと、将来が心配だぞ……」
至極真っ当な指摘を受けて、思わず苦笑するしかなかった。
しかし自分たちが何を運んでいるのか、知らないのも気持ち悪くないだろうか。そう思ったので、僕は段ボールの一つを開けてみることにした。
持ち込んだ包丁を見つからないように取り出し、頑丈なテープを切る。
すると、そこには――。
「う、わ……!?」
信じられない光景が広がっていた。
「先輩! これって……!?」
「え……? お、おい! それって、まさか――」
驚きつつ先輩アルバイトに声をかける。
すぐに彼はこちらを見て、同じような悲鳴を発した。そして、
「これ『レッドアイズ』じゃ、ないのか……!?」
段ボールの中にギッシリと詰め込まれた赤い結晶。
それの名前を口にしたのだった。
「レッドアイズ、って……あの?」
「あぁ、有名な合成麻薬だよ。だけど、なんだってそれが……?」
困惑する先輩。
そんな相手に向かって、僕はあえて冷静にこう告げた。
「警察に連絡しないと!」
「そ、そうだな!!」
「このビルの人は信用できません。先輩、外部の人に助けを求めましょう!」
すると自然に、こちらのペースになっていく。
「分かった! お前は!?」
「僕はここで、他の人がこないか見張っておきます!!」
「き、気を付けろよ!?」
「先輩も!!」
こうなってしまえば、面白いように相手は動いてくれた。
先輩アルバイトは慌ててビルの階段を駆け下りる。その足音が遠くなるのを確かめてから、僕は箱の中から『レッドアイズ』の入った袋を取り出した。
これで、証拠は十分だろう。
「――さ、てと。すみませんね、先輩」
僕は立ち上がりながら、この後に苦労するであろう青年に謝罪した。
だけど、こっちはこっちで急がなければならない。
「監視カメラの位置は、特定済み。行こうか」
ここからが、本当の仕事の始まりだった。
◆
「こ、こっちです! 見てください!!」
「なんだぁ、こりゃあ!?」
――十数分程が経過して。
先ほどの場所に、先輩アルバイトが戻ってきた。
彼が連れてきたのはビルの外、程なくにある交番の中年巡査。やや小太りの警官は現場に足を踏み入れた瞬間、驚愕の声を上げた。
何故ならそこには、常軌を逸した量の合成麻薬があったのだから。
「こ、これはキミ一人で見つけたのか?」
一つや二つではない。
巡査は箱の中身に目を通しながら、青年に訊ねた。すると、
「い、いえ……俺と、もう一人――あれ?」
彼は大慌てで、後輩アルバイトのことを告げようとする。
だが、しかし――。
「どうしたのかね……?」
「い、いや――」
青年は青ざめて、眉間に皺を寄せた。
そして、まるで狐につままれたような声で呟くのだ。
「アイツ、誰だったんだ……?」
青年の記憶には、たしかに後輩の存在がある。
だが、思い出せないのだ。
「なんて名前、いや……顔だった?」
何もかも。
すぐ間近にいて、言葉を交わしていたはずなのに……。
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