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この地に渡る風  作者: 成田チカ
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連絡、しました

 綾はとりあえず、2人に綾の部屋まで来てもらうことにした。

 あのまま公園で話すにはケイの「術」とやらの効き目が切れそうだと言われたことと、その「術」のせいで時を止められ、ずっと銅像のように固まったままの人達に申し訳ない思いがしたからだ。

 今、マンションの自分の部屋の入り口で、綾は後悔の海の真っ只中にいた。


(この人達、一体どこから来たのよう~)


 まず、二人を綾のマンションのエレベーターに乗せるのが一苦労だった。

 扉が自動的に開くと、2人は「このような魔術の掛かったものに乗るなど、とんでもない」と拒否された。

 すったもんだしていた直後にもう一台あるエレベーターから子供たちが降りてきて、子供も乗って大丈夫なんだから大丈夫だ!と気合で押し切った。

 大体、綾の部屋は8階にあるので、階段で昇るなど、考えたくも無い。どんな苦行だ。


 エレベーターが動いている間中、スオウと呼ばれていた男性は興味深げに中を見渡し、いらない階のボタンを押しては綾に叱られた。ケイと呼ばれた女性は始終ピリピリと見えない何かに身構えていたようで、ケイのウサ耳が妖怪アンテナのようにピンと直立不動で立ち、その上に被さったフードをとんがり帽子のように盛り上げるのを見て、綾は笑いを堪えるのに必死だった。

 エレベーターが8階に着いたら着いたで、スオウとケイは「何と高度なからくりだ!」とか「どの系統の術式を用いているのか?」とか綾には意味不明のことを言ってきた。


(ヤマトって、どんな国なのよ、一体~?)


 綾はがっくりとうなだれながら、自室の扉を開けた。



 二人を居間に通し、とりあえずお茶を出した後、綾がまず取った行動は「お母さんに電話する」だった。

 綾は2人に居間で適当にくつろぐように言うと、携帯電話を握り締めながら台所に駆け込んで床に座り込んだ。

 オートダイヤルで母の番号を選択する。

 呼び鈴が鳴ること1回、2回…


(早く! 早く出てよ。早くぅ~。お母さ~ん!)


「もしも~し。綾、どうしたの?」


「お母さん! 変な人達が今、私の部屋にいるの!」


「えっ? す、すぐ、110番…」


「ってゆーか、その人達、『ヤマト』って国から私を迎えに来たって言ってるの。『カノ』王妃と似てるとか言ってて… それで、えーっと、あ、そうだ! お母さんの名前も出てきた!」


「…………」


 母はそれからしばらく何も言わなかった。


「お、お母さ、ん…?」


 不安になって、綾が母に声をかける。


 少しの間が続き、母の声がようやく携帯から聞こえてきた。


「綾。その人達に、『紋章を見せてください』って言ってみて」


「何?『紋章』…?」


「そう。それで、見たものをそのまま教えて」


「『紋章』ね。…わかった。ちょっと待ってて。電話、切らないでよね」

 

 綾は居間でお茶を飲みながらくつろいでいた2人に向かって、母に言われた通りのことを言ってみた。

 何の抵抗も無くあっさりと2人から差し出されたものは、金で作られた掌大のメダルに動物が刻まれた、凝った細工のものだった。


「金メダル…? 2人共、オリンピック選手?」


 綾の問に、怪訝そうな顔をしたケイが答える。


「『おりんぴっく』とやらは存じませんが、これが我々ヤマトの民が『紋章』と呼んでいるものです」


「これが、『紋章』…?」


「左様でございます」 


 スオウのメダルには虎、ケイのメダルには亀が刻まれている。

 綾は見た通りのことを電話越しの母に伝えた。


「金のメダルに虎と亀?そう…。飾り紐は付いてるかしら?」


「えーっと、これかな? 紫のきれいな紐の先に、紫の…水晶かな、これ。きれいな透き通った石が何個か付いてる。ケイのも、スオウのも、同じみたい。あ、でも、スオウの飾り紐には銀色の小さな剣のチャームも付いてて、ケイのには銀色の杖みたいなチャームが付いてる」


 母はそれを聞いて、小さな安堵の溜息を受話器の向こうで漏らした。


「……王の側近ね。よかったわ」


「はい?」


 よくわからない。「王の側近」って?


「綾。明日の始発でそちらに向かうから。彼らには私が会うまでそこに泊まってもらってくれる?」


「え? ちょ、ちょっと、お母さん、泊めるって、ここに?」


「お願い」


 母のこんなに緊張した声を聞くのは初めてだ。それに子供の頃からの経験で、普段と違う調子の声を出す母には迂闊に逆らわない方がいいということも、綾はよく知っている。


(でも、この部屋にこの2人が泊まるっていうのは…)


 綾は恐る恐る訊いてみた。


「お母さん…。あ、あの…。スオウっていう人は、男の人、なんですけどぉ…」


 泣きそうな声を出す綾に、母はきっぱりと言った。


「大丈夫。王の側近が王女に手を出せるわけないもの。安心しなさい。彼らはあなたにとって、『ぼでえ・がーど』のようなものよ」


(お母さん、それを言うなら『ボディーガード』…)


 突っ込む気も失せた。



 母はその後すぐに電話を切った。

 綾はしばらく、その場で呆然としていた。が、ふとミトの最後の台詞が頭の中に甦る。


(ちょっと待って。最後にお母さん、何て言った?『王の側近が王女に手を出せない』って…?『王女』って、誰…?まさか、わ、私…?)


 そのまさか、であることは翌日に見事に判明した。


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