第1話 魔王、異世界で無職になる
その日、織田信長は燃えていた。物理的に。
「うわあああああああああああ!! あつい! あっついわコレ! ちょ、ホント無理、あついってばああああ!!」
本能寺の変。明智光秀の謀反により、信長は自害する――はずだった。
だが、現実は非情だった。というか、ギャグだった。
「ねえちょっと待って!? 何この演出!? 炎の中で叫んでたら、なんか画面がホワイトアウトして、BGM止まったんだけど!? やめて!? フラグ臭がすごい!!」
そして、目を覚ますと、そこは――
「異世界~~~~!?」
はい、そうです。異世界です。みなさんお待たせしました。お約束の異世界転生、来ましたよ~。
「いや、いやいやいや! 待って待って!? 俺、信長だよ!? あの本能寺で炎上中の!? こんなテンプレ展開、ありえなくない!? てか誰の転生枠!? 俺、そんなに善行してないよ!?」
信長、素でビビっていた。
しかも、なんか若返ってる。鏡を覗くと、そこには美少年がいた。目元がキリッとしてるが、内面はチキンバーガーよりチキン。
「なんで!? なんで俺、ショタ!? しかも魔王らしいオーラもゼロ!? これ絶対なろう系の主人公が踏んだら死ぬ雑魚モブの顔だよ!?」
と、そのとき。
「おい、そこの坊主! こんなところで何をしておる!」
周囲を見渡すと、どう見てもRPG風味な戦士と魔法使いと獣人っぽい何かの三人組がこちらを見ていた。
「……え? なに、テンプレ勇者パーティー?」
「違うわい! 我らは自警団“筋肉☆セーフティーズ”じゃ!」
「名前ふざけすぎだろお前ら!!」
そして、信長の異世界生活は、ふざけた名前とともに始まった――。
* * *
異世界転生からわずか10分。織田信長は早くも人生最大のピンチに直面していた。
「職業が……無職って、どういうことなの……?」
異世界の冒険者ギルド「グルメと暴力の館」に連れて来られた信長は、職業診断水晶(CV:無駄に豪華声優)に手を置かされていた。
「うーん……魔力ゼロ。筋力、ゼロ。素早さ、虫以下。根性、マイナス。診断結果、『役立たず』ですね」
「役立たずって書かれてる!? 職業欄に!? こんなに直球な人格否定ある!?」
受付嬢のリリィはにっこりと笑った。笑顔が怖い。
「でも大丈夫です、当ギルドでは無職の方にも安心な“肉壁クエスト”がいっぱいありますから♡」
「安心じゃねえよ!! てか肉壁って何!? 人体シールド!? それ死ぬ未来しか見えないよね!?」
と、そのとき、横から筋肉☆セーフティーズのリーダー・ガルマが信長の肩をガシッと掴んだ。
「信長殿、心配するな! 俺たちも最初は“寄生虫”って職業だった!」
「どんな職業だよ!? よくギルド通ったなお前ら!!」
もはやツッコミ疲れで信長はげっそりしていた。が、ここで事態は急展開を迎える。
「ところで信長さん、これはあなたの荷物ですか?」
リリィが差し出したのは、信長が本能寺で着ていた甲冑──の懐に、一本の酒瓶が忍ばせてあった。
「……!? これは……“幻の本能寺秘蔵酒”!? 明智の野郎、こんなもん残して……!」
その瞬間、信長の目にギラリと光が宿った。
「やめて! 俺に飲ませちゃダメ! フラグ立つからああああああ!!」
\ゴクッ/
──直後。
「…………」
信長の髪が赤く染まり、眼光が鋭くなり、体から黒炎が立ち上る。
「貴様ら……俺を、誰だと思っている?」
声が低い。オーラがヤバい。ついさっきまで「肉壁やだ~」って泣いてたやつとは思えない。
「織田信長……天魔と恐れられし、破壊と再生の王なり!!」
「なんでキャラ変してんの!? てか勝手に二つ名つけないで!?」
そして信長が指を鳴らした瞬間──
ギルドの天井が吹き飛んだ。
「【獄炎】──この世すべてを焼き尽くせッ!!!」
……気づけば、街の半分が炎に包まれていた。
──こうして、織田信長の異世界生活は、ギルド出禁という最高のスタートを切るのであった。