第484話名前と勢い
いやぁ、コーラってうまいですね。
訓練終了、風呂終了、就寝タイム。
俺の中で揺るがない寝る時間。そりゃあふわふわのベッドがあるのだ、揺るぎようがない。
神様探しだってしたくなくなる。ああ、神様探しといっても俺が探すのは犬死ちゃんか。で、犬死ちゃんが探しているのがこの世界の神と。
何だか複雑だ。
横たわって煩悩その他もろもろと戯れているとノックなしで俺の部屋の扉が開く。
何事!?
「海弟様ッ! 苦情、苦情、苦情! 何て訓練してるんですか!」
「寝る」
「寝る訓練!? いや、必要ないですよ。私が言っているのは兵士達の訓練のことです!」
いや、俺は寝る訓練などしているつもりはないんだがな。
面倒だから寝ると……はあ、まあ良いか。
上半身を起こして侵入者、ファンを視界に捕らえる。
夜着姿のファンに何故だか色気を感じられないのだが、それは胸が『ズキュンズキューン』だからだろうか。
いや、何この『ズキュンズキューン』っての。成長の見込みがないから触れるな、てこと? オーケー、了解。
大丈夫、影流は胸の大小を気にする男じゃない。あえて言うなら気にするのは性格と性別だ。よかったな女に産まれて!
「兵士の訓練、って俺は実践経験を積ませるために五時間ぶっ通しの模擬戦を――」
「知ってます! 何でそんなことをしたんですか! おかげで怪我人続出ですよ!」
「いや、当然だろ。気を抜いたら実践じゃあ死ぬ。元々訓練とはいえ腹筋とか、そんなものより試合の方が何万倍も危険だからな」
怪我程度で済んでよかったな!
それに、必要な筋肉だけを実践では鍛えられるからな、それを何万と続けたんだ。明日は筋肉痛確定!
その後は肉体的に少し強くなっているはずだ。
まあ、魔法専門のファンにはわからないだろうな。
「鼓膜破りますよ。いや、脳だってチンできます」
「物騒な」
コイツならやりかねん。
どんな手段を使うかは知らないが……いや、コイツは特殊魔法を使えたな。
「明日からは普通に訓練してくださいね!」
「へ?」
「明日、普通、訓練! この三つです!」
溜息を漏らすファン。
幸せとともに不幸だって逃げ出してしまいそうな溜息だ。
「まあ、元気出せ。俺は明日の訓練しないが」
「後半がよく聞き取れなかったのですが、まあ私はそろそろ寝るのでおやすみなさい」
この野郎! いや、この娘ッ!
どっちでもいいか。どうせ『ズキュンズキューン』だし。
…………?
え、ファンさん!? あなた読心術でも使えるの!?
「うわぁぁぁぁっ!」
振り向いたファンに襲い掛かられる俺。
何だ、何が起きてギャァァァァッ!!
☆
ぐすん、お婿にいけない。
お嫁をもらおう。
さて、俺の部屋が陥落した。
特にベッドが悲惨だ。
「……俺の熟睡が」
チラリと背後のファンを見る。あれ、いない。
逃げたな。
「……はぁ、どうしよう……かな?」
俺の視界に入ったそれはこの部屋の中にあっても無事だったようで……俺は何かを感じ取りそれを手に取る。
そろそろ、名づけてやるべきか。
座れる場所がないので床に座り鞘から剣を抜く。
刃こぼれなどしていない、見事な刀身。改めてみると触れるのさえ戸惑ってしまう。
発光剣とか|発光剣(ECOソード)とか言ってすみませんでした。
「さて、名前なぁ……」
どんな"モノ"でも名前を付けた"モノ"は強くなるのだ。
いや、その程度で……と思うのだろうが、このことにより人間側が魔物に名前を付けない理由になったのだから名前に意味はあるのだろう。
そのちょっぴりの強さが怖い、そのちょっぴりの強さを手に入れたい。
そんな生き物である、人って。
「というわけで俺一人の判断で名前付けちゃうぞー。そうだな」
発光剣、という元の部分から変えてみたらどうだろうか。
光ることも斬ることも出来るのだから鉱山剣もとい光斬剣。
それだと光を切るってイメージになるなぁ。
光とともに斬る。
『光to斬剣』
何だコレ。
さすがに俺でもないぞ。
「うん、お前はずっと発光剣だ。異論はそのまま飲み込むがいい、口にだすな。思考で考えるな。魂で感じろ」
発光剣……元祖。
元祖! 発光剣。
いいな、何か響きがいいな。
「これからもよろしくな、元祖! 発光剣」
点滅するかのように光る元祖! 発光剣。
何!? 嫌なのか!
……ってアレ? 何コレ、コイツ意思でも持ってるのか?
おかしいな、俺は光れなんて命令してすらいないのだが。
……うーん。
「元祖! 発光剣」
ピカピカリーン
……反応してるー!!
おお、これは新発見ですよ。
師匠か? きっとそうだな。この剣に意思があるのは師匠のせいだ。
そう思わずにはいられないだろう、なぁ?
「発光剣」
光らない。
「元祖! 発光剣」
ピカピカリーン
「発光剣」
光らない。
「元祖! 発光剣」
ピカピカリーン
「が――」
ピカピカキラキラ
……はあ。
妥協しよう。元祖はなしだ。
お前は発光剣な。
まったく、名前を付けたら強くなるって意思が芽生えるって意味なのか?
違うだろう。
待てよ? 数多くの名前を即興で付け即行で捨ててきたんだ。
気づかないのも……納得できる。
「まあ良いか。行くぜ発光剣、寝ずに特訓だッ!」
素振りに素振りに素振りに素振りッ!
休むことなど考えるな! どうせベッドは粉々だ!
勢いに任せて中庭に出ると、刀身むき出しの剣を両手で握る。
演舞でも演じるかのような軽やかさ、それ以上に魅せるための無駄ない動き。
更に加速するための反動。
一緒にやろうとすれば素早さがでないばかりかバランスを崩すのだろう。
問題ない、これは訓練だ!
「肉体強化した状態なら出来るんだ。感覚は既に掴めて――」
ブオォォン
物凄いスピードで振られる俺の剣。
重心移動は既にある程度使える。無駄のない動きは素早さの先端を目指していけば身につく。
軽やかさなど、意識を切り替えれば簡単に手に入る。
アレだ、最高潮の状態。
何をしても成功しそうな、そんな状態。
「普通の訓練などしたくはない。やるなら最強の訓練だ!」
キツさなど師匠に魔法を教えられたときに比べれば……。
まあ、俺が自分を鍛えるのなんて気が向いたときぐらいなのだ、今は存分に体を動かそうじゃないか。
元祖! 発光剣は犠牲になったのだ……。
冗談です。死んでません、海弟の心の中で生きています。たぶん。
にしても、勢いで行動する海弟も久しぶりのような……。
毎回勢いだけでやってる気もしますがね!