第474話旅の宿と大会の話
簡単な話?
いえいえ、チョー難しい話です。
平和だ。
兎に角平和。飽き飽きするほどに。
コレはもう核の一つ完成させちゃってもいいよね? ってぐらい平和だ。
さすがにそれはいけないか。
馬車の揺れの中で空想に耽ること数時間、馬車が止まる。
馬車の外を見れば豪勢な屋敷……いや、見たことあるような外観の……宿か。
夜になったのは知っているので、今日はここで休むのだろうことは察することが出来る。
いやぁ、馬車の中で寝るとかじゃなくてよかったよかった。
馬車の扉が開かれる、すると従者となっている人が俺たちを案内、先導し宿へ招いてくれた。
それに付いていく俺とセリー。
宿の内部も豪華になっていて、部屋の数はたくさんありそうで……しかも風呂もあるらしい。
矢印マークで案内されている。
「では、私は馬車を止めてきますから。これ鍵です」
俺に鍵を渡す従者。そのままペコペコ頭を下げると宿の外に行ってしまった。
握らされた鍵を見てから周囲を見回す。
鍵には番号が刻まれており『508』と、つまり部屋の番号となるわけだ。
俺たちには荷物もないのでそのまま部屋に行けば良いわけだが、どういうわけか鍵が一つしかないのだが。
おかしい、セリーの分の部屋は? 俺と同室?
馬鹿な。
「まあ良い。俺は腹減った」
「ねむぅーイッ!?」
ゴツンッ
痛そうな音がしたな。うん。
振り向くとセリーが頭を抱えていて、何やら大きなものが入り口からこの宿の中に運ばれている最中だった。
「何だアレは」
鉄製の箱。それも大人が一人入れてしまいそうなほど大きい。
その角がセリーの頭に当たったらしい。
「すんません。大丈夫ッスか?」
その鉄製の箱を持った男がこっちを見て言う。
重そうなので早めに通してあげよう。
「ん? どうかしました?」
「え、あ、何か当たりませんでした?」
「いえいえ」
「そッスか」
そのまま宿の奥に運ばれていく鉄の箱。
中に何があるかは知らない。
「せ、セリーは、いるぅからー!」
素早い動きで立ち上がるセリー。
誰が何を言おうと俺はお前が悪いと言い続けるぞ。
神なら避けろ。
「さ、部屋に行くぞ」
「……」
何だ、ムスッとして。
可愛くないぞ。
☆
部屋の中まで豪華ッ!
血税で泊まれる俺は最高の気分だぜッ!
にしても、こんな宿もあるんだなぁ。
道端にあるような宿じゃないぞ。
外に出たときに見たのだが、周囲に町はあるように見えなかった。
つまりはアレだ。えらく違和感がある。
「むぅ、影流は良い生活してたんだなぁ」
俺との違いは凄まじいぜ。
毎日のようにハチャメチャしてるよりもこっちの方が良いかもなぁ。
少し離れたところにあるベッドに体を預けるように倒れると天井を眺める。
シャンデリアが光っている。それに真っ白な天井。
これぞ異世界って感じなのだが……これ以上の成金オーラを感じている気がするんだが。
チラリと視線を右へ向ける。
「……いや、それはどうかと思う」
鹿の顔の剥製が飾られていた。
何だかんだでありそうだよね、こういうの。
まあ実際にあるわけなんだが、こう……視線を感じるなコレ。
「セリー、何か布」
「はぁいー」
渡された白い布を鹿の顔に被せておく。
コレでよし。
「さて、食事もしたいんだが……何より眠いッ! 更に眠い、そして寝たいッ!」
「さっきおなぁか減ったって言って――」
「アレはアレ、コレはコレ。それはそれだったりする。ベッドがあるなら寝るしかない」
「セリーは?」
「床がいいか廊下がいいか永眠したいか選べ」
「逆」
「天井か?」
「もぉう!」
部屋を出て行くセリー。
ベッドで寝れると思うなよ。というか廊下を選ぶのか。
『うっ、なっ!?』
『セリーはこぉで寝るからー』
『え、ええっ!?』
『あなたろぉかね』
隣の部屋から何やら聞こえてくるな。
ったく、高そうな宿のわりに防音できてないじゃないか。
これじゃあプライベートな空間と言えないぞ!
さて、風呂ぐらいは……いや、朝で良いか。
腹も減ってるんだがそっちも朝で。
健康に悪い? はっはっは、馬鹿か。
健康に良いことなんてないんだよ。健康によいことは大概、普通にやってなくちゃいけないことなんだ。
手洗いうがいも三食食べることも。
例外は認めん。全部こなしてこそ真の健康だ。
さて、俺は不健康なので寝るとしようか。
意味不明だな。うん。
☆
ベレテナの中央、つまり王都となる場所。
そこにある城の接待室のようなところにこの城の主、この国の王はいた。
その王は一人も護衛を連れていない。その洗練された強さは他者の力さえも邪魔としてしまう。
対面には跪く若者がいる。彼はこの国の者ではない。
他国からの使者であり、現在この場の雰囲気をヒシヒシと感じているわけである。
その緊張感ともいうべき雰囲気を放っている『王』という職業の本人は使者の持ってきた手紙を机の上に置くと使者のほうを向く。
内容は大体把握できた。
「約束を反故にするのには関心しない、が……代わりの者というのは?」
トントン、と机の上に置かれた手紙を二度叩く。
若干の期待の含まれた声音に使者は一度息を呑んでから喋りだす。
「っ、こちらへ向かわれているのは王直属部隊、自由部隊隊長の海――」
「何ッ!?」
いきなり立ち上がった王にビクリと反応する使者。
この仕事は何度やっても緊張することだろう。
その様子を見て静かに座りなおす王。
「ごほんっ。良いだろう、楽しみだ」
口の端を吊り上げ、言葉通り気持ちの弾みを満遍なく表現している王に使者は短く言葉を残し退室する。
王の許可なく……と普通ならばなるのだがそこまで王は硬くない、それに今は気分がいいのだろう。
「ふむ、来るか。台風の目」
嵐よりも強靭な風を纏い、噴火した火山よりも恐ろしい業火を扱い、海流さえも打ち消すほどの水流を作る。
大げさなのかも知れないが、そんな噂もある。
「海弟、接する機会は短かったが……今回、手合わせできるだろうか」
この武道大会には予選、本戦、決勝戦とある。
王の招待した人物は予選なしでいきなり本戦で戦うことが出来る。つまり、今回で言う――
「――各国の王。並べても……見劣りはしないな」
ルールがあり、争いがある。
誰も口には出さないが、戦争である。今回の武道大会のメインとなるのはそれ。
勝てばこの大陸の中でも優れた国の王として認識され、負ければ他の国よりも劣っている王と認識される。
しかし、王としても予選から勝ち抜いてきた者達をないがしろにする気はない。
「予選通過者はすべて我が国の兵士として雇う、更にこの大陸にひしめく国々の優劣が……この大会でつくわけだ」
コレはもうスキップして城下町を一周したって良い気分の王は自らの得物に触れる。
腰にぶら下げたそれは大剣。片手で扱う武器でもなく、ほどよい重さの両手剣でもない。
ただ、この国の王はそれを片手で扱ってしまうし腰にぶら下げていても違和感さえ与えないのである。
こんな王が五人……いや、四人も集まってくる武道大会。
波乱の予感。
大戦勃発?
そんな武道大会です。
各国に招待状を送っていたわけですね。
この中で海弟はどうするんでしょうね……。