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この地に渡る風  作者: 成田チカ
9/25

セクハラ、だと思います

 やがて空洞の中から人の気配が消えると、天龍はまだ少し痛みの残る頬を撫でながらニヤリと微笑んだ。


「まさか、この僕を殴るとはね…。気の強い子は割と好きなんだ。さて…。これからどうしようかな」


『…上様。あまり、悪乗りをされては…』


 天龍の足元の影から、か細い少女の声がした。


「何だい、(みお)。僕は悪乗りなんてしてないさ。大体、ああでもしなければ、お前だって今頃そんなことを言う気力さえ無かったかもしれないよ」


『それは、そうですけれどぉ~』


「まだまだ全然足りないよ。あんな大きな力を使うんじゃなかった。さっきのじゃ、自分の回復分で精一杯かもしれないな」


『そうでもございませんよ』


 天龍の影から、今度は男の声が聞こえてきた。


『上様。お久しゅうございます』


 天龍はその声を聞いた途端に満面の笑顔になった。


(くが)! 目覚めたか」


『はい。先程の、その…多分、上様の姫君への接吻のお陰様で、と申し上げてもよろしいのでしょうか…』


 天龍は笑いながら足元に向かって話しかける。


「僕は出来ることならもうちょっと続けて、東風(こち)も目覚めさせてあげたかったけどね。」


『えーっと、おいらなら、目覚めてますけど…?』


 今度は少年の声だ。


『さっきの接吻は、か~な~り本気だったでしょう? 上様』


 少年の声がからかうように言う。


「まあ、ね。あれ位しないと、こっちは体制を立て直せないからね。それにしても―」


 天龍が上機嫌で言った。


東風(こち)も目覚めたのは嬉しい誤算だね。意外と効果があったなぁ...。あと目覚めていないのは…、(ほむら)月影(つきかげ)日向(ひなた)の3柱だね?」


 天龍の問いに、男の声が『左様でございます』と答えた。


「では、行くか。ここで待っているよりは、追いかけた方がことが早く済みそうだ」


 天龍はそれまでの棲家を名残惜しそうに見渡すと、綾達が去っていった方角へと歩み始めた。




(何なの、何なの、何なのよ~!!)


 綾は勢いよく歩きながら、ずっと「何なの」を頭の中で繰り返していた。


(あんの、バカ龍。今度会ったら、ド真ん中を弓で射抜いてやる!)


 少々不穏なことを考えながら、綾は元来た道をズンズンと早足で歩いていた。やがて道は行き止まりになり、最初に下ってきた井戸のような竪穴へと辿り着いた。


「あー…。これ、登らないといけないのよね…」


 自分から「行こう」と言った割には、余り計画的に後の事を考えなかった自分に気付いた。スオウが持ってきたロープが架かっているとはいえ、ロッククライミングの経験の無い綾には、一人で登るのはちょっと辛そうだ。

 綾がボーっと上を見ていると、やがてミトが息を切らせながら追いついてきた。


「はぁ、はぁ、はぁ…。や、やっぱり、お母さん、最近、ちょっと、運動不足…。ちょ、ちょっと、走っただけ、なのに、い、息切れ、しちゃって、もう、ダメ…」


 ミトはその場にへたり込んだ。


「お母さん。そういう時は、座らないほうがいいんだよ」


「そ、そうなの? でも、ダメぇ~。もう、立てな~い」


 ミトが駄々をこねていると、後ろからケイを肩に荷物のように担いだスオウがやってきた。


「あ、スオウ。御苦労様。ケイは…。まだダメ?」


 綾がスオウの肩の上で伸びたままのケイを覗き込みながらそう言うと、スオウは「気にしないで下さい」と言って、上の方にある出口を見た。


「じゃ、俺から先に行きますから、ミト様、アヤ様の順で続いて下さい」


「先に行くって、どうやって」と尋ねる前に、スオウはケイを抱えたまま、軽々とロープを使って上に登っていった。


「さっすが、体育会系現役コンバット要員…!」


 感心する綾達に向かって、スオウが上から声を掛けた。


「ミト様。行けますか?」


「うーん…」


 ミトは出口とロープを交互に見ながら言った。


「無理」


「え?ちょっと、お母さん! 試す前から!」


「だあって~。お母さん、もう40を過ぎてるのよ? なのに、こんなの、登れるわけないわよ~」


「弓道場では、『やってみるまで諦めるな』とか、格好いいこと、バンバン言うくせに~?」


「それはそれ、これはこれ」


「もう~」


 綾達が言い合いをしていると、後ろで笑い声が聞こえた。


「ふふふ。君達は仲がいいんだね」


「天龍!」


 そこには、「セクハラ・ドラゴン。略してセクドラ(命名:綾)」の天龍が、人の姿のまま立っていた。


「何してるのよ。こんな所で」


 綾がツーンと顔を背けながら素っ気無く言うと、天龍は大げさに嘆く振りをして言った。


「ああ、君には僕がどんなに君の事を愛しているのか、わかってもらえないんだね。悲しいよ。僕は、君とずっと一緒にいたいと思ったから、こうして追いかけてきたのに…!」


 綾は心の中で、台詞:5点、演技:3点(10点満点中)とか思いながら、げんなりとしていた。その様子を気にもせず、天龍は長い髪をシャンプーのCMよろしくかき上げながら、颯爽と言う。


「上に連れて行って差し上げましょうか? お母様と御一緒に」


 隣でウンウンと子犬のように頷く母を無視して、綾は怪しむように言った。


「『連れて行く』って、どうやって?」


「僕の力を持ってすれば、このくらいの穴から外へ出るくらい、簡単さ。大体、君達も見ただろう?僕の華麗な技によって吹き飛ばされた、あの忌々しい穢れた木の板を!!」


「あー。あの板、嫌いだったんだ…」


「当然じゃないか!」


 天龍はキリっと無駄にイケメンな顔になると、勢いよくまくしたてた。


「この僕の居城の入り口にだよ? あんな、何の技も芸も無い、ただのその辺に転がっているような醜い木の板を打ち込んだんだよ? 君は君の城の入り口に、あんな汚い木の板が貼り付けられたら、どう思う?」


(『居城』って...あの『空洞』が? それより、そんなに嫌だったらとっとと吹き飛ばしていればよかったじゃないの)


 突っ込み所は満載だったが、綾はとりあえず天龍の木板に対する怒りは受け流す事に決めた。上を見上げると、出口でスオウが呆れた顔をして観察していた。綾がスオウに肩をすくめて苦笑してみせると、スオウはそれに同じように肩をすくめて返してくれた。


「じゃ、行くかい?」


 天龍の声が耳元で聞こえたと思った瞬間、綾は天龍の肩腕にしっかりと抱き寄せられ、気が付いたら宙に身体が浮いていた。


「うわ...!」


 下を見ると、先程まで綾達のいた辺りが、もう既に遠くなっていた。それと同時に、まぶしい火の光が目に直接入ってくる。外に出たのだ。

 綾は両足に硬い地面を感じた。その時初めて、天龍がもう一方の腕にミトを抱えていたことを知った。細身の割に、意外と力持ちなんだなと綾は感心してしまった。

 天龍はミトを地面に下ろすと、綾に向かって微笑んだ。


「あ、ありがとう...」


 綾が礼を言うと、天龍は満足げな笑顔で「どういたしまして」とは言ったものの、なかなか腕を離してくれない。


「あ、あの...」


「何?」


 天龍は素知らぬ顔をしながら、綾を見つめていた。


「離して、欲しいんですけど。」


 天龍は待ってましたとばかりに微笑むと、やっぱり綾の予想していた通りのことを言った。


「お礼は?」


「さっき、言ったわ」


「そうじゃなくて」


「私、何も持ってないわ」


「あるじゃない」


「何が?」


「こ・こ」


 天龍はそう言って綾本人を指差す。


「…エッチ」


「『えっち』とは、何のことだ?」


「あなたみたいな人のこと」


「いい男じゃないか」


 そう言いながら自信満々に微笑む天龍を見て、綾は眩暈を感じた。

 この男には何を言っても自分の都合のいいように脳内変換されてしまうのかもしれない。


「...帰る」


「部屋まで送るよ」


 綾と天龍は密着したまま歩き出した。綾達のかなり前をまだ気絶したままのケイを背負ったスオウが歩き、スオウと綾達の間くらいにミトがこちらの様子を伺いながら歩いていた。

 彼らに早く追いつきたいが、密着したままの天龍が邪魔で思うように歩けない。


「ねぇ、ちょっと。いい加減にこの腰にまとわり付いた腕を離してよ」


「嫌だ」


「どうして?」


「逃げるから」


「じゃあ、逃げないから、離して」


「部屋に着くまではダメ」


「言っておくけど、万が一、私の部屋の中に入ってきたら、弓の練習の的になってもらうからね」


「はいはい」


 天龍は何故か、綾との会話を楽しんでいるようだった。

 変な奴なんだけど、とことん嫌いになりきれないのが口惜しい。綾はそう考えながら、枯れた庭の中を城に向かって歩いていた。心なしか、頬に当たる海風が心地よかった。


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