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この地に渡る風  作者: 成田チカ
4/25

説明、されてます

 翌朝。

 ピンポーンとドアのチャイムが鳴った。


 母は本当に始発の新幹線に乗ってやってきた。

 綾がドアを開けると、そこには普段はあまり見たことの無い、緊張した面持ちの母が立っていて、開口一番、昨日の訪問者の居場所を確認すると、母は何も言わずにスタスタと居間へと向かっていった。

 母が居間に足を踏み入れた瞬間、ケイの興奮した声が聞こえた。


「ミ、ミト様…!よくぞ御無事で…!」


(え…? お母さんを知ってるの、この人達?)


 居間の手前で足を止めた綾に、母が声をかけた。


「綾、こちらに座りなさい」


「あ、はい…」


 間の抜けた返事をしながら、綾は母の隣に正座した。


「はじめまして。私は綾の母で、早坂みと、と申します。昨日、綾から一応聞いてはおりますけれど、お二人とも、念のためあなた方の紋章を私に見せていただけますか?」


 二人は頷くとメダルを腰紐からはずし、綾の母の前にそれらを差し出した。

 金のメダルに一つは虎、一つは亀の文様。

 そして、紫水晶の付いた、紫色の飾り紐。

 母は2つの紋章をしばらくじっと見つめていた。


「まさか、他人のヤマトの紋章をここで見る日が来るとは、夢にも思いませんでした…」


 母は感慨深げに2人のメダルを見つめるた後、自分の持っていたバックから、大事そうに布に包まれたものを2つ取り出した。

 母はそれらをテーブルの上に並べ、少し色が黄ばんだ布の包みを慎重に開けた。


「これは、私の」


 最初に母が開けた包みからは、スオウやケイのものと同じ金色のメダルが出てきた。だが、ここに描かれている文様は鳥。


「鳥…?」


「綾。これはね、朱雀というの」


「朱雀って、中国の四神の一つよね? 違った?」


「よく知ってたわね、綾。その通りよ。スオウの紋章は白虎。ケイの紋章は玄武。どれも、四神の一つなの。ヤマトでは、王家を側で守る者達の象徴でね…」


(王家って…?それに、お母さんもこの人達と同じメダルを持ってるなんて、一体どういうこと?)


 困惑した綾をやさしく見つめながら、母は次の包みに手を伸ばした。


「そして、これが…。綾、あなたの」


「私の?」


 母が包みを開けると、そこには新たな金色に輝くメダルが出てきた。

 ただ、他のメダルと違ったことは、中央に描かれている龍の文様が鮮やかな七色に光っていることだった。7色の光はメダルに刻まれた龍の上で揺らめきながら動き続けていて、まるで龍が生きて呼吸しているかのように見えた。


「て、天龍の印!やはり、あなたがアヤ姫様でいらっしゃるのですね!」


 ケイが感極まって声を高めた。


「何、これ…」


 何もわからない。

 机の上に並んだ四つのメダル。その意味。王家。そして自分を「姫」と呼ぶ人。

 何も、わからない。

 

 呆然としたままの綾の目の前で、綾のものだとされたメダルだけが、静かに光を放っていた。


「お母、さん…」


「心配しないで。大丈夫。ちゃんと説明するわ」


 母は綾を勇気付けるように微笑むと、机の上に置かれた紋章に視線を移した。


「紋章は、ヤマト国では昔から身分証明として用いられているものなの。色、刻まれた文様、飾り紐、紐につけられた玉や飾りで、それを持つ者の身分、所属、職業、功績を表すの。ここにあるのは全部金の紋章だけど、金の紋章は王城の敷地内に住まい、王家の居住区に立ち入ることを許された者だけが持つものなの」


 ミトからの説明によると、刻まれる文様は「印」と呼ばれ、龍は王の印で王とその直系の家族のみが使うことが許されるという。

 朱雀、白虎、玄武、青龍の四神はそれぞれヤマトにおける4つの主な官庁を表し、官人は各々が属する官庁の印の刻まれた紋章を持つ。

 飾り紐は特別に上官から贈られるもので、特に王に側近と認められた者には紫色の飾り紐が王から直々に下賜され、紫水晶は過去に何らかの功績が認められると、さらに王より下賜されるのだという話だ。

 ミトの説明を聴きながら、綾は途中からノートを取っていた。自分の脳だけでまかなうには情報量が多過ぎたし、好奇心が十分に刺激されて、どの情報も取り逃したくないと思ってしまったのが運のつきだ。ビジネス専攻の悲しい性で、表にして系統立ててしまっている自分が空しい。


「じゃあ、この、紐に付いてる小さなアクセサリーは?」


 この綾の問いには、ケイが誇らしげに答えた。


「わたくしの銀の杖は、わたくしが術式省(じゅつしきしょう)において次官を務めているということです」


「じゃ、スオウの銀の剣は軍部で次官ってこと?」


「その通りです」


「ふーん。一番偉い人のアクセサリーは何色なの?」


「金ですが」


「金が一番上、と」


 そう言いながらノートに書き込んだ後、綾は鈍い茶色の金属でできた小さな花のアクセサリーの付いた母の飾り紐を指で弄びながら言った。


「じゃ、お母さんは偉くなかったんだ。これ、金でも銀でもないよね?」


 綾の意地悪な問いに、ミトは子供のように頬を膨らませた。


「失礼ね。私はこっちに来た時まだ若かったんだから。仕方ないじゃない。それでも飾りがあるだけでも偉いの!」


 何かがひっかかる。「来た」…?


「『こっちに来た』って?」


「そのままの意味よ。私はヤマトで生まれ育ったの。こっちの人間じゃないのよ」


(あ、嫌な予感…?)


「ついでに言うと、あなたもね。あなたは私が連れて一緒にこっちに逃げてきたの」


(はい?)


「さらに言うと、あなたは本当は私の姪にあたるの。私の姉があなたの本当のお母さんよ」


(はああああああああああ?)


 もうだめだ。これ以上、脳に刺激を与えると死んでしまいそうだ。

 目を白黒させる綾の肩にぽんっと軽く手を乗せると、母はふんわり笑って言った。


「ちゃんと話すわ。21年前に何があったのかを」

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