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この地に渡る風  作者: 成田チカ
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説明、受けました

 ヤマトという国は、この世界とは別の世界にあるのだという。

 つまり、よく小説や映画であるような、「異世界」っていうものだとか。

 その世界には大小様々な国があって、ヤマトはその中の一国。

 東南の端にあるヤマトは、その温暖な気候の恩恵を受けて農業が盛んで、広大な領土の中で人々は平和でのどかな生活を送っていた。


 25年程前、近隣の国々が突然戦争を始めた。

 ヤマトは中立を守っていたが、戦争に乗じて農作物の豊富なヤマトを侵略してしまおうとする国も多かった。

 少しづつ病に蝕まれていくように、ヤマトは戦乱の渦の中に巻き込まれていった。

 もともと軍事力といっても地元の警備隊に毛が生えた程度のものしかなかったヤマトは、たちまち国土のあちこちが戦火に包まれ、人々は次第に飢えていった。


 戦が始まって4年目に入った頃、王都にある王城の一室で王妃が姫を無事に出産した。

 やっと産まれた第一子。

 でも、こんな戦乱の世に産まれたこの子は幸せになれるのだろうかと、王妃はよく、妹のミトに呟いていた。


 姫の誕生から1ヶ月ほどたったある日、城は大国の軍隊が王都のすぐ側まで来ているという報を受けた。


「わたくしは、この子の未来を守りたい。お願い、ミト。この子を連れて『門』へ…!」


 カノは布にくるまれた赤ん坊を妹の腕に押し付けると、大きな鍵を妹の手に握らせた。


「お姉さま、お姉さまは何をなさるおつもりですか?」


「わたくしにしか、できないことです。この国を守るために」


「それなら私もここに残ります!」


「なりません!」


 普段、滅多に聞かない姉の怒声に、ミトは身体を大きく震わせた。


(お姉さまは、本気だ…)


 しばらく見詰め合っていた二人の間の静寂を、赤ん坊の泣き声が破った。


「あ…」


 ミトが自分の意識を赤ん坊に向けた瞬間、カノは部屋の外へ走り去った。


「お姉さま!」


 カノが何をするつもりなのか、ミトには何となくわかっていた。

 彼女は、王妃として国を守ることを選んだのだ。

 母として、この子と逃げ延びるよりも…

 零れ落ちる涙を拭いながら、ミトは泣きじゃくる赤ん坊をしっかりと腕に抱いた。


「お姉さまの御意思、必ず、果たします。」



 ミトは王妃の部屋を出ると、祭祀官のみが使う道を素早く抜け、地下の奥深くへと向かった。

 地下は暗かったが、壁のあちらこちらに繁殖したヒカリゴケのお陰で、明かりがなくとも何とか足元を見ることはできた。

 一本道の通路の果てに、頑丈そうな大きな扉がそびえ立っていた。

 赤ん坊を片腕に抱え直し、もう一方の手で姉から託された鍵を使う。

 少し往生したものの、鍵は何とか鈍い音を立てて開いた。

 ミトは全身を使って重い扉を押し開いた。

 扉の先には、小さな部屋があり、その中央には七色に輝く光の柱が立っていた。


「これが、『門』…?。まさかこの目で見る日が本当に来るなんて」


 祭祀官として知識としては知っていた「門」だが、まさか自分が通ることになるとは思ってもみなかった。

 ミトは赤ん坊の顔を覗き込んだ。

 母と別れたときには泣きじゃくっていた赤ん坊は、今はミトの腕の中ですやすやと寝息を立てて眠っていた。


「行こう、アヤ。行って必ず、生き延びよう。あなたのお母さんの分まで」


 ミトは光の中へ足を踏み入れた―


************


「あの戦で、カノ様は禁呪を使って敵国の軍隊を壊滅され、自らも術の力に耐え切れずに倒れられた。そう、聞いております」


 ケイが俯きながら、静かな声でそう言った。


「きんじゅ…?」


「我らヤマトの民の中には、術式を使う者もおります。術者や術式を管理するのがわたくしが勤める術式省の仕事なのです。言い伝えでは、カノ様は術式省の最長老であらせられるババ様に勝るとも劣らない術の使い手でいらっしゃったとか」


「えーっと、ごめん。『じゅつしき』っていうのは…?」


 綾の問いに、ミトが「魔法みたいなものよ」と返した。


「アヤ様。我らの術式は魔術のような妖しい技ではなく、太古より系統立てたれた自然の理を…」


「あー。ケイ。ごめん。術式については後でちゃんと説明を受けるから、とりあえず、『きんじゅ』って、何?」


 綾がノートに何かを書き込みながら遮ると、ケイが少し咳払いをして続けた。ウサ耳が不満そうに揺れていた。


「禁呪と言うのは上位の高魔法で、威力はもちろん凄まじいものですが、それ故に術者に掛かる負担も大きく、ほとんどの場合は術者の命と引き換えに発動されます」


「『命と引き換え』って…。それを使って、死んじゃった、ってこと…?」


 呆然と呟く綾の周りに沈黙が流れた。 

 その流れの中に、それまで黙っていたスオウの低い声が流れ込む。


「しかし、国は残った…」


「国…?」


 アヤの問いに頷きながらケイが繋げる。


「そうです、アヤ様。カノ様のお力により、我が国は他国の軍を全て退け、彼らと不可侵条約を結ぶことができました。以来、ヤマトは他国からの侵略を受けることはございません」


 ミトが小さい溜息と共に言った。


「他国も、戦争を続けられなくなるほどの兵を失ったんでしょう。姉様の禁呪の力によって」


「だが…」


 スオウが言いかけた言葉を止める。


「いや、何でもない。それよりも、我々のことだが…ケイ」


「はい。我々は王の勅命により、この数年間、アヤ様の行方を追っていました」


「何か、ヤマトで問題でも?」


 ミトの問いに、ケイとスオウは目を見合わせる。

 すうっと深呼吸をした後、スオウの緑色の瞳が真っ直ぐに綾の目を見た。


「王は2、3年前から体調を崩されることが多くなりました。特にここ一年ほどは病床に臥せっておられ、公務にも支障が出始めています。もう先はそんなに長くないだろうと、先日ババ様は仰った」


 スオウの言葉に、綾はどう反応すればいいのか、よくわからなかった。


(王…。それって、私の実のお父さん、だよね?)


「ハヤト様は、綾に会いたいと、そう、仰っているの?」


 ミトの言葉に、ケイが躊躇いながら言う。


「それもあります。が、実際のところ、我々の当面の問題は王位継承にあります」


「王位継承…?」


 何だか話が大きくなってきた。


「ちょっと待って。そ、それって、まさか、私が関係しているの?」


 ケイが綾を真っ直ぐに見据えて答えた。


「そのまさかです。王には御子様がアヤ様しかおられません。カノ様亡き後、王が周りの勧めを全て断って御再婚なさらなかったからです。さらに、御兄弟で無事に先の戦争を乗り越えられたのは弟君お一人のみでしたが、その弟君も三年前に狩りの最中、落馬の事故でお亡くなりになりました。御兄弟は全員独身でいらしたため、現在、ヤマトにおける正統な王位継承者はアヤ様ただ御一人です」


(え…?)


 いきなりのロイヤル・ステイタスに加え、いきなりの王座決定戦。


(何なの、これは…。映画じゃあるまいし、あんまりだ)


 綾は突然の人生の急展開ぶりに頭がついて行けず、その場で呆然と座っていた。

 綾の状態に気付いた他の3人は、しばらく黙って綾の様子を見ていた。


「あなた方、綾を連れて行くといっても、どうやって?『門』は片道のみのものだと思っていたのだけれど」


 ミトが思いついたように言った一言で、しばらく続いた重い沈黙を破った。


「はい。ここより北へ半刻ほど歩いた場所に無人の(やしろ)がございます。そちらの内部に術を用いて『門』を開き、ババ様と私の術で門の状態を確保しておりますので、ヤマトに戻ることが可能です」


「まぁ、スゴイわねぇ」


 ミトの感嘆に一瞬ドヤ顔をしたケイだが、ふと表情を曇らせた。


「ただ…」


 ケイが不安気な顔をしながら続けた。


「門の確保は3日が限度で、今日がその3日目です」


 ミトは机の上に頬杖を突きながら、何か考えていた。そして唐突に、「じゃ、行きましょうか、とりあえず」と言って立ち上がった。


「は?」


 何故かミトを除く全員が声を揃えた。拍子抜けした声もお揃いだ。

 それを聞いて、ミトはうふふといたずらっぽく笑ってみせた。


「いやぁねぇ。別に今、そっちで戦争があるわけじゃないんだから、構わないでしょう? ちょっと行って状況を見るだけでも違うかな~って思って。それに、せーっかく『門』が使えるなら、私も21年ぶりに里帰りしてみたいし? ババ様に頼んだら、こちら側に帰ることも出来るでしょ? 帰りは片道で構わないんだし?」


(こ、この人は…)


 ミトの神経が海中トンネル並みの太さであることを、綾はすっかり忘れていた。

 でも、今日、この母の話を聞いて、この人がどうしてこう変な時に変な度胸があるのかがわかったような気がする。


(まぁ、異世界に無理矢理飛び込むようなことしてたら、変な度胸もついちゃうよね、きっと)


「アヤ様も、それでよろしいでしょうか?」


 ケイが綾に向かって訊いてきた。

 ここまで来たら、駄々をこねてもどうせ多数決で負けるに決まっている。それに母も一緒なら、行ってみるのもいいかもしれない。


「うん。行ってみてもいい、かな」


 よーし、と全員が立ち上がる。


「あ、でも、その前に」


 綾の言葉に全員が即座に綾の方を見た。


「あ、そんなに重大なことじゃないんだけど…。行く前に私、トイレに行ってもいい?」


 綾の言葉にスオウとケイが安堵の溜息を漏らした。

 ミトは小学生のように手を上げる。


「私、次ね~」


「はいはい」


 綾はトイレの中で独りになると、誰にも聞こえないように溜息を一つ、ついた。

 何だろう、この感覚。不安と期待と恐怖と好奇心のごった煮スペシャル。どこかで同じような思いをしたなぁと考えて、それが自分が大学入学のために上京した時であることを思い出し、綾は苦笑いをした。


(私ってば、自分が思っていたほど成長してないんだなぁ...)


 壁に背をもたれながら深呼吸をして目を閉じると、暗闇の奥底に淡く七色の光がが見えたような気がした。そのか細い、何だか懐かしい感じのする光のお陰で、綾は少し心を落ち着かせることができた。


(とりあえず、行ってみよう。それが何に繋がるのかはまだ、わからないけど...)


 綾はドアから外へ出た。


 軽い気持ちで出発した綾はその時、まさか自分がもう2度とその部屋に戻ることが無いとは思ってもいなかった。

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