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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

愛の道行き

作者: 緒川 文太郎

 僕はダウンライトの灯りの中、コンピュータに向かい只管に文字を打ち込んでいた。これは、僕の愛の記録だ。遺書とも取れるかも知れない。でも、僕にとってこれは、人生で一度きりの最初で最後の恋の物語。

 一息吐こうと、僕はテーブルに置いてあったコーヒーを一口飲んだ。少し冷めかかっていたが、猫舌の僕にはこれ位が丁度良い。そして、徐に煙草に火を点けた。コーヒー好きの人達は、コーヒーの香りを邪魔すると言って、煙草の匂いを毛嫌いする傾向が有る。僕の愛した人もそうだった。


 彼は、僕が新卒で入社した会社の直属の上司だった。仕事振りはいつも完璧で、他の社員への人当たりも良く、社内で彼を嫌う者等は居なかった。皆が彼を好きになった。勿論、僕もだ。だが、僕の彼を好きという感情は、他の人達とは少し違っていた。僕は性的な意味において、彼を好きになってしまったのだ。彼の引き締まった肉体を想像して、僕は夜毎に自分を慰めていた。

 そんな或る日、僕が会社の喫煙室で一人悶々としていると、突然に彼が話し掛けて来た。

「お疲れ様、コーヒー要る?」

煙草を吸わない筈の彼が、何故此処に居るのかと不思議に思ったが、業務以外で彼と話したのは初めてで、僕の心臓は嬉しさと緊張でオーバーヒートしそうだった。

「あ、ありがとう……ございます。」

僕が震える手でコーヒーを受け取ると、彼は僕の肩に手を掛けて、耳元でそっと熱っぽく囁いた。

「なぁ、お前……今、付き合っている奴、居たりする?」

「い、いえ……特には……。」

特には……所か、人生で一度も誰かと交際した事等は無く、僕はしどろもどろになって答えた。

「じゃ、付き合っちゃおうか。俺と!」

青天の霹靂とは、正にこういう事を言うのだろうか。


 その日の業後、彼と二人きりで呑みに行って、そのままホテルで一夜を過ごした。僕等は何度も身体を重ね、気付いた時には窓の外は明るくなっていた。

「あぁ……マジでお前の事、メッチャ好きだわ。」

そう言って顔中に接吻をして来る彼に、僕は恐る恐る尋ねてみた。

「どう……して?僕なんかに……。」

「顔。」

そう言って彼は僕の頬に優しく手を添え、啄ばむ様な優しい接吻をした。

「お前、顔、メッチャ綺麗じゃん。前髪と眼鏡で隠しているけど、俺には解っちゃった訳。社内の女共なんて目じゃない位、俺はお前を欲しいって思っていたんだよ……。」

「でも、僕……男だし……!」

男同士なんて……普通は気持ち悪い筈だ。僕の両親でさえも嫌悪した。

「あぁ、俺は特に性別は気にしないんだよ。綺麗なものは好き、それだけ。」

それでも、僕にはどうしても解せなかった。社内では誰とも親しくしなかったから、僕の性的嗜好は誰にもバレていない筈なのに、何故彼には解ってしまったのだろうか。

「……お前さ、昼休みに会社の屋上で小説を読んでいるだろう。どんなのを読んでいるか気になっていたんだけどさ……。お前が席を外している時にデスクの上に置いてあったから、気になって少しだけ中を見たんだ。……そうしたら、BL小説だったからさ。勝手に見たのは悪いとは思ったけど、その時、これはチャンスなんじゃないかって……。」

そう言いながら、彼は更に激しく僕の身体を求めて来た。僕は、彼の全てを手に入れられるなら、今直ぐ死んでも構わないとさえ思った。


 それから暫くは、彼との甘い日々が続いた。毎週末、彼の部屋で過ごし、彼と永遠の愛を語り合っていた。けれども、その幸せは長くは続かなかった。

 彼に、見合い話が持ち上がったのだ。会社の役員の一人娘との縁談だ。

「今まで、ありがとうな。お前の事、本当に好きだった。」

そう言って彼は、僕との関係に終止符を打った。僕にだって良く解っている。これは彼にとって、絶好の昇進の機会だと。元恋人として、笑顔で送り出してあげるべきなのだと。……でも、それを成すには僕は彼を愛し過ぎてしまっていたのだ。


 僕が煙草の煙を吐き出すその部屋のベッドには、彼が静かに眠っていた。彼はもう二度と笑わないし、話しもしない。そして、もう二度と僕を裏切らない。呼吸の無いその顔に、彼が嫌悪していた煙草の煙を、僕はそっと無慈悲に吹き掛ける。

 彼との最後の思い出にと、僕は彼に一晩だけ共に過ごして欲しいと請うた。最後の夜にも、彼は僕の耳元で残酷な程に愛を囁いた。僕にはもう、彼を手放す事なんて出来ない。……ならば、答えは一つだ。彼を殺してしまえば、永遠に僕だけのものに出来る。

 「もう出来そうだね。」

死後硬直が終わり、緩解を始めた彼の身体を僕は優しく撫でた。冷たくなった彼の唇は、既に腐臭を放ち始めており、僕は貪る様に接吻をした。そう、彼は腐り始めている。だが、それが良いのだ。僕以外に誰が、腐敗して行く彼をこんなにも愛せるだろうか。

「先輩はもう、僕だけのものだ……。」

僕は、弛緩した彼の股を開くと、そっと彼の中に快楽のままに己自身を埋めた。

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