間章 「昔語り: 精霊の娘」
それは太古の昔。
この世界を作り上げた神は、一人の精霊にこの世界の統治を任せた。
精霊には娘が一人いた。神はこの娘に一枚の鏡を与え、世界に起こること全てをその鏡から見ることができるようにし、娘に鏡から見た出来事全てをこの世界の「記憶」として残す役目を与えた。
ある日、鏡で世界の様子を見ていた娘は、そこに映った一人の若者に一目惚れをした。
娘は若者の居所を突きとめると人間に姿を変え、自らの役目を放り出して下界に赴き、若者に近付いた。二人はすぐに恋に落ち幸せな日々を過ごしたが、これを知った父である精霊は怒り、娘を幽閉すると若者を処刑することにした。
若者の処刑を知った娘は幽閉されていた部屋を何とか抜け出し、急ぎ空を飛び処刑場へと向かったが、時既に遅く、若者は血を流し息絶えていた。
娘は自分の持つ命の力を以って若者を生き返らせようと試みるが、若者の魂は既に神の手によって押さえられ、娘は若者をこの世に呼び戻すことができなかった。
悲しみにくれた娘は鏡の間へと独り赴き、若者の短剣で自分の胸を刺すと、恨みの言葉と共に鏡を割った。
娘の血に触れた割れた鏡の破片から魔物たちが次々に生まれ、世界の端々にまで散らばった。
事の次第を見ていた神は精霊の娘の魂を拾い上げ、その魂を未来永劫この世を彷徨い、この世界の記憶を刻み続けるという罪を負わせた。
娘の死を悲しんだ精霊は自らの身体を引き裂き、それぞれを違う種類の精霊たちへと変化させた。精霊は新しく生まれた精霊たちに魔物の制圧と娘の魂の保護を申し付けると、力尽きて息絶えた。
それを知った神は、精霊がこれ以上増やされぬよう、彼らに子が生まれぬようにした。しかしこの時、時空の狭間を彷徨っていた精霊の娘の魂だけは、その術から逃れた。
以来、この世界の精霊から子が生まれることはない。
ただ一人、精霊の娘の魂を宿した娘からのみ、新たなる精霊は生まれいずる。
精霊の娘
世界の始まりに生まれ、転生を繰り返す
それは命を紡ぎ、繋げる者
世界の時をその身に刻み
それは世界の命を紡ぎ、繋げる者
神に押さえられたという「若者」の魂が何処へ行ったのか、誰も知らない。