第511話『これが、重力に逆らいし肉体ッ!』by海弟
あー、怒られる。
誰に怒られるって読者様に怒られる。何てサブタイトルじゃ!
動揺が隠せない。
アレだよ、動揺ってのは童謡のことなんだよ!
……何考えてるんだ俺は。
さて、その動揺の理由を教えてやろう。
というか考えたくもないのだが脳内を整頓するということで……な。
まず俺は温泉に入っていた。
効能抜群なのか、何かシュワシュワしていたが俺はどうやら透けているようで、温泉の暖かさなどわからない。
残念ッ!
そこで女の人でもこないかなー、などと思いつつ待っていると来たのはなんと数人のがたいの良い男たち。
見覚えのある顔ばかりで……確か漁師だったか。
なんと漁のあとにさっぱりしようと考えてか、温泉にやってくるむさい男達。
ショックで動けなくなっているところに俺を囲むように入ってくる男たち。
待て、体洗ったか!? おい、神が許そうとも俺が許さんぞ!
そのまま談笑を始めてしまう男に囲まれて俺は動けない状態、それで今に至る。
魔法でも一発かましてやりゃあ解決するのだが……この温泉にお姉さん方が来る可能性を自らの手で潰してしまうのは惜しい。
しょうがないので耐えているわけだが……そろそろ我慢の限界だ。
コイツ等一時間以上同じ話題で盛り上がってるぞ!?
酒場のジーナちゃん? 誰だよそれ!
聞くところによると二十代前半のピチピチギャル。
気弱そうなイメージの子。やっべー、襲いたくなっちゃうよ、ガハハハハ!!
……最後のいらないな。
うん。
しかし、下品な話を聞いてアレなのだが俺もジーナとかいうのに会いたくなってきたな。
今は動けないから、解放されたら一度会いに行ってみよう。
「はー、にしても今日も大漁だったよなァ! こんぐらいのさー!」
両手を使いとんでもない大きさの円を描く男。
浅瀬にそんな魚いるわけないだろ。
「だよなァ。今日は海の女神サマでも味方してくれてたんだろ! なぁ!」
女神……なのか? アレは。
違うと思うぞ。フレンドリーすぎる気がする。
神秘性ゼロである。
「女神サマもナイスバディなんだろうなァ」
「だなー。何たって女神なんだからよ!」
……お前等やめろ。
アレの体は水だ。きっと水を多く取り込むことで大きさ調節が可能だ。
干乾びさせてやりたくなるな。
「さーてと、そろそろ上がるか!」
その男の声に釣られるように温泉から上がっていく男たち。
はぁ、やっと上がってくれるのか。
さて、俺もジーナとかいうのに会いに行こうじゃないか。
☆
酒場って……大人、だよな。
何を言っているのかわからないかも知れないが、行かなければわからないこともあるだろう。
きっとその部類だ。
死を知るには死ぬしかない、というヤツである。
そして一番注目を浴びている女性を紹介しよう。
ジーナちゃんです。
二十代前半という情報は確かなのか、衰えのない肉体が眩しい。
……何でシャツ一枚で仕事をしているかは謎だがな。
何か見ているこっちが目を隠したくなる。
チラリとかポロリとか何度も起こりそうになってるぞ。何故か寸前で見えないのだが……。
うーむ、これが魔法か!
「に、しても。朝っぱらから賑わってるな。うーん、と?」
姿を見るに、汚らしいおっさんばかりだ。
衣服は土や泥にまみれていて、豪快に酒を飲むものばかり。それを長時間見ていたらこっちまで酔ってきそうである。
「炭鉱、かな。土のにおいがするし、そこで働いているとすれば納得だ」
昼夜逆転など日常茶飯事らしいからな、炭鉱で働いている奴は。
その割に給料のほうは……まあ、そんな事情俺は知りませんとも。ええ、口が裂けても言えない。
ここまで惹き付けておいて知らないというオチをかましてやるのが一流だ。
「さて、と。酒場って情報収集に適した場所、なんだよな。ま、この様子だと昼までは賑やかそうだしちょっと休ませてもらおうかな」
大きなフロアとなっている場所の端まで移動して腰を降ろす、と隣でゲロを吐いている奴がいたので腰を浮かせて逆の方へ少し動く。
「ま、大した情報なんて得られないだろうが……。いいか」
☆
うわーい。
はっはー。
俺のことが噂になってる!?
風格から言動まで。何から何までと言ったほうがいいか。
何故か炭鉱オヤジ共は俺の話をしているようだった。
広めたのは……果たして海の精霊(女神?)か……まあ、こっちだよな。
ひじき少年、余計なことをしてくれたな。
まあ、だからといってどうってことはないのだが……何だか噂が大きくなってるんだよなぁ。
黒い服を着ていたそうだから死神だ! この町は死神に狙われているんだー! とか。
ふざけんなよ! 俺が一人いたらその町は活気溢れる地獄になるぞ。
……はあ、酒場にいても大した情報は得られなさそうだ。
昼まで時間はあるが……酒場から出よう。
「お客さん、何にも注文しないのかい?」
「生憎と金をもっていない……い?」
後ろを向く。
……俺を呼び止めたのは誰だろうか。
二択だ。
ジーナor俺。
はい、俺の心の声なんてありえませんよね。そこまで寂しい人間じゃない。
でも心の声だけで賑やかな人間は尊敬できるな、ある意味。
「お前、俺のことが見えるのか?」
「何言ってんの?」
……そ、そうだな。
コイツには普通に俺のことが見えているんだ。
「幽霊のくせに」
「普通に見えてないッ!?」
ちょ、透けて見えてるのかよ!
なのにこの平然とした態度ッ! この子強敵よ海弟ッ!
……さて、そろそろ面倒になってきたぞ。
こうなったらアレじゃないだろうか。
俺の姿は百人に一人にしか見えない、とか。
何かありえそうで怖い。
「周りのオヤジどもがお前のこと見てるぞ。俺のことは見えてないみたいだから、どっか行け。変な人に思われる」
「いんや、面白そうだから付いてく――」
「残念だったな。それは拒否させてもらおう」
そう言って出入り口へ向かおうとした時、手を何者かに掴まれ……気づいたら外。
どうなってるんだ?
「さ、さ、幽霊は何処に行くのよ!」
「……ハイテンションすぎるぞ、こら。それじゃあ温泉いこう、温泉」
混浴っていいものだぜ?
「えー、幽霊だから入れないでしょ。墓地とか墓場とかさ!」
意味は同じだな。場所も同じだな。
そして俺は幽霊じゃないんだな。
「お前の行きたいところに行けばいいさ、暇つぶしになればもういいや」
何でコイツが俺に絡んできたかは知らんが、俺からコイツに悪さすることは出来ないし、俺が考えても仕方がないことだろう。
にしても、何でコイツはシャツとなんか変なズボンだけで外出できるんだ。流行か? すごいな。
「じゃあ、博物館行こう。幽霊は入場無料ね」
「本物の幽霊なら展示物にでもなってるだろ。俺は違うぞ」
まあ幽霊が展示物になってても見えない人がほとんどだろうけどな。
でもいいなそれ。幽霊ここにいます、とかいって何もない巨大な場所を用意すりゃあいいんだから。
「じゃあ、行こうか」
「お前は仕事にな。俺一人で行く」
「冗談を言わないでよ」
無理なのは最初からわかってたさ。……うん。
名づけて『むさっとフォール』
内容はむさっとしたおっさんが周囲に集まってきて壁になるという効果があります。
ちなみに三時間以上その状態でいると自身もおっさんになります。
……なんてこった!