第496話大人の事情とベッドの周囲
作者からの説明はなし、ってことで。
うん、言い訳はしない。
……体中が痺れている……いや、疲労が原因なのはわかった。
この倦怠感というか……それ以上に気力が吸い取られていくような――
「吸引!」
「吸引! ……じゃねぇよ!」
ホントに吸い取られてたッ!?
とりあえず芋虫の犬死ちゃんをベッドから蹴りだす。
何だよコイツ。何で新しい技編み出しちゃってるの?
「い、痛い……」
「俺のベッドに潜り込んでくるなッ! 俺から気力を吸い取るなッ!」
「だって、こっちの世界にいると力が回復しないから、こうするしかないんだよ! 回復スピード遅いけどね!」
「……夜中の間ずっと?」
「イエ――」
「イエスとは言わせないッ! 信じないからな!」
何だよこれ、俺には疲労タイムしかないっていうのか!
体が重いぞコラ。
「……ったく、二度寝する! 一度目は寝てると言えないんだがな……ったく」
「ったく、わたしは朝ご飯に行ってきます!」
「……いってらっしゃい」
……ああ、騒がしき朝の日常。
☆
ごーん、という大きな物音……たぶん時計が鳴った音だろう。
その音に起こされ上半身を起こす。
「あ、起きた」
「ん? ああ、青空か」
俺が寝ているベッドに座っていた。
ちなみに青空が顔を近づけているなんていうおいしいイベントはない。
先手だろうが後手だろうが奪われていくのが世の中なのだよ。
厳しすぎる。
「昨日はすぐ寝ちゃったんだねー」
「寝た、というより運ばれたって方が正しいかもな」
この部屋まで来た記憶が俺にはないんだが……。
溜息を吐いてから青空を見る。
向こうの世界での私服に似たところがある服を着ている青空。
こんな場所なのだが、元の世界をついつい思い出してしまう。
異世界だけでなく、裏の世界でもあるのに……懐かしいのだろうな。
体を動かしてベッドから降りる。
まだ体中から疲れが抜けていないが、一日中だらだらしていたらメシは食えん。
次の夕食を逃したら俺は餓死するぞ。
時刻は五時という微妙な時刻。
今更、昼食をくれ、などと言うに言えない。
「影流にも軽く聞いてみたんだが、こっちの生活で何か変わったことがあるか?」
「ママ、ってヤツだよね? セリーちゃんから聞いたよ。大丈夫、平凡そのもの、だけど学校に顔は出しておきたいなぁ」
今更学歴など気にしてもどうにもならないだろうに。
俺達の就職先は王、王妃、騎士に固定だ。
いや、俺だけ固定じゃないかな?
コキコキと首を鳴らしてから伸びを一度して部屋にあった箪笥の中を見る。
男物の服がぎっしりと詰まっている。
あわせてみれば、俺と同じサイズのもののようだ。
全部オーダーメイドとかだったらカッコいいな、さすが金持ち。と言ってやるところだが残念ながら同じサイズの男物の服を大量に買ってきただけのようらしい。
誰だよ、ここに某洋服専門店の袋捨てていったのは。
「ま、色々気にしないことだ。もしも、があったらお前も向こうに戻ればいいし」
「……うーん、戻らない、かもね」
「そうか。そりゃあよか……馬鹿を言うなよ?」
神を食う。いや、喰う奴が敵になるかも知れないのだ。
いいや、セリーがこちらの味方をしている以上、敵になる確率が高い。
俺にアイツも馬鹿じゃない。ママ、という存在は俺と敵対するだろうから手を組もう、ということで近寄ってきたのだろうし。
そして、セリー一人じゃあ勝てない存在でもある。半分を喰われた、とかも言っていたな。
つまり、セリーは全快の能力を持っていない、失ったわけである。
それでも強いのは自身の努力から来るものなのだろうか、わからない。
アイツに対し、俺も興味を示している場合ではないのだ。
出来るならばママ、というのは和解したい存在であるのだから。
よく言うだろう?
攻めたことのない兵士と陥落したことのない城。
取るなら後者と言われるが、本人からすりゃ前者だよな。
争いはないに限る。
攻めなどいらん、守りなどいらん。
言葉があれば平和に解決するのです。
ほっほっほ、と笑いながら服を選んでいると――突然俺の部屋の扉が木っ端微塵になる。
おかしい、言葉があれば平和ではなかったのか。
「海弟ッ! わたしがウズウズしているというのに……影流ならば察して話しかけてくれるんだがな」
「……いや、すまん。色々すまん」
とりあえず謝っておく俺は未来永劫コイツには勝てないのだろう。
ずかずかと部屋に入ってくる扉を破壊した犯人、竜子。
いや、いいんだけど。コイツの家だからいいんだけどさ。
「道場に来い」
「嫌だ――」
うわ、目が本気だ。
「――と、言ったら?」
……はっは、いやだな。答えはわかっていますよ。
「着替えたらいく。待っていてくれ」
影流はこんな生活に耐えていたのだろうか?
犬死ちゃんとかの分はないとしても毎日疲れが溜まりまくりだ。
青空と竜子が去っていく。
女の着替えが男に見せるためにあるのではないように、男の着替えは女に見せるためにあるのではない。
「うう、女の子に囲まれているのに俺はチェリボ――」
「チェリー?」
……お前、いきなり現れるなよ。
声で大体はわかっていたのだが、とか無駄なことを思いつつ壊れている扉のほうを向く。
虎子さんがいました。
この子は比較的安全かな。うん。
「いや、何でもないんだ。というか着替え中なんだがな」
「でもすごい音したけど。海弟が着替えると扉が爆破するの?」
「……ああ」
むっ、とした表情をする虎子。
それにすぐ気づき、思う前に口にだしてしまう俺。
こういうことってあるよね。
「お前、変わったな」
「……え、う……うん」
着替える気力、というか俺にも心の準備があるわけですよ。
ベッドに座ると虎子も座るようにぽんぽん、と俺の座った場所の隣を叩く。
「……あ、いい……かな?」
「おう」
そんなに緊張することはない。同居した仲だろうに。
無意味に顔を赤く染める虎子の虎耳を見つつ話す。
「変わった、って言ってもお前は昔の青空みたいだなぁ、って。一皮じゃなくて自分の殻から出たばかりのひよこみたいな」
「虎、なのにね……」
「……笑えん」
「……」
「ま、まあ。前よりかはいいと思うぞ。青空、吹っ切れたように元気だろ? お前も"普通の女の子"ってのを目指せるんだよ」
青空みたいにいきなり王妃様をやれ、とか……。
そんなことを言われずに、この世界で、自分なりの生き方を見つけていく一人の女の子。
「竜子と、もしかしたら青空とも。何かあったんだろ?」
「最初から、話してもいいかな?」
少し目をうるうるとさせ、こっちの目を見て真剣に言われちゃあ断れないだろう。
「長くなると竜子に殴られるから嫌だ」
「……う、うん。そう、だよね」
「だから最初からじゃなくていい。短く話をしろ」
「へ?」
「お前の感じたことだけ聞きたいんだよ、俺は」
……小さく、こくりと頷く虎子。
もちろん、ぼそぼそと長々と、永遠に……虎子ちゃんは喋っていましたとさ。
俺をこの子は殺す気だよ、絶対。
自伝でも書いて俺に渡してくれよもう。
「長くなっちゃったね」
「ああ、長すぎて震えが止まらないぜ」
殴る? 蹴る? いいえ、投げるんです。これが一番、怖いんです。
「ごめん」
「……むぅ。まあ仕方ないさ」
一人で虎子も立って、歩き始めたんだなぁ、と思うとな。
ま、コイツも歩き方を忘れている……なんてことはないだろ。
何たってこの頼もしい足。細いが筋肉質。
素晴らしいね!
「スッキリしたはずなのに、何だか複雑な心境なのは何故?」
「俺の心が不純なもので満ちているからだ」
ふっ、簡潔。簡潔すぎる。
それでいてわかりやすい。
これはもう『未来永劫~俺様用語辞典~』に載ってもいいだろう。
ちなみに価格は一冊『1300円』だ。
広辞苑よりも小さい字でページいっぱいに詰められた俺様用語がきっと君を迎えてくれる。
……俺はパンチで出迎えてもらうことになるかな。
虎子と海弟の伏線回収が面倒だったので……やってしまったんだー!!
いや、普通にスルーしてくれるのならばそれで良いのですが、自分の気がすまないというか何というか。
とりあえず青空、または虎子、もしくは竜子。
で、この三人のうち一人の視点で次の話を書こうかなぁ、と思います。
海弟の登場はなし、海弟が来る前の話ですね。
うん、虎子が海弟に話した内容の詳細的な話になると思います。
シリアスがぶっ壊れたら本当にゴメンなさいなので手は付けたくないのですが……ね!