第508話彼と彼女
めんどうなことはしない主義……ってことでいいですか?
砂塵、とは呼べないだろう。
竜子家の一角を巻き込み木材から鉄筋など、関係なく風の中へと吸い込まれていく。
つまり、大きな竜巻。
「っ、セリぃぃー!」
「生きてる、けどぉ……。無理っぽい」
耐え切れなくなってか、二人の体が宙へと投げ出される。
その光景を見ていた人物は一人。
対面に佇む女の子……外見は犬死ちゃんやセリーと同じぐらいの歳に見える。
そんな小さな女の子。
「ずっと空ばかり見ていた。何もかも私に与えてくれる空を……それじゃあ楽しくない」
その呟きに答えるものは――
「ふんっ、お前の言い草はよくわからないな」
――いた。
その何者かは、少女が姿を確認するよりも先に動き……少女に一撃を与えようとしたところで……飛びずさる。
「……竜子」
「何故、わたしの名前を?」
首を振る女の子。
「なんで逃げたのかな?」
「答える必要が――」
「ない。かな、私には理由がわかる」
風がやみ、静けさだけが残る。
竜子は周囲を見回したが犬死ちゃんとセリーの姿はなかった。
「私に触れたら、あなたは消える。ここは私の世界よ!」
「……よく、わからないな」
「正体ってのは、最初は隠しておくもの。ここから立ち去るべき者が立ち去るのは当然ッ!」
本物の殺気を感じて後ずさる竜子。
自分に向けられたものではない……そう感じてはいるが、何かしらの圧力がある。
「ほお、隠していたつもりなのなら失笑ものだな!」
「……海――」
「俺にはお前の正体はわかるぞ! 虎子だってわかるだろう?」
「……海――」
「え、えぇ……。わかんないよ」
「お前等ッ! 緊張感がないのか!」
ない、と断言しそうだったのでもう一言、竜子は言っておく。
「死ぬぞ、構えろッ!」
「嫌だッ!」
「おま、えはァァァァッ!!」
戦闘中だというのに敵に背を向けて海弟に詰め寄る竜子。
その光景はかなり間抜けなものだった。
「アイツの正体? そんなものどうでもいい。そんなレベルの戦いではない!」
「俺にとってはそのレベルだな。触れたら死ぬ? そんなの、前のと同じじゃないか」
その顔に疑問を浮かべる竜子。
「ふっ、俺に任せろ。守る力など必要ないッ!」
☆
きょとんとした表情の二人。
呼んでおいてすまんな。
だが、二人を殺されて……俺も黙って見てはいられないんだよな。
風に飛ばされて何処かに行っただけかも知れないが……。
「触れたら、死ぬんだろ?」
「……あなたは別なんだけど」
「自分の発言に責任が持てないなんてさすがだな」
少し、むっとしたようで大声で叫ぶかのように言う女。
「自らの行いすら反省をしていない人物に言われたくは――」
「ツンデレ」
「……はい?」
「嫌いかもな。うん」
「……ふ、ふふ。そう、じゃあ……名乗った方がいいかしら?」
お前の名などいらないが、一応マナーだ。
聞いておいてやろう。
「私はシラ」
「俺は海弟だ。ふっ、で……これで挨拶が終わりでいいのか?」
体の治癒もだいぶ終わったがまだ全快ではない。
というか、治癒したばかりで全力投球の最終決戦する奴なんていないだろう。
ここにいるがな。
「……あなたの違和感の正体、って言っておく」
「ん、わかってた」
奴が俺の前へ姿を見せたのがそもそもの間違いだったのだ。
そこから生まれた違和感、ママを倒したはずなのに残ったそれが俺の足を止めていた。
「さて、夫婦喧嘩を始めようじゃないか」
「子供を使うのはなしね」
「お互い様だッ!」
今度は限界を超えていくぞッ!
剣を抜き、相手の体に突き立てるように前へ突き出す。
その攻撃が避けられる……のを相手の動きから察して剣の動きを変える。
肉体が乖離でもしてしまいそうな感覚。
かなりの無理をしていることがわかるが……こんな無茶が出来るのも、死を俺が恐れていないからか……。
「言ったろ。守りの力はいらない。誰かを守る戦いなんて、ヒーローに任せておけばいいんだからなァ!」
「あなたの言い分は無茶を通り越しているッ! 私が生まれた理由、私が私である理由、勝手に背負わせてッ!」
手元を払われ俺の持っていた剣が飛ぶ。
それを少し目で追ってしまった、その隙……ボクシングでもしていればわかるのだろうか。
その感覚に似ている。あくまで擬似的なもの、すべてが目に見えるのにすべてに対応できない。
何を防げばいいのかわかるのに、何もかもが体の硬直によって封じられている。
「くっ、そぉぉぉぉぉッ!! 炎よッ!」
「炎!」
お互いの炎が近距離でぶつかり、皮膚を炎が撫でる。
その熱さに悶絶するより早く、痛みを感じるよりも早く、炎の中を突き抜けるように拳が飛んでくる。
「いッ」
体が壁にぶつかる。
「セリーと私は戦っていた。理由は簡単、私が怖いから、だと。『神を食らう』と表現していたな、適切。巨大な力が小さな力を取り込む。それを表現するのにな」
壁際まで吹き飛ばされていたが、彼女の声は聞こえた。
「はぁ、じゃあお前は腹が減ったから神を殺すのか? その程度の欲求なのか? 旧世代の神のことは!」
「……あれは不注意だ」
やれやれ、といった様子で……表情の一つひとつが俺に対し理解を求めているようなものだった。
残念ながら、お前と俺では似ている部分が一つもない。
お前の気持ちなどわからん。
「触れることで私は小さな力を取り込んでしまう。ちょうど、目の前にあった旧世代の神達を触れることで、死滅させてしまった。それだけのこと」
「目の前?」
「ああ、空は繋がっているのさ」
感情を殺しているようで、何だか俺は彼女のいうことがよく理解できなかったが。
俺自身の力が、これほどまでに小さいものなのか……と体中を駆け巡るやるせない気持ちは理解できた。
「……何でもいいさ。俺とお前は、パパとママで。子供がいて。触れ合うことで消し飛んでしまう関係で。お前はそれをどう思っているんだ」
「憎いさそりゃあッ! わかっているんだろう、お前は目を背けているッ! 私は神をともに生まれ、しかし神とは別の……表と裏の均衡を保つためだけに生まれた一人であると!」
「……それは――」
「そうさ。旧世代の神と新世代の神。数は圧倒的に新世代の神のほうが多い。世界の数だけあるのだからな!」
均衡。バランス。
それを取るためにコイツがいる。
ママ、という存在だというのは……わかる。
しかし、そのママが持つ能力。
これに付いては奴自身が一番よく知っている。
「私が神に触れることで、私は保護者から管理者へ、支配者になってしまう」
「……力が、集約される?」
厳密に言うと、前の世代……神がいて……その上に支配者がいた形とは別。
神はいない、ただ支配者がすべての権力を行使する。
「手の内を晒してくれるとはな。支配者になろうっていうのか?」
首を振る彼女。
そして真顔で言う。
「私がなりたいものは、たぶん……海弟、あなたと同じ」
「……ふっ、同志か。いいな、それ」
ちょっと気分が軽くなった。
神を触れると殺してしまう。
殺し続けると支配者となってしまう。
どちらも望んでいないのだな。
だから、俺を憎んでいたのだな。
うん、逆恨み上等ッ!
「空が広大だろうと、俺の心の広さには勝てんぜ」
「……お前、何故裏世界に来た」
何だ、俺が語ってやろうとしたのに。
少し腰を浮かせてからゆっくりと立ち上がる。
「セリーに呼ばれたからな。一緒にお前と戦ってくれ、と」
「私に適う者など、いない」
触れた相手を食べちまうんだからな。
早々いないだろう。
裏世界の住民は、俺が知らない支配者さんが作ったものだから。
住民がシラに触れたら、たぶん同じ理屈で消える。
「ま、一つ言うならば」
「何だ?」
「支離滅裂だ。俺はお前を慰めるためにいるんじゃないぞ」
「……誰がお前に慰められている、などと」
どうかな?
剣が近くに落ちていたが、拾うことはしない。
「白の剣」
鏡から片手で引き抜く。
「黒の剣」
同じように、片手で鏡から引き抜く。
両手に剣を持った状態で叫ぶ。
「竜子! 虎子と青空を連れて逃げろ、消滅と侵食が世界規模で行われるんだからな」
「……わかった」
実際、逃げ場などないだろうが。
アレだよ? 気分的なものって大事なんだよ?
荒削りばんざーい。
流れの確認を珍しく、本当に珍しく今回はしました。
……毎回してません。すみません。誤字を探すのもめんどくさくなってきちゃって……。
読めればいいんですよね! 気合い。
さて、作者が青空をヒロイン的な立ち位置じゃなくてオチだけのために使おうと画策し始めていたりするのですが、問題ないですか? ノープログレム?
オーケー。
ではっ!