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この地に渡る風  作者: 成田チカ
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6章 「禁呪」

 21年前に起こったことを知りたい。そう願った綾の気持ちを、ケイやゴウヤも真面目に受け止めてくれた。

「でも…。わたくし達の口から、どう御説明申し上げたらよろしいのでしょう…。ここには、実際にあの場にいた者はおりませんし」

 ケイの懸念はもっともだった。当時、スオウやケイはまだほんの子供で、敵の攻撃を避けるために家族と共にただ隠れているしかできなかった。ゴウヤに至っては綾と同じくまだ生まれたばかりの赤ん坊で、戦の記憶すら無い。

 全員、おおよその事は戦に出ていた父親や他の大人達から聴いているとはいえ、他人からの伝え聞きというものは伝える人の主観が入ってしまっているから、それをそのまま綾に伝えるのはよくないだろうとスオウが言い、ケイもそれに同意した。

「ビデオでもあればよかったのに」

 溜息混じりに呟いた綾の言葉に、全員が「?」を頭の上に飛ばしていた。

「ああ、ごめんごめん。『ビデオ』っていうのは、私の世界にある『記録装置』って言えばいいのかな。見たままを機械を使って記録できる、すごく便利なものなの。それがこの世界にあったなら、私はそこに残された記録を見るだけでよかったのになって、思ったの。でも、無いものは無いから、どうしよっか…」

 宿泊先の小さな宿の部屋の中心で、薄明かりの中、床に座り込んで頭を突き合わせながらウンウン唸る四人の上に、軽やかな声が降って来た。

「僕のことを忘れるなんて、ひどいよね、みんな。仲間に入れてよ」

 皆が声の主に向かって顔を向けると、そこには天龍が立っていた。天龍はフッといつものように不敵な笑みを満面に湛えると、綾の背中にしなだれかかってきた。

「…天龍、あのね」

「何?」

「重いから、離れて。もう。子供じゃないんだから」

「じゃ、重くなかったらいいんだ」

 天龍はそう言うと、綾の真後ろに腰を下ろし、綾を自分の腕の中に引き寄せた。

「!!」

 天龍の体温と心臓の鼓動を自分の背中に直に感じ、綾は身体を強張らせた。その様子を見ながら、ケイは呆れ顔で大きな溜息をつきながら、天龍に殴りかかりそうな勢いのスオウを制した。その横で、ゴウヤが真っ赤な顔をしながら綾から目を逸らしている。

「天龍。はなしてくれる?」

「もちろん。君のためなら、僕の知ってる事は全部話すよ」

「いや、そうじゃなくて、腕を離してってば」

「嫌だ」

 綾は泣きそうな顔で他の三人を見たが、それぞれ呆れ・怒り・戸惑い顔で綾と天龍を眺めているのを見て溜息をついた。

「じゃ、知ってることを教えて?」

 降参した様子の綾に満足すると、天龍は少しの間、何かを考えてから答えた。

「そうだな…。話すだけじゃつまらないから、『見せて』あげるよ。今ならできそうだし。」

「え? 『見せる』って、どうやって?」

 綾の問に、天龍は自信満々に答えた。

「僕の力を使って、僕が体験したことを、君に実際に見せてあげることができるんだよ」

 どういうこと、とケイに尋ねようとしたが、綾の言葉は口から出てこなかった。何故なら、ケイとゴウヤが尊敬と羨望の眼差しで天龍を見つめていたからだ。その横で、スオウが面白くなさそうな顔をして明らかにふてくされている。

(うわ。色んな意味で怖いよ、みんなの反応…)

「えっと…、天龍?」

「何?」

 天龍の息が綾の耳に直にかかる。

(うひゃぁ~)

 綾は身を屈めながらも、ケイとゴウヤからは「我々も是非見たいです!」オーラを、スオウからは「俺は天龍の術なんぞに興味は無い」オーラを痛いほど全身に受けていた。

(もう、どうしろっていうのよ~。でも、多数決で、「見る組」の勝ちだよね)

 綾は腹を括った。

「て、天龍。あのね。それを見ることができるのって、お一人様限定? それとも、あなたのすっごい力をもってすると、ここにいる全員に見せてあげることができたり、する?」

「フフッ。当然さ。僕のすっごい力をもってすれば、全員に、しかも同時に見せることが可能だよ」

 得意気な天龍の言葉を聞いて、ケイとゴウヤが餌をねだる子犬のような状態になってしまった。

(この二人、本当に天龍に弱いなぁ…)

 綾はふてくされているスオウに目を向けた。スオウは「仕方が無いな」といった感じで肩をすくめる。

「じゃ、お願い、天龍。私達に、21年前のこと、見せてください」

「君の頼みなら、喜んで」

 天龍はそう言うと綾から身体を離して立ち上がり、皆の座る中心に移動した。楽な姿勢を取れという天龍の要望に応えて、皆がそれぞれ思い思いの姿勢を取る。ケイとゴウヤは瞑想をするかのように座禅を組み、スオウは寝台に寄りかかり、綾は寝台の上に横になった。

「皆、準備はいい? 僕に呼吸を合わせて。ゆっくり吸って、少しづつ吐き出して…。もう一回。…そう」

 皆の呼吸が揃うと、綾は何か波のようなものを身体に感じた。寝台の上にいるはずなのに、波の上だか水の中だかに漂っているような不思議な感覚。奇妙な重力を身体に感じるのに、何故か心地よい。

「いくよ?」

 やがて天龍の声が軽やかに呪文のような言葉を紡ぎ始めた。やがて自分の呼吸以外は何も聴こえなくなり、綾は自分が以前来たことのある、光の漂う空間にいることに気が付いた。

(あ、あれ? ここは、「門」…?)

 門を通ってきた時と同じように、綾は何となくこちらだと思う方向に向かって歩き始めた。

 やがて、光のトンネルの向こうに赤い揺らめきが見えた。

(これは、何? 揺れてる…。何か、声も聴こえる…)

 何かが焦げる様な臭いがするな、と思った瞬間に、綾は自分がどこかの街の中に立っていることに気が付いた。

(ここは、どこ…?)

 熱い。そう思って横を見ると、綾のすぐ隣で家らしきものが燃えていた。

「何、これ…」

 呆然と立ちすくむ綾の後ろを、人々が走って逃げていく。

「アヤ様、こちらへ!」

 聞き覚えのある低い声がしたと同時に、身体がふわっと宙に浮いた。綾はスオウの肩に担がれながら、その場を離れた。目の前を流れていく景色の中で、家が、木が、街の全てが燃えていた。

 しばらく走った後、やっとスオウが走るスピードを落としてくれた。スオウの肩から降りながら周りを見ると、スオウの側にはケイとゴウヤもいた。

 街外れまで辿り着くと、全員がへたり込んでその場に座った。

「はぁ、はぁ、はぁ…。な、何なの、これ…。ここは、どこ…?」

「さ、さぁ…」

「俺にも、さっぱり」

 不意に涼しげな声がどこからか響いた。

「ここは、21年前のカシワだよ」

 天龍の声に、全員が声のする方を振り返った。

「カシワって…?」

「ヤマト最北に位置した、かつて北における交易の玄関口として栄えていた街、だよ」

 天龍の瞳に哀しみの色が混ざるのを、綾は感じ取っていた。それが意味するところは、きっと綾が感じ取ったものと同じだと、綾の中の何かが告げている。

「今は『無い』。そうなのね?」

 綾の言葉に頷くと、天龍は赤く染まった街に視線を移した。

「御覧の通り。焼かれて、壊されて…。逃げおおせた人々は、この街に戻るよりも、別の土地で新しく街を興す方を選んだんだよ。この燃えている街は、今では全て土の中だ。」

「これが…、『禁呪の力』なの?」

 この問には、天龍は首を横に振った。

「違うよ、アヤ。カシワはヤマトに侵入してきた他国の軍隊の攻撃によって滅んだんだ。僕は、この風景も君たちに見せるべきだと思ったんだよ。禁呪の力を見せる前に、ね」

 綾はまだ燃え続けるカシワの街を見つめた。街はまだ、炎の中で揺らめいている。

「それは、この街が禁呪の力ではなく、人の力で滅んだ街、だから?」

 綾の言葉に、天龍が頷く。

「そう。ちゃんと、覚えておいて」

 静かに呟く天龍の声が、綾の中に染み入ってくるようだった。天龍の言葉が目の前の風景と共に絡み合いながら、綾の身体に刻み込まれていく。

 炎の色、温度、臭い、音―。全てが綾をチリチリと締め付けていった。それでも、綾は目を反らすこと無く、じっと黙ったまま崩れていく街並みを見つめていた。それは綾だけではなく、他の三人も同じだった。

 炎はその晩中、燃え続けた。夜が明ける頃には、物を燃やし尽くした炎は勢いを弱め、黒い煙があちこちから立ち昇っていた。残された人々のすすり泣きの声が、いつまでも綾の耳から離れなかった。

「そろそろ、行くよ」

 天龍の声に、他の三人も近くに集まってきた。皆、憔悴した顔をしていた。それも無理は無い。全員、戦で街が焼かれていく様を見たのは、これが初めてなのだ。

 天龍は無言のまま立ち竦む一同に自分の側に寄るようにだけ指示すると、それ以上は何も言わずに気を集め始めた。

 何も言わなくても、次に行く場所は何となくわかっていた。

 禁呪の力を見るのだ、と。


 目の前の景色が大きく揺れた、と思ったら、今度は見覚えのある場所に立っていた。

「ここは…ワト?」

 彼らはワトの中央広場の噴水の前にいた。

 噴水は綾が先日見たものと同じもののはずだが、ここでは豊かな水を吹き上げ、水が光を反射して輝いていた。だが、その場で輝いていたのは噴水だけだった。街全体は妙に重苦しい雰囲気に包まれていて、広場を横切る人々に気付いた綾は呆然と目を見開いた。

 大勢の人々が、それぞれ持てるだけの荷物と共に城へ向かって歩いていた。誰もが切迫した、険しい顔をして歩いている。口をつぐんだままの大人たちに混じって、泣きじゃくる子供も歩いていた。

「城へ、避難しているのですね。皆」

 ケイが呟いた。

「そうだよ。そのお陰で、ワトでは一般市民の死亡者は少なかったはずだよ」

「……」

 天龍の言葉に、何か言いた気な様子なスオウが押し黙る。知り合って短い間だけれど、綾にはスオウが言いたくない何かを隠しているのを悟っていた。そして、それを今は訊いてはいけないことも、わかっていた。

「私たち、これからどこへ行けばいいの?」

 綾が天龍に尋ねると、天龍がワトの北門の方向を指差した。

「向こうの方に敵の本陣があってね。そっちにこれから向かうよ」

 スオウが天龍の前に立ちはだかった。

「アヤ様に危険が及ぶ事はあるまいな」

 スオウの背中が壁になって、綾には天龍の表情が見えなかった。スオウの身体越しに天龍の声が聴こえた。

「大丈夫。僕らの姿はあるようでないものだから。ここでは、僕らの姿は『本物』ではない。僕らは五感で感じることができるけど、実体はここには無いから、何者も僕らを傷つける事はできないよ」

 綾には天龍の言っていることの意味があまりよく把握できなかったけれど、ケイとゴウヤがスオウに向かって真面目な顔で頷いているのが見えたから、まあ大丈夫なのだろうと理解した。だが、スオウはそれでも引き下がらなかった。

「例え実体が無くとも、俺は我が主を守らねばならん。アヤ様を無事に元の身体に戻せるという、保証があるのだな? 天龍」

「約束するよ。大体、危なかったら、最初からこんな方法を取らないって。僕だって、アヤは大事なんだからね。ほら、アヤ。行くよ」

 天龍はスオウの後ろにいた綾の手を素早く取ると、城へ向かう人の波に逆らって早足で歩き始めた。

「ちょっと。天龍。あぶな…!」

「大丈夫だって。僕から離れないで」

 人波がまるで天龍を避けて通るかのように、天龍はスイスイと間を縫いながら歩いていく。その後ろをスオウ達が上手いこと付いて来ているのを綾は振り返って確認した。

(よかった。ちゃんとみんな、付いて来てる)

「そんなにスオウが心配?」

「は?」

 いきなり思いがけないことを訊かれて、綾は一瞬、天龍の質問の意味がわからなかった。

「スオウが、何?」

「アヤはあいつがそんなに心配なの? 何か今、あいつが付いて来てるかどうか見て、安心したって感じだったから」

 膨れっ面をしながらそういう天龍の姿が、綾には新鮮だった。

(あれ? 何だか、駄々っ子みたい…!)

 綾は一瞬吹き出したが、周りにいる人々の重い空気に気が付いて、手で口を押さえた。

「笑い事?」

「ごめん。だって、何か言い方が子供みたいなんだもん。天龍ってば、普段はツンツンして大人なのに、駄々っ子みたい」

 綾の言葉を聞いた天龍は綾から顔を逸らし、何かを呟いた。

「…るな」

「え? 天龍、聞こえないよ。何か言った?」

 突然、天龍は立ち止まって綾に向き直った。その拍子に、天龍の少し後ろを歩いていた綾の顔が天龍の胸に当たった。

「あう…」

 鼻を擦ろうとした手が、天龍に掴まれて引き寄せられた。何事かと思って顔を上げた瞬間、綾の目の前に影が降りた。

「ん…?」

(また、やられた…!)

 綾は自分の唇に天龍の唇と吐息を交互に感じながら、天龍に動きを封じられている自分を感じた。いつもと違って天龍から焦りのような苛立ちのような「何か」が伝わってくるようで、その正体が一体何なのかをぼんやりと考えた。

 唇がやっと開放され、天龍が綾の耳元で囁いた。

「『他の男の心配なんてするな』って言ったんだよ」

「えっと…。でも…」

 真っ赤になって口ごもる綾に、意地悪そうに微笑んで天龍が言った。

「わからないなら、わかるまで、する?」

「ご、ごめんなさい! わかりました! もう結構です!」

「つまんないの。ま、いっか。あいつに斬られると僕も困るし」

 そう言って天龍が顎で指し示した先には、すごい形相で剣の柄を握り締めたスオウが、ケイとゴウヤに押し留められていた。

(う、うわぁ~)

「天龍。何だか、わざとスオウを怒らせてない?」

「そんなことないよ?」

 フフっといつものように笑って、天龍はまた綾の手を取って歩きだした。

「絶対、スオウがああなるの、わかっててやってるでしょ?」

「そうだね」

「やっぱり」

「アヤがいけないんだよ?」

 またそうきたか、と思いながら綾は小さな溜息をついた。

「はいはい。私が悪いんです」

「…心がこもってないなぁ~」

 そんなことを言いながらも、天龍は楽しそうに歩いていく。その様子が、周りにいるワトの人々の悲壮感と全く合っていない。

「天龍。ここはそんなに楽しい場面じゃないでしょうに」

 綾が呆れて言うと、天龍が目を少し細め、真面目な顔をして言った。

「そうだね。でも、ここにあるのは全て過去の過ぎた時間の記憶でしかないからね。僕らがここで何を感じても、何をしても、ここで起こることには何の影響も及ぼさないし、及ばせることはできない。でも」

 天龍は綾の額に口付けた。

「ここに僕と君がいるのは過去ではなく、『今』のことだから。僕はそれが嬉しいだけ」

「天龍~。おのれ~。貴様、我が主に一度ならずとも二度までも~」

 後ろからドスの利いた低い声が地鳴りのように響いてきた。大きな何かが急速に近付いてくる気配がする。

「おやおや。姫の従者は怖いねぇ。それにね、これは二度目じゃなくて、四度目だよ。頭悪いね~」

「貴様~!」

 必死になって追い駆けてくるスオウの攻撃をかわしながら、天龍は綾を抱きかかえて走り出した。その後を慌てながらケイとゴウヤが追い駆けてくる。ちょっと見にはコメディー映画の一場面のようだ。

(そうだね。戦の悲惨な出来事は過ぎたこと。でも―)

 これから見るものを「過ぎたもの」とだけ、思うことができるのか。

 綾は、自分の心の中で警鐘が鳴り始めるのを感じていた。


 ワトの北門にある見張り台から、遠く離れた平野に陣を形成している敵軍が見えた。その数、二万という話だ。

「よく集めたものだな。寄せ集めの上、この場限りの合同軍が」

 スオウが嫌味たっぷりに吐き捨てる。その言葉の裏には、自分がこの場に実際にはいないことへの苛立ちも含まれていた。きっと、自分がもしこの場に実際にいたのなら、彼はきっと命を顧みずに自分の部隊と共に斬り込んでいくだろう。それがされずによかったと綾は思った。たとえ自分勝手な望みでも、自分の仲間に命を捨てて欲しくはない。

「さあ、休憩はここまで。また歩くよ」

「え? ここから見るんだと思ってた」

 綾の言葉に、天龍は静かに首を振る。

「たとえ実体が無いとは言っても、ここは危険だからね。向こうに見える、あの小さな林の中に移動するよ」

「…わかった」

 北門から北東に進むと、海沿いに小さな林があった。潮風除けに作られたという小さな林で、あまり木々が密集しているわけでもない。一行は林に着くと、雑草がまばらに生えた地面に腰を下ろした。潮風の音と波の音が聴こえ、少し強い日差しの中、「ここ」で戦が行われているなど信じられないくらい平和な光景だった。

「ケイはさ、禁呪って言うのが何なのか、知ってる?」

 綾は「まだしばらく時間があるから少し休んで」という天龍の言葉に従って、ケイと一緒に木陰で涼んでいた。近くの木陰には天龍とゴウヤが座り、スオウは少し離れたところで外の様子を伺っている。

「わたくしがババ様から聞いた話によりますと、カノ様が禁呪によって召喚されたものとは、闇焦獣(あんしょうじゅう)と呼ばれる高位の召喚獣だそうですが」

 ケイの説明を受けても、綾にはあまりピンと来ない。

「あんしょう、じゅう…?」

「はい。闇を焦がす獣、と書きます」

「闇を、焦がす、獣…」

 綾がその言葉を自分の脳に刻み込もうとしていた時に、それまで黙って二人を見ていた天龍が口を開いた。

「闇焦獣は、召喚獣なんて生易しいものじゃない。あれは…」

 天龍の瞳が険しくなる。

「魔神、だ」

「魔神…?」

「ああ。全てを焼き尽くす暗黒の神々の1つさ。人の力では、とてもじゃないけど扱えない。制御するのは、不可能だ」

 今の天龍の顔には、いつもの穏やかさやふざけた様子は微塵も無い。それは綾にとって、闇焦獣が何かとてつもない力を持った魔物であるということを知るのに十分だった。

「お母様は、どうして、魔神なんて…」

 綾は自分の口の中が乾いていくのを感じた。考えれば考えるほど、自分の産みの母親が取った行動を理解できなくなる。もっと、何か他に方法はなかったのだろうか。

 綾の問に誰もすぐに答えることができず、暫くの間、そこには沈黙が流れた。波の音だけが静かに繰り返し聴こえてくる。

 やがて、砂交じりの地面を踏みしめる音が聴こえ、綾が顔を上げると、そこにはスオウが立っていた。

「ヤマトには、二万の軍に対峙するだけの軍事力は当時も、そして今も無い。あれに対峙するには『何か』大きな力が必要だと、そうお考えになられたのだろう」

「わたくしは、カノ様が実際に禁呪の効果をご存知だったかどうか、そこに疑問がありますが」

 ケイが静かにそう呟いた。

「知らなかったのに、使っちゃったっていうの?」

 綾の言葉に、ケイは困ったように首を傾けた。

「アヤ様…。禁呪の取得は術式省によって固く禁じられているのです。禁呪について書かれているとされる文献なども、わたくし達には見ることも、触れることも許されておりません。また、過去にこの国で禁呪が放たれた実績が残るのは、カノ様によるこの一度のみ。ですから、わたくし達には数十種あると言われる禁呪の効果が、全くわからないのです」

 ケイの言葉に、ゴウヤが頷いた。

「禁呪に関わるものは全て、術式省ではなく、祭祀省の奥にて厳重に保管されているのです。術式省に置かれていたのでは、力ある術式官が禁を破って見てしまう可能性もありますから。また、それらが置かれている書庫には、王、祭祀官長官、術式省長官の3名が揃わねば入室は不可能です」

「そんなに厳重なんだ…。ってことは、それってやっぱり、かなり危ない術だってことでしょう?」

 ケイが頷く。

「以前にも申し上げましたとおり、禁呪を使えば術者も命を落とします」

 綾は暫くの間、地面を眺めながら何かをずっと考えていたが、ふと顔を上げて天龍を見た。

「七龍では、あの敵軍と戦えなかったの?」

 天龍が困ったような顔をして、ゆっくりと首を横に振った。

「僕らの力は、この地を育み、守るためのもので、戦い、傷つけるためのものじゃないんだよ。この地に命を産み、育む力は持っていても、この地に生きる物の命を奪うための力は持っていない」

「じゃあ、なんで―」

 綾の瞳が天龍を真っ直ぐ、見つめていた。

「他の龍達は眠りについてしまったの? 戦で戦って傷ついたからだと私は勝手に想像していたんだけど、それは違うの?」

 天龍の瞳が悲しみの色に染まっていく。

「戦ったよ。僕ら七龍は全員、あの戦で戦って傷ついた。でも、戦った相手は敵の兵士達じゃない」

 天龍の言葉に、ゴウヤが「あ」と言葉を漏らした。

「父上から伺った話では、『闇が暴走を始め、七色の光が闇を取り囲み、光と闇がうねりながら上空を横切り、やがて双方とも空の彼方に消え去った』と」

「それって…」

 綾が尋ねる前に、天龍が言った。

「もうそろそろ時間だ。僕が何かを言うよりも、その目で見て、それから考えて?」

「…わかった」

 綾達は林の中から、外の様子を伺った。

 日が傾き始め、空はオレンジ色に染まり始めていた。


「あ。北門の見張り台に、人影が見えます」

 ゴウヤの声に、皆が一斉に北門に視線を移した。綾達が敵軍を見ていた北門の見張り台に、人影が見えた。その人影は小さなものだったが、綾はそこから何か大きな力が「出てくる」のを感じて身震いした。心臓の鼓動がどんどん速くなっていく。

「アヤ様。大丈夫ですか? お顔の色が…」

 綾の様子にいち早く気付いたスオウが綾に声を掛けた。

「う、うん…。だ、大丈夫…」

 そう言いながらも、綾はガクガクと全身で震え始めた。

(何、これ…。私、どうしてこんなに震えてるの?)

「アヤ!」

 気を失いかけてふらついた綾の身体を天龍が支えた。すぐ近くでは、スオウがぐったりとした様子のケイとゴウヤを支えている。

「天龍! アヤ様は?」

 スオウが天龍に向かって声を抑えながらも強い口調で尋ねた。

「大丈夫。僕がいる」

「不本意だが、アヤ様を頼んだ。こっちもこの2人が感応を起こしてダメだ」

「意識を保つよう、耳元で囁け! この気に呑まれるなと命じろ!」

 天龍の聞いたことも無いような切迫した声が響いた。

「わかった」

 スオウはそう答えると、ケイとゴウヤの耳元でしきりに二人に呼びかけた。

 綾は途切れ途切れになった意識の中で、天龍の声を耳元に直に聴いた。

「アヤ。目を開けろ。しっかり。僕の声が聴こえる?」

「ううっ」

「この気に呑まれるな。大丈夫だから。呼吸に集中して、それから目を開けて」

 それはまるで、溺れかかった者が水面に顔を出す状態に似ていた。

「はぁ! はぁ、はぁ、はぁ…」

 綾は肩で息をして、額には冷や汗をかいていた。

「アヤ。深呼吸をして。僕に合わせて。…そう。僕を見て。その視点をあの、門の見張り台に合わせて」

 天龍の声が耳元で優しい音楽のように響く。それでも、綾の中に入り込んだ恐怖を取り除くことはできなかった。

「怖い。怖い! 天龍。何、これ? 怖いよ…」

 両目からぼろぼろと涙を流しながら天龍の腕に必死になってしがみ付く綾を、天龍は抱き寄せた。

「大丈夫だから。僕がいるから。だから、ちゃんと、見て。君はこれを見るために、今、ここにいるのだから。呑まれないで。見える…?」

(そうだ。私、これを見るために、ここにいるんだ…)

 綾の意識の焦点が少しずつ戻ってきた。揺らいでいた景色が一つに重なっていく。

「あり、がとう、天龍…」

 天龍はほっと安堵の息を漏らして、言った。

「お礼は後。今は、こうしているから、ちゃんと見なくちゃダメだよ。酷な様だけど…。君には必要なことだから」

「うん…」

 綾は深呼吸を一つすると、北門の見張り台から流れる大きな気の流れに逆らうように、自分の視線を流れの元へと合わせた。

(あそこに、お母様がいる…。何て、大きな気…)

 やがて、見張り台に立つカノから流れる気が大きな渦となり、その中から一匹の大きな獣が現れた。

闇焦獣(あんしょうじゅう)…!)

 遠目からもその姿がわかるほど巨大な身体を持つそれは二本足で立ち、ワニとトカゲを合わせたような姿をしていた。それは背中から大きな赤い蝙蝠(こうもり)のような羽を広げると、敵軍の陣に向かってゆるりと飛び立った。

 敵軍の上空に着いた闇焦獣は口から業火を吐き出すと、一瞬にして敵軍を焼き尽くしてしまった。その瞬間、綾は闇焦獣がニヤっと笑ったような気がした。

 そしてそれは、この闇から召喚された魔神のもたらした破滅の、ほんの始まりでしかなかった。


 闇焦獣は敵国の軍隊を消滅させると、「契約の定めに従って」召喚主のカノを食らった。魔神が握りつぶした見張り台は、頭をむしり取られた花のようだった。天龍がそこが「危険だ」と言った意味がよく理解できた。

 契約から開放された魔神は暴走を始め、辺りには暗雲が立ち込め始めた。

 闇焦獣はまず、ワトの家々を踏み潰しながら城へと向かった。だが、城を焼こうとした業火は何か見えない壁のようなものに阻まれ、城に危害が及ぶ事はなかった。それを面白くないと思った魔神は破壊を求め、北へと向かい始めた。

 綾達は天龍の力で林の上空に浮かびながら闇焦獣の姿を追っていた。綾は魔神の口から何度も業火が吐き出され、大地が黒煙を吹き上げ、空が赤黒く染まるのを見た。目を反らしたくても、身体が動かなかった。ヤマトの国土が、あっという間に赤黒く染まっていく。

 闇焦獣がワトから遠ざかると七龍がどこからともなく集まり、闇焦獣を取り囲んだ。邪魔が入った事に腹を立てた魔神は、苛立ちながら赤い羽根を広げ、辺りを飛び回り始めた。その口から炎が何度も吐かれ、再び大地に炎が広がっていく…。

(やめて。やめてよ…)

 声に出したくても、闇焦獣の出す気に押されたままの状態で、身体が萎縮したまま動かなかった。

 遠くで、七龍が必死になって魔神を抑えようとしている様子が見て取れた。しかし、魔神の力が衰える様子は全くといって見えない。

 どうなってしまうのだろうかと心配し始めた頃、龍達の気が白龍と黒龍に集まるのを綾は感じた。

「あ、れは…?」

 綾が何とか力を振り絞り、遠くに見える七龍を指差して天龍に尋ねた。

「あれは、陰龍と陽龍に全員の気を集中させているんだよ」

「ど、して…?」

「…見ていればわかるよ」

 天龍が辛そうに呟いた。その間にも、二龍に注がれる気がどんどん大きくなっていく。それは、闇焦獣が現れる前に綾が感じた気を凌ぐほどに。

 二龍に注がれる気によって大地と空気が振動を始めると、二龍は突然、左右から矢の様に闇焦獣へと物凄いスピードで突っ込んでいった。二龍の身体がクロスするように闇焦獣に突き刺ささった瞬間、闇焦獣と二龍の身体が歪み、空気に溶けるように消えた。

 いつの間にか辺りを覆っていた暗雲も消えていて、空には夕焼け空が広がっている。夕焼けの赤と、大地を焦がす炎の赤が境界線を失いながら揺れていた。

 その中空で、五龍がぼんやりとした光を帯ながら漂っていた。彼らの姿から、綾は意識の力を感じ取ることができなかった。

(龍達が…!)

 飛び出そうとした綾を天龍が押さえた。

「力尽きて眠っているだけだ」

「で、も…」

 天龍の口からは、それ以上何も聞くことができなかった。

「さあ、戻ろう」

 天龍の合図で綾の意識は再び「門」をくぐり、気がついたときには宿の部屋の寝台の上に戻っていた。

 

 翌朝。

 魔神の気に当てられて衰弱の激しかったケイとゴウヤは馬車の中で回復を図ることになったので、それまで馬車を御していたケイに代わって綾が天龍と一緒に御者台に座ることになった。馬車を操るのは初めてだという天龍が、ウキウキしながら手綱を握っている。

 スオウの先導で、馬車は何とか無事に前に動き始めた。

「…昨日見たことなんだけど」

 綾は隣に座って涼しげに髪をなびかせている天龍に尋ねた。その横顔には、少し疲労の色が見え隠れしている。

「あの後、あなた達はどうなったの?」

 天龍は空を眺めながら言った。

「僕は、薄れていく意識の中で、他の龍達の気配が少しずつ消えていくのを感じた。その一方で、自分とこの地を繋ぐ何か細い糸のようなものも感じていた。まるで風に乗る凧になったような、そんな感じ。僕は、その糸を必死で掴んだ。掴んで、手繰り寄せて…。気が付くと、城の中庭で倒れていたんだ」

「他の、龍達は…?」

「僕の側にいたのは、水龍と地龍の二龍だけで…。しばらくしてから、風龍と火龍の二龍が僕の影の中で眠っていることに気が付いた」

「黒龍と白龍は、やっぱり…?」

「陰龍と陽龍は…」

 言いかけて、天龍が大きな深呼吸を一つした。綾はただじっと天龍の言葉を待っていた。やがて天龍が口を開いた。

「彼女たちの気配は、今でも全く感じることができない」

(そんな―)

「じゃ、じゃあ、七龍の復活は?」

「できるさ」

 天龍が有無を言わせない迫力で言い切った。

「できるさ。君がいれば」

「わ、私…?」

 戸惑う綾の頭を撫でながら、天龍が微笑んだ。

「言ったろう? 君にはその力がある。それに、君となら、それを成しえるって自信があるんだ」

 天龍がいつもの調子でそう言った。

「…変な自信」

 ポツリと言った綾の言葉に、天龍がクスリと笑い、空を見上げた。今日も良く晴れている。

「もう…。大体、私にどんな力があるっていうのよ。私、別にケイやゴウヤみたいに術式とか使えるわけじゃないし、スオウみたいに戦えるわけでもないし…」

「そんな『力』のことを言ってるんじゃないんだよ」

 そう言って天龍は視線を少し下に戻し、目の前に近付いてくる山並みを眺めた。

「もう大分、目的地が近くなってきたかな」

「え? そうなの?」

「うん。ほら」

 天龍は山並みの中腹辺りに見える白い物を指差した。

「あそこに見える白いのが地龍の祠の入口だろう?」

「…あそこまで、どうやってこの馬車で行くわけ?」

 祠の入口の周りには、道らしいものが見えなかった。

「歩くんだろう? 麓から」

「…そうなんだ」

「まぁ、大丈夫だよ。それよりも、君の『力』のことだけど。『ヤマト建国記』はもう教わった?」

「ううん。まだ。それって、ヤマトの歴史、みたいなもの?」

「そう。まだなら、後でゴウヤから始祖と僕の出会いの章を聞くといいよ」

「? どうしてあなたが教えてくれないのよ」 

 綾の問に、天龍が楽しげに笑った。

「こういうものは、本人の口からじゃない方がいいんじゃないかと思ってね」

 綾は訝しげに目を細めて言った。

「わかったわ。後で訊いてみる」

 北の山脈が徐々に視界に広がっていった。


 この地に昔、北方より一人の男、妻と娘を供ないて(きた)れり

 この地より生まれし天龍降り立ち、男に問ふ

 「汝、この地にあって何となす」

 男、応えて曰く

 「我、この地に渡る風となり、大地を潤し、緑を育て、

 人々集いし安寧の国造らん」

 天龍、男と誓いを結び、娘を(めと)

 やがて六柱の龍、娘より出ずる

 七龍、空に舞い、娘、祝福を歌わん

 風、雲を運び、水、大地を潤し、この地に人々集う

 火、知恵を育み、陽、理を示し、陰、理を正す

 男、王となりこの地を「ヤマト」と名づけ、

 子々孫々、七龍と共にこの地を育むを誓う

 

「―以上が『ヤマト建国記』における、始祖様と天龍様の出会いを詠った章です」

 昼食後にゴウヤにお願いして天龍が指した章を暗唱してもらった綾は、赤面しながらうろたえていた。

(『六柱の龍、娘より出ずる』ですってぇー? それって、それって…! いやぁぁぁぁ!)

「な、何故そんなに赤面されていらっしゃるのです? アヤ様」

 綾の様子に慌てたゴウヤが不思議そうな顔で尋ねた。

(い、言えない…!)

「な、何でもないの。大丈夫。あはは、あはははは」

「その作り笑い。『大丈夫』ではないでしょう?」

 スオウが鋭い突込みを入れた。

「何でもないってば!」

 綾はそう言い放つと、水を飲みに行く振りをして、その場を離れた。

(信じられない。天龍の奴…。私の『力』って、黒龍と白龍を産めってこと? しかも、その前に、『娘を娶る』ってのもなかった? それって、つまり…。うわぁぁぁん!)

 妄想を必死に頭から追い払おうとしている綾の近くでカサカサッと何かが近付く音がした。ギョッとしながら音のする方をみると、そこにはケイがいた。昨日の今日で、まだ顔に疲れが残っている。ウサ耳も心なしか毛並みがよろしくなく、張りも無い。

「アヤ様…。お一人ですか? 危ないですから、皆の下へ戻りましょう」

「あ、うん…。あれ? ケイ。その草は何?」

 綾はケイの手に握られている、どう見てもそこらの雑草にしか見えない草に気を留めた。

「ああ、これは強壮剤になる薬草です。私とゴウヤは、まだ本調子ではありませんから、こういうものを足していきませんと。」

「でも、そんなの使わないで、休んで回復した方が身体によくない?」

「それはそうなのですが、間も無く祠に到着しますので。準備が必要だとゴウヤも申しておりましたし」

「準備?」

「はい」

 ケイと綾が皆のいる場所へと戻ると、ケイは取ってきた草を煎じ始めた。出来上がった液体は茶色でドロドロしていて、お風呂場の洗剤のような臭いがした。ケイはそれを半分ゴウヤに与え、残りを自分で飲み干した。薬を涙目になりながら気合で飲み干すゴウヤを哀れみの目で見ながら「俺は無事でよかった」と呟いたスオウは、いつもよりも丁寧に剣の手入れをしていた。綾は自分もそれを飲まなくていい程度には無事でよかったと、心から思った。


 一行は麓の村に馬車とユウナギを残し、山道を登り始めた。途中、険しい岩場では傾斜のきつい岩壁をロッククライミングの要領で登らなければならなかった。

(これじゃぁ、ユウナギすらも残してくるわけよね。納得…)

 綾はスオウと天龍に助けられながら、何とか山道を登り、地龍の祠の入り口へと辿り着いた。日はまだ高かったが、辺りはしんと静まり返り、鳥の鳴き声すらも聴こえてこなかった。

(ここ、何だか嫌な気配がする…)

 綾は祠の洞窟の奥から流れ出てくる嫌な気を感じていた。

「アヤ様。弓の御用意を」

 スオウに促され、綾は素直に弓矢を弓につがえた。

「って、ちょっとまって。これって、何のため? ここって、『地龍の祠』よね?」

「左様ですが」

 スオウがいつもの調子で答えた。

「で、何で私は弓をつがえなくちゃいけないの? 儀式に弓は使わないでしょう?」

「儀式を執り行う前に、祠内の掃除が必要ですので」

「掃除?」

 きょとんとした顔で綾が尋ねると、スオウは真顔で頷きながら答えた。

「はい。奥にある祠で魔物と対峙することになります。アヤ様には護身及び万が一の場合は我々の援護をしていただきたい」

「はい?」

 驚いた綾が周りを見ると、ケイもゴウヤも臨戦態勢に入っている。天龍に至っては、いつもと変わらない飄々とした様子だったけれども。

「ちょ、ちょっと待って! 祠に、魔物がいるわけ? ここ、一応聖域よね?」

「残念なことに…」

 申し訳なさそうにゴウヤが話し始めた。

「地龍様が眠りにつかれた後、この地をねぐらにする不届きな輩がおりまして。それ以来、毎年地鎮めの儀はこの祠の入口の、丁度この辺りで行われておりました」

「そんな、手抜きを…」

「致し方ないのです。最初の頃は魔物を退治しようとしたらしいのですが、逆に返り討ちにあうものが多数出まして…。ですが今回は、儀式を中で行いませんと効果が現れないとの天龍様からの御指示がありまして。効果が出ませんと、ここまでアヤ様をお連れした意味がありませんので」

「意味はどうでもいいけど、この国、魔物なんて、禁呪使ってないのに出たりするわけ?」

 綾の言葉に、その場にいた全員が真面目な顔をして頷いた。

「え? そうなの?」

「アヤ様。それはこの世界では至極当然のことで、ヤマトが例外ではございません。この国は、白昼堂々、街中や街道に魔物が出ないだけ、他国よりもいくらか治安がよろしいかと」

 スオウの言葉は、綾には一種、衝撃だった。

(魔物が、『当たり前』なんだ…。この世界って、本当に、全く…)

「…最低」

 綾はふてくされながらも手渡された防具を身につけ、弓を構えた。その様子を確認し、スオウが号令をかける。

「よし。俺が先方で入るから、ケイが続け。ゴウヤは天龍と一緒にアヤ様の護衛及び俺たちの援護。いいな」

「はい!」

「了解」

「仕方がないな~」

 一行は地龍の祠へと続く洞窟の中へと入っていった。

 生ぬるい風が洞窟の奥から流れ、綾の首筋を通っていった。

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