第497話青空と竜子
う、うまくまとまったかなぁ?
説明不足感がいなめない。
……伏線回収班隊長、青空殿。頑張ってください。
……学校、かぁ。
二人が制服に着替えていくのを見ていると何だか私も学校に行きたくなってくる。
スタイルの良い竜子ちゃんに、竜子ちゃんほどじゃないけど引き締まった体の虎子ちゃん。
ダイエットだー、とか言って頑張っている人とは次元が違う。完成された肉体、っていうヤツなのかな?
どの道、私にはたどり着けそうにもありません。
「二人とも違う学校なんだねー」
何気なしに呟いてみる。
お互いにお互いの制服を見つめる竜子ちゃんと虎子ちゃん。
そして気恥ずかしそうにお互い視線を逸らす。
……仲が良いんだろう……けど。
何だか少し寂しいなぁ。
「そ、そりゃあ……色々、あって」
珍しくぶつぶつと話し出す竜子ちゃん。
でも、説明してくれる辺り彼女らしいといえば彼女らしい。
そんな難しい性格の竜子ちゃんはもじもじとしながら話を続ける。
「その、わたしのせいだ。元々ぎくしゃくしていた関係をもっと悪化させたのはわたしなのだ」
「制服の話から遠ざかってない? 話したくないなら話さなくてもいいんだよ?」
竜子ちゃんも虎子ちゃんも苦しそうで。
何もかもが解決した、なんてことはなさそう。
海弟がいたら一瞬で問題なんて吹き飛んじゃうんだろうけど。
解決じゃない辺りが……って、毎回それで私は怒っているわけだけど。
プライバシーって言葉をいい加減海弟は知るべきだと私は思う。
「いいや、いい機会だ。学校など一、二回休んでも別にいいだろう」
「……うん、一、二回程度ならいいとは思うけど」
私はもう何だか立ち上がる気力すら奪われたような……。
海弟とか影流はどうするんだろう。
高校が卒業できるかすら怪しくなってきているのに……。
まあ、暮らせなくなるってことはないからいいんだろうけど……。
影流なんかは海弟と違って片方でも親が異世界のことを知っている、ってわけじゃないから……そこら辺が怪しいと思うのだけれども。
後のことは後で考えよう。
首を二度横に振って竜子ちゃんを見る。
「この世界には普通の人間と、身体的に人間よりも強い獣の力を得ている人間がいるの」
竜子ちゃんは自分と虎子ちゃんを指差して言う。
そしてさっきから虎子ちゃんはといえば、鞄はあるけど中身はない事実に気づき項垂れていた。
これじゃあ授業は受けれないね。
「その中でも虎子と、わたしの家族……いや、一族は古い時代から対立していた」
「へ? 何で?」
私が聞くと、私の前にある椅子に座って真剣な瞳で私を見る竜子ちゃん。
思わず息を呑んでしまう。
この場は彼女に支配されて――
「竜子ちゃん……あたし休む」
「あ、ああ……。電話はいれておけよ」
どよよんとした空気で虎子ちゃんがすべて破壊した。
その雰囲気を残したまま部屋の外へ出て行ってしまう虎子ちゃん。
マジメな話を出来る雰囲気じゃないんだけど……気を取り直してということなのか咳払いを一度する竜子ちゃん。
「対立していた、が。虎子はあまり争いを好まないのだ。それを虎子は初対面のわたしに告げた」
「その時竜子ちゃんはどうしたの?」
懐かしいことなのか、口元に笑みを作りながら話してくれる。
「わたしは虎子の意志を尊重したよ。祖先がいがみあっていたからと言って、わたし達まで仲良くなる可能性を捨てているのは愚かだからな」
「じゃあ仲良くなったんだ!」
「ああ」
二人は友達、幼馴染として幼い頃は一緒にいた。
その関係が続かなかった、ってことなんだろうけど。
やはり親が関係あったりするのかな?
「……だが、虎子は強かった。同年代の男子女子の平均を遥かに凌駕していた」
「えっと、強い獣の力……ってヤツ?」
「それもあったのだろうな。だが、虎子は……たぶん、誰よりも才能に恵まれていたのだろうな。武の天才だ。私はそれに惹かれた」
いつしか竜子ちゃんの笑みは消えていた。
その表情は悲しげなもので、何が起こったのか、ハラハラさせられているようでじれったい。
けれども、急かしてはいけない。それは何となくわかるので黙って続きを聞くことにする。
「いつしか、虎子は修行を嫌がるようになり、けれどもわたしは普通の何倍もの修行をするようになっていた」
「それじゃあ……」
「ああ、会えないな。それが小学校のころ、中学校にあがり……何が起こったのだろうな」
自分で自分を悔いている、それがひしひしと伝わってくる中、震える声が響く。
「獣人は強い。だからこそ差別された、けれども……その時の虎子に強さはなかった」
差別、って言葉に違和感を感じつつも瞬きを数回して椅子の背もたれに背を預け直す。
「最初はわたしも中学にあがり友達が少なかったからな。虎子と一緒にいた、イジメなんてなかった」
「……私も……わかる、かも」
「しかし、あの時のわたしはあまりにも無知だった。過去、昔のことで永遠と迷い続けるなど愚か、と思っていたのに。それに気づいてすらいなかった」
自分の腕を摩りながら竜子ちゃんが言う。
「ずっと、昔見た、虎子の拳に憧れ……わたしは修行の時間を長くし……いつも隣にいた、虎子と一緒にいる時間を削り……」
痛々しい。
人は気まぐれで行動し、人に迷惑をかける。
それで『良いことをしたな』と褒められることは少ない、と思う。
褒められたとしても本人は嬉しくないと思うし、第一に不本意なそれを私だったら受け取らない。
そして、いつも言い訳というのは用意されている。
何をしても、本心を嘘で塗り固める。一つの行動にいくつの意味があるかのような言葉を吐く。
悪事が見つかるたびに嘘を吐いて、嘘を吐いて。
何の意味もないのに、楽しいはずがないのに、守ってもらえないのに。
「まあ、中学にあがり小生意気になった男子共が虎子をイジメていたわけだ。わたしにも一度たてついてきたことがあったが、追い返してやったから虎子だけをイジメるようになったんだろう」
「……虎子ちゃんって、私が今まで会った人のなかでも一番優しい人かも。竜子ちゃんの話聞いてると思えてくるよ」
「実際、その通りだ。わたしは、何度虎子に助けられたか……」
俯いていた顔をあげる竜子ちゃん。
言葉を口に出すたびに顔を下へ向けていくその動作が私には共感できるような気もした。けれども少しの苛立ちを感じた。
この気持ちは何なのだろう。
「虎子は成績もよかったし、わたしと同じ高校に入る予定だったのだろうが……気まずかったんだろうな。別の高校に行ってしまった」
「それだけじゃ、ないよね?」
「……虎子をイジメていた奴等もその学校に進学したらしくてな。……わたしは運命を……いや、わたし自身を恨むよ」
……今まであったこと。
「でも、竜子ちゃんも何もしなかったわけじゃないんでしょ?」
「……虎子の見ていないところで行動するしかなかった、恥など捨てて虎子に謝り一緒に問題を解決していけばよかった。全ての敵から虎子を救ってやれば――」
「竜子ちゃん!!」
……何だか、苛立ちの理由がわかった気がする。
私は影流や海弟にいつも助けられていて……その二人の背中をいつも見ていて。
「違うよ。竜子ちゃん。ううん、違わないんだろうけど。竜子ちゃんは何で自分を責めるの?」
「……わたしのせいで虎子が悲しんだんだ。あれほど仲の良かった友達を、自らの手で苦しめたんだ!」
涙を流しながら、椅子から勢いよく立ち上がり叫ぶ竜子ちゃん。
それには迫力があり、反論するのにも度胸がいる……けど、ここで何も言わなかったら……またおかしなことになる。
絶対に、気づかせてあげなきゃいけない。
それには拳はいらないし、剣を交える必要だってない。
私は、何にも出来ないなんてことはない。
「竜子ちゃん、何で後ろを向くの?」
言葉の意味なんて知らない。
何を考えているわけでもないのだから。
ただ、感じたことを呟くだけでいい。
相手に対して思ったことが、自分の中で一番大切なものなんだから。
それを相手に伝えてあげなきゃいけない。
「わたしのせいだ、って。おかしいよ。私は過去の話をしてもらったつもりだけど、竜子ちゃんの本音を聞いているみたいに思えたよ」
だから苛立ちを感じた。
過去だ、過去だと自分では言っているのに、それこそが本心。
前に進むことの出来るチャンスはもらっているのに、肝心なことに気づいていない。
「虎子ちゃんは、竜子ちゃんのことを……恨んでなんかないと思うし、誰かに謝ってもらおうなんて思ってないよ」
「……お前に、わかるのか? わたしの話を聞いただけなのに」
「竜子ちゃんは肝心なことに気づいていないんだよ」
そう――
「虎子ちゃんは誰よりも優しいのに、いいよっ、って言ってくれるのに。一人で悩んでるなんてダメだよ」
ふらっ、とよろめく竜子ちゃん。
この言葉が心に響いたのなら、きっと。
きっと、竜虎ちゃんは前に進むはず。チャンスを手にするだけじゃない。
大チャンスに変えて今までの分、取り戻してもまだ足りない。
たくさんの思い出や経験を積んでいかないと、全然楽しくない!
海弟風に言うならば、そう……だな。
「目の前の鍵はお前の心を開く鍵か? それとも目の前にある扉を開く鍵か? って、こんな感じかな?」
私も恥ずかしくて、少し顔を赤く染めていると聞こえてきた。
「……ふ」
短く、確かに聞こえた。
竜子ちゃんの笑い声。
「ふふ、どちらを選んでも……わたしは前に進んでしまうな」
「……自分の意思で、だよ」
目のふちを何度か擦ると私に背を向けて部屋の外へと向かう。
扉の目の前で竜子ちゃんは立ち止まり、呟く。
「わたしも今日は学校を休もう。電話をしてくる」
……一歩は大きくなくてもいいから。
恥ずかしくたっていいから、その気持ちを……感情を、大切にしてほしいなぁ、って。
部屋から出て行く竜子ちゃん。
私は一人になってしまった。
「……うーん、竜子ちゃんと虎子ちゃんが仲良くなったら……そうだ、三人で買い物に行こう!」
私も竜子ちゃんも虎子ちゃんも、普通じゃない……といえばそうなんだけど。
そんなことを忘れて。
☆
……海弟に邪魔されちゃった、けど……まあいいや。
まだまだ一緒にいられるんだから!
はい、ってなわけで繋がりました。たぶん。
もう今回の閑話でよかったんじゃない? って気もしますが500話先に突破してから書こうぜ、ってな感じですよね!
記念とか大好きで大面倒なわけですが。
大面倒って何でしょうね。
まあ、記念だ! 閑話書こうぜ!
ってのを何回かすっぽかしてきたような気もしますが……。
まあ、500話いってからのお楽しみってことで。