第525話ジーナとアンちゃん
ジーナの視点の三人称で何とかできるかなぁ、何て思ってたら最後のほう一人称になっているという罠。
……ちなみに、第524話のジーナ視点です。
閑話でもよかったんですけど、そうすると絶対やらないのでこういう形で更新。
頭が割れるように痛い。それ以上に、体の芯を奪われてしまう不安で何かが折れそうになる。
蹲って呻くことしか出来ないジーナは顔を上げる。
しかし、海弟の姿は見えない。
瞳を目一杯開けているはずなのに目の前には誰もいない。
暗闇があるだけで、あるのは恐怖だけ。
たまに聞こえる海弟の声も、焦っているジーナには何の手助けにもならない。
「よし、やってみるか」
一瞬、ジーナの思考が止まる。
恐怖すらも蝕む速度をゼロまで一気に落としてしまう。
……え、何をするの?
空回りとも言ってもいい。
目の前にいる人物の表情は見えないが、絶対満面の笑みを浮かべているに違いない。
凶悪そうな顔を想像し、そちらの方に恐怖を感じて体を硬直させる。
しかし、すぐに体の中に暖かいものが流れ込んできて体が楽になっていく。
心なしか、視界も晴れてきているような、そんな錯覚さえ起きてしまう。
思い込みで奇跡は起こせるのかぁ、などと思いつつ身を任せていると体の奥から何かが吹き上がってくるのを感じ、気持ちの悪さを感じる。
体の中で、暖かいものと気持ちの悪いものはぶつかり、ジーナは痙攣を起こす。
それとほぼ同時に――
「……そちらに意識を取られていていいんですか?」
女性の声。
聞き覚えのある声に、動かない体の中で叫ぶ。
海弟に届くはずのない叫び、大声で喚いてみても……それが届くはずもなく、黒ローブの攻撃が始まる。
置き去りにされたジーナはただ沈黙する。
ジッ、としているだけで手に取るようにわかる。
闇の力と、決して光ではない……海弟自身が自分の中で戦っている。
光に矛盾がないのなら、矛盾だらけなのに何故か力が溢れてくる。そんな不思議な暖かい……。
「う、ぐッ!」
思わず漏れ出す声。
矛盾した隙間へと入ってくる闇は、周囲の温かみをすべて奪っていく。
自分の元へと到達しようとしたところで急いで立ち上がり、侵食していく闇から逃げる。
すごく逃げて――
「ジーナッ! ここで失った夢は取り返せないぞ、それでもいいのか!?」
不意に聞こえた声に耳を傾ける。
周囲には闇しかないはずなのに、何故聞こえるのか……。
「無駄です」
無駄?
「俺たちに勝ち目はないが、夢はある」
「……あなたたちの夢になど興味はありません」
やっぱり、無理。
夢なんて叶えられない?」
「悪人の言い草だな」
「悪人ですから」
笑い声が木霊する。
『……ドキドキワクワクなんてない! これは、わたしの本当にやりたかったことじゃないッ!』
叫んでみても止まらない笑い声。
それは、何故? そう考えてしまってから後ろ向きな考えしか浮かばなくなる。
最初からダメだったんだ。
誰かに頼ったこと、海弟と旅をしたこと、封印を解いて……今ここにいること。
……全部、してみたかったことなのに。
何でだろう、全部ドキドキワクワクしない。
思い、涙をこぼす。
「この世界、人が生きるにはツライと思わないか?」
……海弟?
「……何を……」
「ゲームでもさ、誰かを優先すると、そのパーティの誰かにしわ寄せがくるんだよ、大抵それは使えない奴」
……わたし、に言ってるのかな。
それはわたしが使えない奴、だから。
「……理解できません」
「現実でもそうだ。自分が楽をすることで、見知らぬ誰かにしわ寄せがくる。困るよなぁ」
わたしは人より不幸だった。
夢や希望を信じているのに、それを一つずつ失い成長していく。
それが何よりの苦痛で……他人の感じないであろう痛みまで感じて……それでも気楽に生きてこれたのは、周りの人のおかげ。
自立の出来ない、ダメな大人。
それがわたし。
『けどさ――』
「我慢するのを不幸だとか、自由に生きているのが幸運だとか。でもさ、不幸でも幸運でも夢は見続けられるんだよッ! いいや、夢さえ叶えられれば運勢なんてどうでもいい、だろう?」
……先に言われた。
「……それは、人の生き方に矛盾している」
不意に、こちらに視線を感じてそっちを向く。
……海弟、なのか。
「わかるみたいだな。そう、全員が全員、王様にはなれないが……生きている奴全員、野望を持って生きてるってことさ」
野望とは失礼な、などと軽い突っ込みを心の中、すでにそうなのだが入れてみる。
『大丈夫だよ。まだ大丈夫。何が、って? わたしが一度見た夢を諦めてないから、まだ大丈夫なんだ!!』
周囲の闇を蹴散らすように叫ぶ、それだけで吹き飛んでいく闇。
辺りが光に包まれていき、本当の夢を照らす。
しかし、まだ。
『……汝、何故我が力に対抗する』
暗黒龍……やはり、大きい。
どうでもいい感想を胸のうちに仕舞い、呟く。
『あなたにとってちっぽけな夢でも、それが野望と受け取られていても。わたしにとって、この夢はドキドキワクワクするような、たった一つのことなの』
『……わからん。我には――』
『知ってる?』
唐突に話を区切られ、暗黒龍はその真っ赤な瞳をジーナへ向ける。
『海弟は、悪龍って名前であなたのことを呼ばない。わたしの推測なんだけど、あなたを悪い龍、って思っていないからじゃないかな?』
『……我が何をしたか、知っているのだろう?』
『たぶん』
龍は瞳を閉じる。
『……なら、深くは問わん。が、最後に聞こう』
『何?』
……長い沈黙の後、龍は問う。
『彼方は賢者か何かだろうか?』
『……残念だけど、ダメな大人の一人、かな。ただ、夢は持ってるよ』
周囲を見回して、その証拠を示す。
この光景が、何よりの証拠。
「枯渇した自分の中から生み出される夢を、追い掛けるだけの……ジーナ、お前は出来ているはずだ」
……もういいよ、海弟。
半ば呆れつつも、小さな呟きを口にする。
『……問いの答はもらった。では、我はここを去ろう』
すうっ、と消えていく暗黒龍。
話しかける暇さえなかった。
「……立ってみろッ! お前の目に、絶望は絶対映らない、映らせないッ! この俺がいるんだからな!」
……ふふっ。
もう、わたし我慢できないかも。
さすがにうるさいよ!
そりゃあ、そりゃあさ。
「負けたく、ないよ。そりゃあ、さ」
完全復活! って文字が背後にあったら完璧かなー。
☆
おえっ、おえっ。
「ハンカチ使う?」
「だいぶ丸くなったものだな……お前も、俺も」
「にしても、空を飛ぶのは気持ちいいねー!!」
アンちゃんの背中で両手を広げ……手に持っていたハンカチを放すジーナ。
そのまま風に吹かれて何処かへ飛んでいくハンカチ。
お前、酷い。
「でも、夜になる前に帰れてよかったね!」
綺麗な夕日。感動だな。
夜になる前、といってもこの時間帯が一番いい時間なのだろう。
夕日が沈みそうな頃。
これは絵になるなぁ、などと思いつつ口から酸っぱいものを吐き出す。
ああ、もうダメ……。
『グルルルルァァァァァッ!!』
「あ、ちょ、あぁぁぁぁっ!!」
「馬鹿野郎! 暴れるなッ!」
「誰のせいだと……馬鹿じゃないの!」
大丈夫、半分以上は風に舞っていったから。
きっと、俺たちの下にいる人たちはすごい不幸にでくわしてるな。うん。
「……洗濯しないと……」
「あと、アンちゃんも洗ってやらないとな」
「……わたしが、ね。わかってますよ」
俺は龍に触れるのさえイヤなんだよ。
そこら辺わかってくれたみたいだな。
さて、早く着かないかなぁ。
ああ、今回は微妙に王道を意識しつつ書いちゃったなぁ。
何て思ったり。
あとは村に戻り祭り、だけ。だけ?
ネタバレは自重します。
竜子や虎子、それに青空さんも待っているので海弟は手っ取り早くそっちの世界へ戻してあげたいところです。