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この地に渡る風  作者: 成田チカ
6/25

門、通りました

 綾の家から30分程歩いた所に、その小さな神社があった。


「こんな所に、神社なんてあったんだ…」


 綾はこの近くに友人が何人か住んでいることもあって、何度かこの辺りには遊びに来たことがあったが、今まではここはただの緑地公園か何かだと思っていた。

 訪れる者もいない無人の神社の奥に、小さな社がひっそりと建っていた。


「こちらです」


 ケイが先頭を歩き、ミトと綾を先導した。


「いくら無人でも、無断で入っちゃって大丈夫? それに、誰かが間違ってその『門』ってやつに入っちゃったりとかしたら…」


 綾が小声で尋ねると、ケイはいつもの調子でウサ耳を直立にして誇らし気に答えた。


「大丈夫です。『門』は私とスオウが揃って紋章を掲げない限り発動しないようになっております。ですから、普通の人が万が一中を覗いたとしても、見えるのは何も無い空間だけです」


「へぇ~。ケイの術って、すごいんだね」


 感心して言うと、ケイは少し頬を赤らめて言った。


「え、あ、その…元になる術を掛けられたのはババ様で、わたくしはそれに少しの助力をしているに過ぎませんから…」


 もごもごと弁解するケイに、スオウがしれっと真顔で言った。


「お、どうしたんだ、ケイ。いつもなら『このわたくしですもの、当然です』とか何とか言うだろうに。今日はやけにしおらしいな」


「ス、スオウ…。それではまるで、わたくしが常に高飛車な態度を取っているようではありませんか」


「違うのか?」


「あ、あなたって人は…」


 そう言うと、ケイは肩をいからせながらズンズンと先に行ってしまった。ウサ耳がかなりいきり立った状態になっていたから、結構腹を立てているようだ。かなり早足になってしまったので、綾達は追いつくのが大変だった。


 綾達が社の裏側へと回りこむと、スオウが木戸を開け、4人は社の中へと足を踏み入れた。ケイは社の中央部の床を丹念に調べ、指で何かをなぞっている。

綾とミトに壁近くにいるようにと指示を出すと、スオウは床にしゃがみ込んでいるケイに歩み寄った。


「ケイ。『門』はまだ動きそうか?」


「はい。大丈夫です」


「じゃ、いくか」


「いつでもどうぞ」


 ケイとスオウは向かい合って立つと、腰に付けていた紋章を外し、先ほどまでケイが触っていた辺りの床に向けてかざした。ケイが何かを呟き、その声が止んだ瞬間に床から七色の光の柱が現れた。


(これが、お母さんが言ってた『門』…? 門っていうよりも、光のトンネルみたいで、綺麗…)


 綾は目の前の柱に対し、恐怖よりも興奮を覚えていた。まるで噂で聴いていたものを初めて実際に見た時のような、自分の想像と目の前の物が頭の中で結びついて落とし込まれていく、そんな妙な感覚。


「アヤ様」


 スオウの声で綾は我に返った。


「あ、うん」


 4人は順に「門」の中へと足を踏み入れていった―


 「門」を通っている間のことは、まるで夢を見ているかのようなぼんやりとした経験だった。

 七色の光と一緒に、懐かしい景色や光景が光の間から垣間見えたような気がしたが、「しっかりと握っているように」とケイから念を押された自分の紋章に注意を払っていた綾には、移り変わる光景を見ている余裕が無かった。

 空間の中で色んな色の光が飛び交っていたにもかかわらず、あまり眩しさは感じなかった。

 どこに向かっているのか、どう歩いているのかは全くわからなかったが、綾は何となく「こっちだ」という気がする方向へひたすら歩いていった。


 「門」の中にいる間、他の3人の姿はどこにも見えなかった。はぐれてしまったかもしれないと少し不安になったが、紋章から感じる暖かいぬくもりが大丈夫だと綾に告げているようだった。


 やがて、目の前に出口らしいものが見えてきた。

 そこへ足を踏み入れる瞬間、誰かが耳元で「お帰り」と囁いたような気がした。



「ここは少しも変わらないのねぇ~」


 門から出て、ミトが放った第一声がこれだ。

 門を通っている間は皆の姿は見えなかったのに、ちゃんと全員「門」を抜けてここへと辿り着けたらしい。


「城内はそんなに変わっていないと思います。あ、お足元にお気をつけ下さい。少し滑るかもしれませんので、御注意を」


 ケイが門に向かって何かを呟いた後(ケイは「向こう側の門を閉じた」と言っていた)、一行は足元に注意しながら「門」のある部屋を出て、ヒカリゴケが淡く光る地下道を進んだ。


**********


 その頃、綾達よりも遥か上の層では、大きなベットに白髪の男性が静かに横たわっていた。

 薄い布越しに窓から差し込む光が、広い寝室を淡い光でやわらかく包んでいる。

 明るい光を受けても、彼の顔色は決していいものとは言えない。

 彼の横たわるベットの脇には黒い服を着た小柄な老婆が座り、彼の痩せて筋張ってしまった手首から脈を測っていた。


 その時、急に老婆の手がぴく、と動いた。一瞬見開いた眼を静かに閉じると、老婆は微笑みながら男に告げた。


「来たようじゃの」


 男も眼を閉じ、意識を何かに集中させた。唇の両端が少し上に持ち上がった。


「うむ…。そのようだな」


 男は目を開けると、ゆっくりと顔を窓の方へと向け、少し強くなった外からの光に目を細めた。


「ワシはあれに、何をしてやれるのだろうか…」


 老婆はまるで子供を寝かしつけるように男の胸を毛布の上から軽くポンポンと叩いて言った。


「今はまだ、なーんも心配なされるな。ゆっくり、休むことじゃ。この先、忙しくなるでの」


 老婆がそう言うと、男は一つ深呼吸をして瞳を閉じた。


**********


「え…? 海?」


 突然、ふうっと潮の香りがしたような気がして、綾はその場に立ち止まった。

 彼らはまだ地下道の中にいて建物の外を見ることはできなかったし、そこからは波の音も聴こえない。それでも何故か、綾にはすぐそこに海があるという強い確信があった。

 立ち止まったままの綾の元へ、ケイが近付いてきて答えた。


「よくおわかりですね、アヤ様。ヤマト城は海に面した崖を利用して建てられたものですので、すぐ側が海になっております」


「『崖を利用』って?」


「ヤマト城は内陸からの見た目は4層建てになっておりますが、地下に崖をくり貫いて作った部分が多くありますから、実際にはさらに縦に長い構造になっているんです」


「なのに、エレベーターが無いわけ? あなた達、知らなかったよね? エレベーター」


 ミトがそれを聴いてくすくすと笑った。


「私も、向こうでエレベーターを始めて使った時は、何て便利なものがこの世界にあるんだろうって思ったわよ」


「まさか、毎日上と下を行き来しなくちゃいけないって訳じゃないよね?」


 綾が尋ねると、スオウが何食わぬ顔をして答えた。


「王族が主に使うのは地上に出てる部分だけだから、最高でも4層の上り下りだけでしょう。ま、足腰を鍛えるためだと思って、頑張っていただきたい」


「ええ~?」


 綾が情けない声を出すと、スオウはニヤッと微笑んだ。こういう人のこういう表情から繰り出される言葉に、いいものはあまり期待できないということを、綾は短い時間で感じ取っていた。

 案の定、スオウは得意げに嫌なことを言う。


「我々、軍部の者は、必要に応じて最下層から地上1層の謁見室まで駆け上らねばならんので、そのための訓練も日頃行っております。姫は軍への参加を御所望か?」


「結構です!」


 必死な顔で拒否をする綾を見ながら「ハハハ」と声を上げて笑うスオウを、綾は初めて見た。

 会ってから始終、仏頂面で表情もそんなに無かったので、ひょっとしたらこの人は笑わない人なのではと綾は懸念していた。でも、さすがは綾が「体育会系」に認定しただけあって、笑い方も豪快だ。


(向こうでは緊張していただけなのかな。本当はこんな風に笑うんだな、この人)


 綾はそう思うと、少し気分が軽くなった。


「スオウ。冗談はそのくらいで。アヤ様、術をお使いいただけるようになりましたら、我々、術式省の人間の使う道をお使いいただけますわ。ご安心を」


 ケイの申し出はスオウのものよりもよっぽど魅力的に聴こえる。


「それって、階段を昇らなくてもいいの?」


「ええ。『門』のようなものですから。例えば、術式を使って4層と1層の空間を繋ぐのです。そうすると、4層から1層まで、わずか1歩で行けるようになります」


「ちゃんとあるんじゃない。便利なものが」


 ふふふ、と笑って、ミトが言った。


「でもね、ちゃんと術式の基本を覚えた者がきちんとした作法で通らないと、とーっても危険なのよ」


「お母さんはできたの?」


「昔はね。お母さんでも、簡単な術式は使えたんだから」


「なら、私も覚えたら使えるようになるんだ?」


「そうね」


「なら、覚えるわ。毎日階段を上り下りしてたら脚が太くなっちゃうし、このままじゃ1日の半分を階段で過ごすことになりそうだもの」


 一行は笑いながら先へと進んだ。



「皆様、お帰りなさいませ。御無事で何よりです」


 ケイに先導されて潜り抜けた扉の向こうにあった小さな部屋では十数人程の「出迎え」の人達が並んで出迎えてくれて、綾を心底びっくりさせた。

 年齢も姿形も様々な男女が左右に整然と並んで立っている様は、何とも異様だった。

 その間を、ケイとスオウは軽い会釈をしたり短い会話を交わしたりしながら通り過ぎ、ミトはセレブ宜しく「あら~」とか「お久しぶり~」とか言いつつ、優雅に手を振りながら歩いていた。

 綾は気後れしたまま、しばらく出てきた扉の前で立ちすくんで辺りの様子を見ていたが、ミトに「早くいらっしゃい」と促されて、足早に人々の間を通り抜けた。

 通り過ぎる時に感じた、その場にいた全員から向けられた視線の集中攻撃が痛かった。


 スオウによると、王は自室で休んでいるという。

 4人は王の部屋に到着すると、入り口に立っていた護衛官に面会が可能であるかを尋ねた。護衛官はドアの向こうで控えていた取次ぎの女官に彼らの到着を告げると、女官が部屋から静かに出てきた。


「王とババ様が中でお待ちです。どうぞ、こちらへ」


「は、はい…」


 綾が女官に続き、それに続いてミト、ケイ、スオウが入室する。

 広い室内は少し「王の部屋」にしては殺風景ともいえるほど質素で、木製の家具がいくつか置かれている他は、特に装飾品と言ったものは置かれていなかった。ただ一つ、若く美しい女性の肖像画を除いては―


「懐かしいわね」


 後ろから聴こえたミトの声に振り向くと、ミトもまた、肖像画を見ていた。


「あなたのお母様よ、綾」


(やっぱり…)


 何となく、そうかなと思ってはいた。確か、名前はカノ。

 肖像画の中の女性は、ミトによく似た面影を持っていた。はっきりと違うのは髪と瞳の色。赤みのかかった薄茶色の髪の毛は、綾のものにそっくりだった。毛先の変なハネ方もそっくり。

 他人と違った髪の毛が、綾には小さな頃からコンプレックスの種だった。中学と高校の時は定期的に黒く染めていたほどだ。いくらブロー剤を使ってブローしても変な方向にハネ上がる毛先も大嫌いだった。綾はミトのクセの無い真っ直ぐな黒髪に子供の頃からずっと憧れていた。

 今、自分と同じ髪を持つ「母」の肖像画を見て、綾は不思議な気持ちでいっぱいだった。


 あれほど嫌っていた自分の髪に何らかの「意味」があったなんて、今まで知らなかった。


 綾は自分の髪の毛と、肖像画のそれをもう一度見比べた。


「アヤ…。お前の髪は、カノと、同じだな…」


 ベットの方から男性のしゃがれた声がして、その時初めて綾はベットの上の人物と目が合った。

 白髪の男性が、上体を僅かに起こした状態で綾達の様子を見ていた。この人物が、王。そして、綾の実の父親なのだろう。

 その隣には、黒い服を着た小柄な老婆が座っていた。「ババ様」と呼ばれている人物だろうか。


「あ…。え、と」


 こんな時には、何と挨拶したらいいものだろう。


(「初めまして」?でも、あの人って、私の父親なのよね、多分。父親に「初めまして」でいいの?それとも、「ただいま」?ここには住んだ記憶が無いのに、それは図々し過ぎってものじゃない?それとも無難に、「こんにちわ」? あれ? 今、まだ朝? なら、「おはようございます」? もう。どうしたらいいの~?)


 助け舟を出してもらおうとケイとスオウを探すと、2人は部屋の隅の方に跪き、頭を下げて控えている。


(うっ…。そんな。ひどいよ、2人共…)


 そう思った矢先、ミトが綾の耳元で「ほら、行くわよ」と囁いたと思ったら、綾の腕を掴んでグングンとベットに近付いて行った。


(こ、心の準備がぁぁ~)


 ミトはベットの側で綾を掴んだ手を離し、王とババ様に向かって優雅に会釈をした。


「ハヤト様、ババ様、お久しゅうございます」


(おお~。お母さん、すご~い。女優みたい)


 感心している綾をよそに、王は目を細めながら微笑んだ。


「うむ。よくぞ、戻ってきてくれた、ミトよ。…して、その娘が、アヤであろう?」


「は、はい。私が、綾、です」


 全身を緊張させた綾を見て、ババ様がくっくっくっと笑った。


「そんなに緊張せんでも、ええじゃろうて。ここはこれからお前の家となる場所だ。今は慣れんでも、すこぅしづつ、慣れていけばええ。」


「はい…。ありがとうございます、ババ様」


「はいよ。いい返事だ」


 ババ様はそう言うと立ち上がり(立ち上がっても大して頭の位置は変わらなかったが)、控えたままのケイとスオウの前に歩み寄った。


「お前達も、今回は大儀だったねぇ。無事に帰ってこられて何よりだ。初めて向こうへ行って疲れただろう? どうだい、これから昼餉を頂きながら報告を聞かせてもらえるかね?」


「はっ」


 そう言うと2人は立ち上がり、王に敬礼をすると、ババ様と一緒に部屋から出て行こうとした。


「あ、ケイ、スオウ」


 出口に近付いた2人に、綾が声を掛けた。2人が何事かと立ち止まって振り返る。


「あの、ありがとう。ここまで無事に連れてきてくれて。それだけ、言いたかったから」


 2人は微笑みながら会釈をすると、王の寝室を後にした。


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