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この地に渡る風  作者: 成田チカ
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序章

 この地に昔、北方より一人の男、妻と娘を供ないて(きた)れり

 この地より生まれし天龍降り立ち、男に問ふ


 「汝、この地にあって何となす」


 男、応えて曰く


 「我、この地に渡る風となり、大地を潤し、緑を育て、

 人々集いし安寧の国造らん」


 天龍、男と誓いを結び、娘を(めと)

 やがて六柱の龍、娘より出ずる

 七龍、空に舞い、娘、祝福を歌わん

 風、雲を運び、水、大地を潤し、この地に人々集う

 火、知恵を育み、陽、理を示し、陰、理を正す


 男、王となりこの地を「ヤマト」と名づけ、

 子々孫々、七龍と共にこの地を育むを誓う


        ― 「ヤマト建国記」より



*************


 暗闇の中。

 部屋の中央には小さな炉台が据えられ、中には小さな炎が炊かれていた。

 炉台の周りには、人影が3つ。


 そのうちの一番小さな人影が脇に置かれた入れ物から粉のようなものを掴むと、炎の上にそれをパラパラと振りかけた。

 炎は静かに七色の光を生み出し、それらはやがて地図のような形を作った。新たな光がその中の一点を一際明るく指し示す。


「...ここじゃな」


 しわがれた老婆の声が、静かだが強い意思と共にそう告げた。 


「『門』を繋げよう。行ってくるがええ」


 他の2つの人影は黙って頷くと、部屋から音も無く立ち去っていった。



*************


 春休みも過ぎた暖かな日曜日。

 早坂綾(はやさかあや)は大学の友人達と一緒に、今話題のファンタジー系恋愛映画を観に行った。


「ああ~。あの恋人役の俳優、かっこよかったね~」


 うんうんと大きく頷く女三人。

 大学1年の時に知り合った彼女達は、3年目の今では殆どの週末を一緒に過ごすほど仲がいい。それでも、せっかくの暖かな天気のいい週末に女三人で映画に行くというのは、ちょっと寂しい気もする。


「そう言えば、由美は例の彼氏、どうしたの? 最近あんた、付き合いいいじゃん」


「ああ~。あの人?」


 由美にはバレンタインの頃から、彼氏と呼べる人がいるはずだ。確か、3つ年上の会社員とか。


「人が期末レポートの締め切りで忙しくしてるってーのに、『僕はこんなに君に会いたいのに、君は僕に会ってくれないなんて酷い』とか、お子ちゃまなことを延々しつっこく言ってくるから、『もういらない』って言ってあげたわ。あーすっきりした」


「『いらない』って… モノじゃないんだから」


「ご愁傷様」


 由美は「ううん」と言って首を横に振ると、笑顔で言った。


「ぜんっぜん気にしてないもん。恋人だったら、あたしの邪魔するな~って感じ。あんた達も知ってるでしょう? あたしは、大学院に行きたいんだから。なのにあの男、『僕より、レポートの方が大切なの?』とか言っちゃって。そのとーり!レポートの方が大切!」


 由美は当時の怒りを思い出してしまったらしく、持っていた映画のパンフレットを両手で握り潰した。表紙を飾っている主演の男女の顔が見事に歪んだ。奈緒がそれを見て苦笑する。


「あんたは相変わらずだね、由美。綾は相変わらず記録更新中?」


「ん~」


 綾は気の抜けた返事をする。奈緒の言う「記録」とは、綾の「彼氏イナイ歴更新記録」のことだ。現在、あと数ヶ月で21年に突入。喜んでいいものか、悲しんだほうがいいものか。


「相変わらず。未来の就職先に出会いの夢を託しま~す」


 それを聞いて、皆が「まぁ、何とかなるって」とか何とか言いながら笑う。


「それにしてもさ―」


 奈緒がいたずらっぽい顔で見回す。


「今日の映画みたいなシチュエーション、憧れたこと、ない?」


「あの、『あなたをお迎えにあがりました、お姫様』ってやつ?」


「そうそう。自分は実はどこかの国のお姫様で、ある日、誰かが迎えに来るの」


「ぶっ」と由美が噴出す音が隣で聞こえた。


 それにつられて、他の二人も笑い出す。


「子供の頃はさ、憧れたよねぇ~」


「そうそう。朝起きたらお城の中でした、とかね」


「でも、現実的にはさ、さっきのハリウッド映画の女優みたいな顔してるんならともかく、私らの誰が、どこの国のお姫様に見えるよ~?」


「そうだよね~。どっからどう見ても日本人だし? ありえな~い」


 あはははは。

 彼女たちの大きな笑い声に、周りの人たちが驚いて見ながら通り過ぎていく。

 

 そう、ありえない。

 そう、思っていた―

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