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この地に渡る風  作者: 成田チカ
11/25

4章 「ヤマト」

「アヤ様、お早うございます。今日もいい天...ひゃ、ひゃあ!」

 翌朝、綾はリンの慌て声で目を覚ました。

「も、申し訳ございません! あ、えっと、その…。で、出直してまいります!」

 早口でそう言ったリンの声に、パタンという扉の音が続いた。

 何事だろうと思って軽く伸びをしようとして、綾は自分の腰のあたりに何か重いものが掛けられていることに気が付いた。何だろうと思って触ってみると、どうやらそれは人の腕らしい。

「え?」

 そこで初めて、綾は昨晩、天龍が綾の部屋に忍び込んできて彼と一緒に一つのベットで眠ってしまったことを思い出した。

 サーっと、頭から血の気が引く音が聞こえたような気がした。いや、実際に音がしていたと思う。

 綾を抱きかかえた状態のまま、天龍は軽い寝息を立てながらまだ眠っていた。綾はそっと天龍の腕の中から抜け出すと、寝巻きの襟元を正して上掛けを羽織った。寝巻きは少し着崩れていたものの、天龍に「何か」をされた気配は無かった。

(「何もしない」って言ってたけど、本当に何もしないでくれたんだ…)

 綾はほっと一息つくと、ベットの上の天龍を見た。

 天龍はまだ眠っている。

 この人、セクハラさえなけりゃなーと思いつつ、綾は気持ち良さそうに眠っている天龍の顔をまじまじと見つめた。鼻筋の通った端正な顔立ち。長い睫毛。朝の光を淡く照り返す金色の髪。

「綺麗…」

 綾はベットの上に頬杖を突きながら、天龍の寝顔を眺めていた。

「そんなに見つめて。恥ずかしいじゃないか」

 天龍が目を閉じたまま言った。

「お、起きてたの…?」

「君が僕の腕の中から擦り抜けた辺りからね。ひどいよな。おはようの口づけも無しに」

 そう言いながら天龍は唇を尖らせた。「チューして、チュー。」という唇の意思表示が聴こえてくるようで綾は赤面した。

 綾は天龍の顔を覗き込むと、人差し指と中指で天龍の尖らせた唇を挟み込んだ。思わぬ綾の攻撃を受け、天龍が何かを言おうとして口をモゴモゴさせているのを見て、綾は声を出して笑った。

「笑い事じゃない。」

 天龍は短くそう言うと、素早く綾を押し倒した。

(う、うわあ~)

 身体中を硬直させた綾をよそに、天龍(しかも何故か上半身裸だ。一体、いつの間に?)はフフフと悪役のような笑みを浮かべている。

「ちょ、ちょっと、天龍。ごめんってば!」

「言葉じゃ足りないよ、アヤ…」

 天龍の顔が近付いてくる。

「イヤだってば!」

 顔を背けた綾の首筋に天龍の息が掛かるのを感じた。

 その時、バタンという音が扉の方から聞こえた。

「アヤ様、おっはようございま~す。上様のお姿が見当たらないのですが、こちらでしょうかぁ~? 上様~。う、え、あ、きゃあ~!も、申し訳ございませ~ん!」

 再びバタンと閉まった扉の向こう側から、澪の「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさ~い!」という絶叫が響き渡ってきた。


 そんなこんなな状態を潜り抜け、やっとの思いで朝食を済ませると、綾は澪と天龍を連れてハヤト王の寝室へ見舞いに訪れた。

 部屋へ入ると、そこには既にババ様とミトがいた。

「澪! 無事であったか」

 自分の庇護龍の姿を久方ぶりに見たハヤトは、本当に嬉しそうだった。

「ハヤト様、御無沙汰して本当に申し訳ございませんでした。澪はハヤト様の庇護龍ですのに、長らくお側でお勤めを果たすことができませんでした。どうか、お許しくださいませ」

 澪は大きな瞳からぽろぽろと涙を溢しながら、ハヤトとの20年以上ぶりの対面を喜んだ。

「いやいや。誰がお前を責めることができよう。全てはワシの度量不足が招いた結果じゃ…。」

 そう言うハヤトの顔色は、昨日よりも幾分か良くなったような気がする。これが庇護龍との持ちつ持たれつみたいな関係から来るものなのだろうか。

「天龍殿も、お久しぶりですな」

 ハヤトの言葉に、天龍は優雅に会釈をした。

「昨夜から、澪と共にこの城に滞在させていただいております」

「そうですか。何も無い城ではありますが、ゆるりと滞在してくだされよ。して、他の龍たちは、今もやはり…?」

 ハヤトの問に天龍は静かに頷いた。

「地龍と風龍は目覚めましたが、復活にはまだ至りません。他の者達は未だ、眠りについたままです。ですが、アヤが協力してくれるということですので、残りの龍たちもすぐに力を取り戻しましょう」

 晴れやかな顔でそう言うと、天龍は綾に微笑んだ。その様子を見て、ババ様がニタリと笑った。

「今朝、城の3層目がえらく騒がしかったのは、お前たちの仕業じゃろう?」

 ババ様の台詞を聞いて、綾の顔は耳まで真っ赤になった。ババ様の住まう部屋は北棟から続く塔の最上階にあると聞いていたから、3階の綾の部屋とはかなり離れているはずだ。

(ババ様が知ってるってことは、どこまで広まってるの?)

 どぎまぎする綾の肩を抱きながら、天龍が言った。

「まぁ、僕らは元々許婚同士ですから。晴れて夫婦になったのも、至極同然」

 天龍の言葉に「ほお?」と言って、ババ様が綾を上から下まで眺めた。

「まーだ夫婦にはなっておらんようじゃがの」

「ど、どどど、どうしてわかるんですか!」

「ふぉっふぉっふぉ。このババには、隠し事は無理じゃて」

 ババ様は勝ち誇ったようにそう言うと、再びどこかの宇宙人キャラのように高らかに笑った。

(こ、こわ~。色んな意味で怖いよ、ババ様…)

「ま、それはともかく―」と言いながら、ババ様は天龍に向き直った。

「水龍が復活したのはいいことじゃ。これで今年の夏は水不足に怯えることもないじゃろ。できれば、春のうちに地龍も復活できると、秋の収穫に間に合うんじゃがの」

「それは道理ですが…」

 天龍が腕組をしながら何かを考えている。

「何か、問題でもあるのかえ?」

 ババ様の問に、天龍は「問題、ではないのですが…」と言って話し始めた。

「正直な話、次に何が起こるのか、どういう順番で他の龍たちが甦るのか、僕には全く予想がつかないのです。実際、昨日澪が復活したのも予想外でした。僕は、皆が一度目覚めてから復活が始まるものだと勝手に予想していましたから」

 天龍の言葉に、その場にいた全員が「うーん」と唸りながら考え始めた。

 確かに、初めのキスで地龍と風龍が目覚めたのなら、次のキスで他の眠っている龍―火龍や陽龍が目覚めてもよかったのだ。だが、実際には始めから目覚めていた澪が具現化して復活を遂げた。次に何かが起こるとき、それは目覚めを引き起こすのか、具現を引き起こすのか、誰にもわからない。

「水龍が一番最初に復活したのは、きっとハヤト様のお力が影響したのではないのかしら」

 ふと、ミトがそう言った。

「そう言えば…」

 澪が何かを思い出したように話し出す。

「昨日、私、何故だか力がいつもよりも少しですけど、満たされたような気がしたんです。上様が力をお使いになる随分前でしたけど」

「力って?」

 綾が天龍を見上げると、天龍がニヤっと笑った。

「あの、抜け穴の入り口を塞いでいた忌々しい板を吹き飛ばしたやつだよ。あれ、結構大きな力を使ったからね。あの後君が来てくれなかったら、そのままあそこでのたれ死んでたかも」

「…行かなきゃ良かった」

 ポツリと綾がそう呟くと、澪が「ええっ?」と驚いた声を出した。瞳は涙目だ。

「あ、澪ちゃんが復活してくれたのは、素直に嬉しいよ。本当だよ」

「あ、ありがとう、ございますぅ~」

 綾は澪の前では天龍に変な皮肉を言えないな、と思った。子供の前で言動に気をつける親の心境だ。

「えーっと、あの爆発の前でしょう~? 記憶を遡ると、えーっと…。庭を歩いて~、綾の部屋で少し話して~、お義兄様とお食事して~、お義兄様にお会いして~」

「ハヤト殿がアヤに会ったから、かもしれないな」

 天龍がミトの回想を遮った。

「僕ら7龍がそれぞれに影響を与え合うように、龍の庇護を受けている王家の人間も影響し合うことが良くあるんだ。だからかもしれない」

「私は単純に、お義兄様が娘の綾に会えて喜んだからだと思ったのだけれど」

 ミトがそう言うと、ハヤトとババ様が揃って笑った。

「そうかもしれんな。時に物事は、思っていたよりも実際は単純であることが多い」

 ハヤトの言葉に、ババ様が頷く。

「そうじゃな。あんなに上機嫌な王を、久しぶりに見たからの」

「きっと、そうですぅ~」

 澪も頷いた。

 微笑む一同を見て、綾は何だか嬉しかった。

 自分がここに来たことが少しでもここに住む人達の力になるのなら、門を通ってやって来た甲斐があったというものだ。それを少しでも今、感じられたことは、綾にとって大きな糧となっていた。


 その後、全員で話し合った結果、地龍を確実に復活させるために「地鎮めの儀」を利用するのはどうかと言う結論に達した。「地鎮めの儀」というのは、農作物の実りを祈るために毎年春先に行われる儀式で、国の北にあるという地龍の祠に供物を捧げて祈るのだという。毎年、祭祀官が王の代理として当地に赴き執り行っているが、今年は地龍を甦らせるために、綾と天龍が直接出向いて儀式に参加する必要があるだろう、ということだった。

 天龍の出したこの案に速攻同意した王とババ様は早速勅書を用意し(王に勅書をその場で書かせるババ様は、まるで子供に宿題をやらせる母親のようだった)、ババ様は綾達を率いて祭祀省へと向かった。

 祭祀省は城の南棟1階に入口があり、それを示すアーチには見事な朱雀の文様が施されていた。

「懐かしいわぁ~」

 朱雀の文様を見上げながら、ミトが感慨深げに呟いた。

「昔、初めてこの門を祭祀官として通った時、ものすごく感動したのを今でも覚えているもの…」

 アーチを過ぎると、そこには3階ほどの高さを吹き抜けにした広い空間があり、天井には7龍が色鮮やかに描かれていた。

 7色に輝く天龍を中心に描かれ、それを取り巻くように赤い龍、青い龍、黄色い龍、緑の龍、白い龍、黒い龍がそれぞれ描かれていた。

「アヤ様。あの青い龍が、私なんですよ」

 澪が天井の青龍を指差しながら言った。

「赤が火龍、黄が地龍、緑が風龍、白が陽龍、そして黒が陰龍です」

 綾は天井の7龍を見上げながら「早く、全員が揃うといいね」と澪に言った。

 澪は小さな声で「はい」と言って俯いた。


 一行が祭祀省長官への目通りを受付で申請して数分後、取次ぎの祭祀官が奥からやってきて、皆を2階の奥に位置する祭祀省長官の執務室へと案内してくれた。

 部屋の中には大柄な中年の男性と、少し小柄な美少年が綾達を出迎えた。2人共、ここまで案内してくれた祭祀官が着ていたものと同じような服を着ている。これが祭祀官の官服なんだろうか。

 2人の腰には、金の朱雀の紋章が腰帯から下がっている。

「ワダチ殿、お久しぶりでございます」

 中年の男性の顔を見てすぐに、ミトがそう言って挨拶をした。

 ワダチは昔、ミトに祭祀官の仕事の基礎を教えてくれた最初の上官だったそうだ。

「うむ。久しぶりですな、ミト。息災のようで何よりです」

 ワダチと呼ばれた男性はにこやかにそう言うと、綾に視線を移した。

「アヤ姫様でいらっしゃいますね。よくお戻りになられました。私が祭祀省長官、ワダチと申します。これは次官にして我が息子、ゴウヤです」

 ワダチに促されて、ゴウヤと呼ばれた美少年がアヤに向かって会釈をした。

「ゴウヤと申します、アヤ姫様。以後、お見知りおきを」

(笑顔が、眩しい! アイドルみたい!)

 ゴウヤの笑顔にへら~と緩んでしまいそうになる顔を必死に真顔に戻しつつ、綾は会釈をした。

「綾です。初めまして。よろしくお願いします」

 2人の挨拶が終わると、ワダチは綾の後ろに立っていた天龍と澪に気づき、即座に跪いた。

「おお、天龍様、水龍様。再びお目にかかれる日が来ようとは、何たる幸運」

 ワダチの言葉に驚いて、ゴウヤが慌てて跪いた。

 天龍はいつもと変わらない調子で言った。

「楽にしてくれて構わないよ。僕らは今日、アヤの用事であなたに会いに来たわけだし」

「は、はい。小生に何用でございましょうか」

「はい、これじゃよ」

 ババ様が勅書を手渡すと、ワダチはそれをその場で開けて読んだ。

「ふむ。なるほど」

 一通り読み終えると、ワダチは勅書を綺麗にたたんで両手で捧げ持ち、一同に向かって「確かに、承りましてございます」と言って一礼した。

 ワダチは勅書を自分の机の上に丁寧に置くと、ババ様に向き直って言った。

「本件ですが、この、ゴウヤを祭祀省の代表としてお供させていただけますでしょうか」

 その言葉を聞いて、ゴウヤは目を見開いた。

「恐れながら。私は地鎮めの儀に…」

 ゴウヤの言葉を手で制すと、ワダチはゴウヤを真っ直ぐ見据えて言った。

「ゴウヤ。王は今年の地鎮めの儀に、アヤ様を勅使として地龍の祠へとお送りすることを御所望だ」

「アヤ様を、ですか?」

 ゴウヤはワダチと綾を交互に見比べた。

「何か、問題でもあるのかえ?」

 ババ様の問に、ゴウヤが答えた。

「いえ。ただ、通常は祭祀官1名と護衛1名が馬に乗って参りますが、姫様が参られるとなると馬車で移動することになり、行程に変更が」

 ワダチが補足する。

「この儀式は田植えの始まる前に行うのが基本ですので、逆算すると明日にはこちらを出発せねば間に合わなくなるかと」

「なるほど」

 納得する天龍に綾が尋ねた。

「でも、どうしても私が行かなければならないんでしょう?」

「君と僕が、だよ。君だけでも意味が無い。地龍は僕の影の中に生息しているからね」

「あ、そうか」

「では、澪はお留守番していますね。アヤ様や上様のお供ができないのは残念ですが…」

 澪が言った。

「私は、この機会に向こうに帰ることにするわ。もうそろそろ向こうが心配だし」

 ミトが続ける。

「それでも、アヤ様と天龍様のために護衛が必要でしょうから、やはり総勢7、8名にはなりますか。馬車2台ですと、準備の時間が…」

 ワダチの言葉に、ババ様が不安を吹き飛ばすような笑いと共に言った。

「ワシのとっておきの護衛を付けさせよう。さすれば全員で5名じゃ。馬車1台で十分じゃろ。明日、出発できようぞ」

「はぁ。とっておき、ですか。本当に護衛2名だけで大丈夫なのですな?」

 ワダチが少し不安げな調子で言うと、ババ様はニヤっと笑って胸を張った。

「ワシのとっておきじゃぞ。そこらの兵士の何倍も働きよるわ」

 それを聞いて安心したのか、ワダチが胸をなでおろすような仕草をして言った。

「了解しました。では、そのように手配いたしましょう」

 明日の朝出発することを決めると、綾達は祭祀省を後にした。



 祭祀省の入口で、王に報告に行くというババ様と別れ、天龍と澪は「忘れ物を取りに行く」と言って庭へと出て行った。

「忘れ物って、あの天龍のいた穴の中に、何か物なんてあったっけ?」

 綾が尋ねると、ミトも「さあ」と言って首を傾げた。

 2人がしばらく1階をうろうろと歩いていると、後ろから低い男の声が聴こえた。

「また何かお探し物か? アヤ様」

 綾が振り返ると、そこにはスオウが立っていた。

「あら、スオウ。今日は…随分と軽装、なのね」

 上半身裸のスオウは、少し汗ばんだ額を肩に掛けた手ぬぐいで拭っていた。さすがに綾認定の体育会系。腹筋が見事に割れている。

「訓練が終わって、着替えに戻ってきたところです。アヤ様はこちらで何をなさっておいでで?」

「祭祀省に行ってたの。で、用事が済んだから何となくぶらぶらーっと」

 綾の言葉に、スオウは眉をひそめた。

「アヤ様。城内とはいえ、護衛無しで歩き回られるのはまだお控えを。必要であるなら、俺がお供する。 今は、即刻部屋へとお戻りを」

「…ぶう」

 綾が子供のように膨れっ面をしていると、ミトが横から言った。

「ねぇ、スオウ。お言葉に甘えて、今日この後、護衛をお願いできるかしら」

「は。午後からなら大丈夫ですが。どちらへ向われるのでしょう?」

「向こうへ帰る前に、一度街に行っておきたいの」

「…なるほど」

「私も街に行ってみたい!」

 綾が右手を挙げながらそう言うと、スオウがあからさまに困った顔をした。

「困ります」

「どうして?」

「あなたはこの国の姫君であらせられる」

「誰もまだ私のことなんて知らないじゃない。今のうち。ね?」

「……怖いもの知らずというのが、どれほど恐ろしいか、今良くわかりました」

 ふう、と大きな溜息を一つついて、スオウが言った。

「わかりました」

「やった!」

「但し」

「な、何よ」

 身構える綾に対し、スオウはニヤっと意地悪な笑みを浮かべた。

「但し、アヤ様は王とババ様のお許しを受けてからです。そうでなければ、留守番願います」

「そんな、お無体な!」

「これだけは聞けません。その代わり、お二人のお許しがあれば、約束通り城下へとお連れいたします」

 綾はガックリとうな垂れた。

 そんな綾の隣で、くすくすと笑ってミトが言った。

「大丈夫よ、綾。心配しなくても。この私にお任せあれ~」

「お母さん、何か嫌な予感がする」

「大丈夫、まっかせなさ~い」

 ミトはスオウに午後一に今いるこの場所で待ち合わせることを確認すると、綾の手を引いて王の寝室へと向った。


「墓参り、とな」

「ええ、そうです。折角ですから、家族のお墓参りを済ませてから帰りたいのです。それで、いい機会なので綾も連れて行きたいのですけれど、よろしいかしら?」

 ハヤトとババ様は「うーむ」とうなって考え始めた。

 ミトと綾が王の寝室を訪れると、ババ様が丁度出てこようとしているところだった。そこを、これ幸いと引き戻し、街に行きたい旨を2人に伝えた。ミトは「街に実家の墓参りに行きたい」と申し立てた。

 ミトは考え中の2人に、さらに追い討ちをかけていく。

「スオウが護衛をしてくれると申しておりますし、綾の顔を知るものはまだ少ないはずです。城下の者達は、きっと綾が戻ってきていることもまだ知らないのでしょう? なら、好都合ではありませんか。私の両親は綾にとっても祖父母に当たります。それに、明日出発する前に綾ともう少し思い出を作りたいのですけれど、いけませんか?」

(お母さん、女優…!)

 綾がひとしきり感心していると、ババ様が口を開いた。

「ま、スオウが一緒なら安心じゃろ。それに確かに今であれば、綾のことを知っておるものは街には誰もおらんじゃろう」

 ミトの瞳が「そうですよね!」と言わんばかりに輝いた。しかし、ハヤトは未だに渋い顔のままだ。

「だめでしょうか…?」

 綾が恐る恐る尋ねると、ハヤトが顔を上げて言った。

「う、うむ。まあ、よかろう」

「ありがとうございます、お義兄様。ほら、綾もお礼を」

 飛び上がって子供のように喜ぶミトに促され、綾が言った。

「ありがとうございます…。『お父様』」

 ハヤトの顔が一気に緩んだ。

「うむ! 気をつけて行くのだぞ」

 上機嫌なハヤトに笑顔で送り出され、綾とミトは綾の部屋へと戻った。その間中、ミトはずっと声を殺しながら笑っていた。

「どうしたのよ、お母さん。変だよ?」

「だって、だって、だってぇ~」

 部屋に入った途端、堪えきれずに大声で笑い始めたミトは、しばらく経った今もケラケラと笑い続けている。

「お義兄様の、あの顔。見たぁ~? あ、あ、綾に、『お父様』って呼ばれて、よっぽど嬉しかったのね~。あんなにへら~っとしたお義兄様の顔、初めて見たわ、私。ああ、もう、面白~い」

 ソファの上で笑い転げているミトを不思議そうな顔で見つめながら、リンが手際よく2人の昼食の用意をしていた。

 ハヤトを「お父様」と呼ぶように、綾は王の部屋に入室する前にミトから言われていた。「私の予想では、これ、絶対に効くから」とのミトの予想は大当たりだったわけだ。

「もう~。お父様に失礼じゃない。それに、私だって、『お父様』って言うの、恥ずかしかったんだからね」

「え~? 『父上』とかって言うより、『お父様』の方が楽でしょう~?」

「うっ。確かに、『父上』はちょっと…」

「それにね」

 ミトが姿勢を正して言う。

「私は、お義兄さんは『お父様』で『お父さん』にはなって欲しくなかったの。綾にとって『お父さん』って呼ぶ人は、五郎さん一人でいて欲しかったの。私の、勝手な希望で悪いんだけど…。五郎さん、綾のお父さんでいることが大好きな人だから」

 綾の「お父さん」。綾を21年、本当の娘のように育ててくれた人。実際、綾は昨日まで、自分と五郎の間に血が繋がっていないなんて、1秒たりとも疑ったことが無かった。

「うん。そうだね。私の『お父さん』はお父さんだけだよ。『お父さん』と『お父様』がいるなんて、私って恵まれてるね」

「『お母さん』と『お母様』もいるしね?」

 ミトがそう言った。

「うん…」

 綾はミトの肩に顔をうずめて、ミトに泣き顔が見えないようにした。

「ほらほら。きっとまた、会えるから。だから泣かないの。自分で決めたことでしょう? ここに残って、地龍の祠に行くって」

 ミトが綾の背中をやさしく叩いてくれた。

「うん…」

 2人はしばらくそのままでいた。


 昼食が済んで1階に下りると、朝会った場所にスオウが立っていた。今は軍部の略装を着ているが、かなり着崩しているのでぱっと見、軍服に見えない。

「王とババ様のお許しは得られたようですね。誠に遺憾です」

 出会い頭の第一声に早速、軽く皮肉を言われた。

「お陰様で―って、ババ様から聞いたの?」

「は。直々に勅命を賜りました」

 そう言いながらスオウは胸元から一枚の朱印の付いた紙切れを取り出して綾に見せた。中は漢字がびっしり並んでいて一瞬読むのに戸惑ったが、「城下」とか「警護」とか「姫」などを拾うことは出来た。

 綾が苦闘していると、スオウが言った。

「その、まさか、読めない、とか?」

「だって、私の世界と文字が少し違うっていうか…ところどころは読めるんだけど」

「そっちの教育も必要なのか…」

「ご、ごめんなさい…。でも、こんなお忍びの護衛でも、勅命が下ったりするんだ?」

 綾の問に、勅書を畳んで胸元にしまい込みながらスオウが苦笑した。

「過保護な親御をお持ちだ、全く…」

「あー。そういう意味なんだ」

 ミトが隣でくすくすと笑った。

「お義兄様ったら、本当に綾のことが心配なのねぇ…」

 3人は城の正面口に向かって歩き始めた。

「過保護ついでに、私の部屋に警備を置いてくれないかな。毎晩天龍が入ってきたら、困るんだけど」

 綾が何気なくそう言うと、スオウが立ち止まった。

「どうしたの?」

「あの噂は…。いや、何でもない」

「噂?」

「いや。気にするな」

 スオウは顔を真っ赤にさせながら口ごもり、歩き始めた。

「何よ。何か、変な噂が飛び交ってるわけ?」

 綾はスオウの腕を掴むと、彼を引き止めた。上目遣いに睨み付けると、スオウが一瞬たじろいだ。

「…言いなさいよ」

 綾の剣幕に押されて、スオウが気まずそうに言った。

「だから…、アヤ様が、その、天龍様と…。」

「天龍と、何?」

「し、初夜を迎えられた、と…」

(初夜??)

「しょ、初夜って、つまり、私と天龍がナニをしたってこと?」

 スオウは耳まで真っ赤にさせてそっぽを向いたまま、何も言わなかった。

 綾は深呼吸をして暴走しそうになった気持ちを少し落ち着かせると、出来るだけ静かな声でスオウに尋ねた。

「あのさ…。その噂、どのくらいの範囲に広まっちゃってるの?」

「……」

 スオウはだんまりを決め込んでいる。綾の口調が自然と厳しくなる。

「スオウ。言いなさい」

 スオウは意外と強情だ。

「スオウ!」

「し、城中…」

「!!!」

(お、終わった…)

 綾の頭の中で、いつもの不敵な笑みを浮かべて高笑いする天龍の顔がぐるぐると浮かんだ。

 綾がスオウの袖を掴んだままがっくりとうな垂れると、ミトがよしよしと宥める素振りをしながら言った。

「でもぉ~。今朝、ワダチ殿はその件に関しては何も言わなかったというか…」

「祭祀官にとっては願っても無い話でしょう。彼らにとって、彼らが崇める天龍と国の姫君が結ばれたら、それはもう、万々歳というか」

「あ、そっか~。そう言えば、そうねぇ…」

「お母さん、天龍が天龍だってこと、すっかり忘れてたでしょう」

「あら、やだぁ~」

(もう、いい…)

 綾は涙目になった。まだ彼氏の1人も出来ないまま、すっかり傷物扱いだ。しかも、相手がセレブだと性質(たち)が悪い。

「私、正式なお披露目も済んでないのに、もう噂先行型で…。しかも、あんまりいい噂じゃなかったりとかするんだけど。最悪じゃない?」

「いや、いい噂です。天龍と姫が結ばれれば国に繁栄をもたらしますから」

 いやに真面目なスオウの言葉に、綾はムッとしながら答えた。

「…まだ結ばれてないってば」

「え?」

 スオウがキョトンとした顔をした。綾は恥ずかしい気持ちを極力抑えて小声で言った。

「ナニはしてないって言ってるの!」

「!」

「あら、そうだったの?」

 隣からミトの驚いた声がした。

「お母さん。あなた、自分の娘を何だと…」

「あらやだ。だって、ほら、天龍君、すごい迫り方してたから、そのまま最後まで行っちゃったかと…。違ったの?」

「違ったの…」

「あらぁ~。ごめんなさいね~。おほほほほ~」

 綾から逃げるように早足で先に進むミトの後姿を見て、綾は溜息をついた。

「悔しい…」

 そう言って俯いた綾に「失礼」と一言言うと、スオウはその大きな手でわしゃわしゃと綾の頭を掻き乱して、綾の髪をぐちゃぐちゃにした。

「ちょっと…。何すんのよ」

 髪を手で直しながら文句を言うと、スオウは意外と優しい目をして言った。

「気になさるな」

「はあ?」

「気にするな、と。今の状況は、言うなればこの、一時乱れた髪のようなものだろう。それでも、こうやって直せば―」スオウの指が綾の髪を梳いた。

「元通りになる」

 スオウはそう言って目を細めた。大きくて無骨な手の割には、優しく動くものだと綾は思った。

「うん…。ありがとう」

 2人はその後しばらく黙ったまま、城下へと続く道を歩いていった。


 ヤマトの王都は「ワト」と言う。

 城のある高台からは眼下に沢山の家々がひしめき合った街が見える。街は円形に整備されていて、中央には毎朝市場が立つという広場があり、そこから道が放射線状に伸びていた。

 ミトの実家の墓所は街の外れにあるので、3人は一旦広場まで出て辺りを少し観光することにした。

 広場には市場の店が点々と並び、日用雑貨や工芸品、造花や食料が細々と売られていた。その中から、ミトは造花を数本買い、スオウは牛乳でできた飴を買うと綾とミトに振舞った。飴はほんのりとした甘味があって、美味しかった。

 市場にはわずかながらの活気があったが、行きかう人も少なく、どの人の顔にも疲労の色が見て取れた。皆、質素な一重の服を着ていて、服の上からもわかるくらい痩せている人がほとんどだった。

 広場の中央には立派な彫刻が中心に据えられた人口の池があったが、今は水が張られておらず、代わりにうっすらと砂が積っていた。

 3人は広場を後にすると、東に向かって歩いていった。

 ワトの東側は高級住宅街になっていて、貴族や金持ちの商人達の家が立ち並ぶエリアになっている。だが、この辺りも城の庭園同様に全ての庭木や芝が枯れ、殺風景な有様は綾を身震いさせた。

 どの家も大きく立派ではあったけれど人が住んでいないのかと思われるほど静かで、あちこち痛んでいるのが見えた。

「あの家が、私とお姉様の生まれ育った家よ。今ではもう、誰も住んでいないと思うけれど」

 ミトが指差した家は大きな木造の家で、塗装が剥げたり屋根板が外れたりしていたが、昔の面影は今も残っていた。

「裏庭に隠れ家を作ってもらってね。よく、姉様と2人でそこに泊まって遊んだりしたの。楽しかったわ。正面の花壇から勝手に花を切って、よくお母様に叱られたわ」

 花壇があったであろう場所には今は何も無く、石ころがごろごろと転がっているだけだった。

 3人はミトの実家を通り過ぎ、住宅街の外れにある墓地に辿り着いた。

 墓地の奥にある一角に、ミトの家族の墓があった。ミトは市場で買った造花を墓前に供えるとひざまずき、手を合わせてしばらくそこから動かなかった。

 綾は墓前に短い祈りを捧げると、少し離れて墓地を眺めた。

「ここも、随分と混雑するようになったものだ」

 いつの間にかスオウが綾の隣に立っていた。

「混雑…?」

「ああ。昔はこんなに多くの墓はなかった。戦で沢山人が死に、土地が枯れはじめてさらに人が死んで…。かつてワトには今の3倍くらいの人が住んで、あの市場は、気をつけないと人波に押し流されるくらいの人出で賑わっていたものだ。活気があって、笑い声があって、色とりどりの花が皆の家の軒先に飾られていて…。本当に、いい街だった」

 スオウが遠くを眺めながらそう言った。

「…元に、戻るかな」

 綾がぽつりと呟いた。

「全ての龍が甦れば…。そうすればきっと、ヤマトは元の豊かな国に戻るんだよね…?」

「アヤ、様…?」

「何となく、気付いてた。質素な食事、質素な服、質素な部屋。枯れた庭、痛んだ家、疲れた人々…」

 スオウは黙って聞いている。

「昨日、スオウが言ったじゃない。戦争の後に『国は』残ったって…。少し、気になってた。『国』は残っても、他は?って。それが、一つずつ、この国を見ているうちに、何となく、わかってきた…」

 真っ直ぐにスオウの目を見ながらそう言う綾に、スオウが言い難そうに言った。

「…我々がこちらへお連れしたことを、後悔なさっておいでか?」

 綾は「ううん」と言って首を横に振った。

「後悔、してないよ。私はね、別にここに贅沢をしに来たわけじゃないもの。そりゃぁ、最初は『お姫様』とか言われて、ちょっとおとぎ話みたいな生活が出来るのかなとか思ったけど…」

 綾は目の前に広がる墓石の群れを眺めた。

「私はね、スオウ。春には花が咲いて欲しいの。芝生は緑がいいの。木には木陰が出来るくらいの葉がついて欲しいの。池にはきれいな水が張っていて欲しいの。墓前には造花じゃなくて、生花を飾りたいの。でも―」

「残念ながら、今のヤマトには、それが無い」

 言葉に詰まった綾の代わりに、スオウの低い声が静かに貫いた。綾は黙って頷いた。

 2人はしばらく無言で空の色が少しずつ変わっていく様を見ていた。

「この風景もそれなりに綺麗だけど、寂しいよ。昔のヤマトがもっと美しい国だったと言うのなら、私はそれを見てみたい。この国を、もっと幸せな色にしてみたい。私に、そのための手助けができるのなら。私にその力があるというのなら―」

 綾は自分の両手をぎゅっと握り締めながら、しっかりとした口調で言った。

「私は、やってみたい」

 スオウはしばらく、そのまま遠くの景色を眺める綾の横顔を見つめていた。

 やがて何かを受け入れるかのように穏やかに微笑むと、スオウは跪いて綾の手を取った。何かが触れた感触に驚いた綾が手の方を見ると、スオウの真っ直ぐな瞳と目が合った。

「お供いたします、我が主。あなたの心の赴くままに、お導きを―」 

 スオウはそう言うと、綾の手の甲に自分の額を押し付けた。

 綾がキョトンとしていると、遠くの方でミトの声が聴こえた。

「まぁ、素敵! 忠誠の誓いって、今でもまだあるのねぇ~」

「忠誠…?」

 キョトンとしたままの綾に微笑むと、スオウは立ち上がった。

「そうです。俺は今、あなたに忠誠を誓いました。これで俺はあなたの(しもべ)です。何なりと、御用命下さい」

 綾はまだよく事態を飲み込めていなかった。

「えーっと…。とりあえず、よろしく、でいいのかな」

「はい。では、そろそろ城へ戻りましょう。参りますよ、アヤ様」

「あ、うん」

 2人はミトに合流して、城への帰途に着いた。

「―そうだ。戻り次第、ケイに頼んであなたの部屋に結界を張らせます。よろしいですね?」

「結界…?」

「そうです。夜、あなたの部屋に不法侵入しようとする不届きな輩を防ぐためです」

「ス、スオウ、言うなぁ…。『不届きな輩』って。一応、相手は天龍だよ…?」

 スオウがすごい勢いで振り向いた。目が真剣そのものだ。

「例え相手が天龍と言えど、我が主の身を守るのが俺の務め。必要であれば、俺が寝所に詰めて奴を返り討ちにいたします!」

「あ、それは、いらない。ケイの結界で十分です。ありがとう…」

(意外と熱血なんだな、スオウって…。しかも、忠誠誓った途端にすごいよ、変わり身…)

 綾は思わぬ配下の一面に冷や汗が出ていたが、あることを思い出した。

「あ、そう言えば。今日結界張ってもらっても、私、明日から当分出かけてていないんだよね」

「お出掛けとは、どちらに?」

「北にあるっていう、地龍の祠まで。『不届きな輩』も一緒だけど」

 その瞬間、綾はスオウの身体からメラメラと発せられる怒りのオーラを見た気がした。

「なりません! あやつと一緒に遠出など! それは食ってくださいと言っているようなものではございませんか!」

「『食って』って…。えーっと、一応、ババ様が護衛を用意してくれるって言うし、大丈夫だよ。きっと。」

「ババ様が?」

「うん。『とっておき』を用意してくれるんだって」

 途端にスオウのオーラがシュルル~と引っ込んだような気がした。と、同時に綾はスオウの「意地悪スマイル」のパワー全開バージョンを見た。

(い、嫌な予感…)

 

 城に辿り着いて夕食を済ませると、スオウがケイを伴って綾の部屋へやって来た。

「で、この部屋に不可侵の結界を張ればよろしいんですね?」

 涼しげにそう言うと、ケイは部屋の中央に何やら文様を描いた。

「アヤ様。御身から血を少々、頂きます」

 綾の指先を少し傷つけて血がにじみ出ると、ケイはそれを床の文様と自分の持っている札のような紙切れに付け、何やらぶつぶつと唱え始めた。

「ハッ!」

 ケイの掛け声と共に、一瞬、白い光が部屋を包み込むのが見えた。

「さぁ、これで完了です。結界を起動させる場合は、この札をこのようにこの円の中心に配置してください。札を外せば、結界は一時的に消えます。札はしっかりと保存してくださいね。札を失くすと、また術式を最初から掛けなおさなくてはなりませんので」

「ありがとう、ケイ。今日は心安らかに眠れそうだわ」

 綾が笑顔でそう言うと、ケイはウサ耳をピンと張りながら微笑んだ。

「それはようございました。明日は早くから出発の準備で忙しくなりますから、今日は早めにお休み下さい」

「あ、でも、私、何の準備もしてないんだけど、大丈夫かな」

 綾の問にスオウが笑顔で答えた。

「何も心配ございません。このスオウとケイが護衛としてつきますので、準備は全て我々にお任せを」

「へー。じゃぁ、ババ様の『とっておき』って、ケイとスオウのことだったんだ?」

「当然です」

 2人は声を合わせてはっきりと言った。こういう時だけ見事なシンクロ率だ。

「じゃぁ、明日からの旅も楽しくなりそうだね。おやすみなさい」

 ケイとスオウが部屋を出て行くのと同時に、ミトが入ってきた。

「何か、すごいもの、仕込んだのねぇ…」

 ミトは床の文様を見ながら言った。

「スオウ君って、意外と熱血だったのねぇ」

「だよね。驚いちゃった」

 綾の言葉にミトがふふふと笑った。

「でも、自分に忠誠を誓ってくれる人が近くにいるのは、いいことよ」

「それなんだけど、どういうこと? 何かいまいち、こう、コンセプトがわからないというか」

 綾は素直に疑問をぶつけてみた。ミトは近くのソファに座ると「うーん」と言って頬杖を突いた。

「捕らえ方は人それぞれだと思うんだけれど…。とりあえず今は、『あなたの味方です』くらいに考えておけばいいんじゃないかしら?」

「味方、ね」

「でも、これだけは言っておくわ」

 ミトが真面目な顔をして身を乗り出した。

「ヤマトの人間は、よっぽど自分と共感できる人で無い限り、忠誠を誓うことはしないのよ。そりゃぁ、王に仕えてる人は王に従うし、仕事では上司に従うわよ?でもね、忠誠を誓うのは、そういうのとはちょっと違うの」

「うーん。何となく、わかったような、わからないような…」

 ミトは立ち上がると、ベットに座っている綾の隣に来た。

「それでいいわよ。まだ来たばっかりだし。少しづつ、慣れていけば」

 ミトの言葉に、綾はくすっと思い出し笑いをした。

「それ、昨日ババ様が言った台詞と同じだよ、お母さん」

「あらやだ。何よ、それ。お母さん、別にババ様みたいになったわけじゃないわよぉ~」

 2人はしばらくベットの上で笑い転げた。

「お母さん、明日帰っちゃうんでしょう? だったら、今日はここで一緒に寝ようよ」

「あら、いいの? 天龍君は?」

「だーかーら。あいつを入らせないための結界なんだってば。あ、でも、発動させると、お母さんも弾かれちゃうのかな?」

「多分ね。綾の血を使った?」

「うん」

「じゃ、綾以外の人は全員弾かれるわね」

「そっかー」

「じゃ、お母さんの部屋で寝るのはどーお?さすがに天龍君も、お母さんの部屋には忍び込まないでしょう?」

 ミトの提案に、綾はすぐさま賛成した。

 2人はその夜、ミトの部屋で久しぶりに一緒に寝た。母娘で一緒に寝るのは、綾が高校生の時に行った4年前の家族旅行以来だった。

 母は、あの時と変わらない香りがした。

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