第466話『手足の痺れにフルパワーマジック☆』by海弟
力取り戻しただけでボスに突っ込んでいく海弟。
自分の中では勝率ゼロパーセントです。
覚えている。
この道、このにおい。
少し哀愁ある雰囲気に冷たい風。
さて、思い出に浸るのもそこまで、か。
あるいは走馬灯はここまでしか俺に過去を見せてくれなかったのか……かな。
「虎子さーん!? ちょ、その拳は仕舞おうか! もう本気で殴らなくて良いから! なぁ!」
「両手で殴れば本気の二乗だよ?」
「二乗できるのならば二で割ることも出来るはずだ! 威力二割減ッ!」
「二で割れてないッ!」
何てこったい!
馬乗りになった虎子のグーパンチが俺の頬を捉える。
響いた音はきっとアレだよ。教会の鐘の音さえも打ち消してしまうほど大きかったに違いない。
歯が折れてないのが奇跡だ。
やっぱり甘いものを毎日食べているから歯が鍛えられているんだな! はっはっは。
「舌は噛んだけれども。血が……」
「今回はこれで許すけど、次に口に出したりしたら……」
「わかった。見るだけに留める」
「そういう意味で受け取るかなぁ、普通」
半ば呆れた口調で呟く虎子を尻目に俺は立ち上がると神殿と表すに相応しいドーム状の建物へ向かい走る。
ヒシヒシと感じる戦場の雰囲気などないが、ここで俺はこの世界で最後の戦いをしようとしている。
「にしても、お前いつ着替えたんだよ」
「さっき」
……曖昧な返事だなぁ。
私服らしいラフな格好でいる虎子に呆れたような視線を送る。
はぁ、俺は虎子の実家からずっと柔道着だぜ?
ったく、決戦向きじゃないぜオイ。
まあ良い、大事なのは雰囲気よ。
「虎子、俺に力を貸してくれるか?」
「……じゃあ、海弟はあたしに力を貸してくれるの?」
「おう」
当然。
最初に言った、俺に力を貸す代わりにお前に力を貸すという約束。
本当に最初で最後に果たせそうでよかったな虎子!
「じゃあ、海弟の後ろを歩いてみようかな。少しの間だけ」
「後ろなんて言うな。隣にいろ。追いつけないペースでここからは飛ばすぜ?」
虎子は守られる女じゃあないからな。
どちらかと言うと……うーん、よし。
「透ける女ってことで」
「二度目だよね」
「……お、おう」
俺には視線を逸らすことしか出来ない。
☆
決戦前にボロボロだぜ。
HAHAHA!
「この程度で挫ける俺じゃないぜ!」
……やばい、足が動かない。
おおおう、手の振るえが止まらない!?
何だこれ!
「本気は見せたけど、あたしの限界は見せてなかったり」
「はっは、冗談キツいぜ」
これじゃあ土下座もできねぇぜ。
いや、もう殴られたし必要ないだろうけど。
「……ちょい、おんぶ」
「先行くから」
「待ってーい!」
あれ、本気でホントに行っちゃうの!?
カムバァァァァック!!
虎子の姿が神殿の中へと消える。
どうやら俺の心の中の叫びは聞こえなかったらしい。当然といえば当然である。
「……クッ、どうする。虎子に必要以上に殴られ手足が動かな……治癒魔法があるじゃない☆」
疲労じゃないのなら治せる、それがハイパー治癒マジック。
☆
少し怖い。
体は震えないけれども、確実に死が目前にあるようで居心地が悪い。
それは違和感などではなく、明確なもの。
「……パパ? 誰のことだ?」
影流が言う。
後ろに隠れるようにしている私だけれども、その後ろから顔だけをひょっこりと出して話し相手となっている少女を見る。
その少女は笑みを崩さず言う。
「もぉーすぐ来ますから……あ」
少女の視線が私達の背後へと向かう。
ホールとなっている神殿の内部なので音はよく響き、その足音は私達の耳に届いた。
「……何だ、ちがぁう人ですね」
その少女の姿は虎耳に虎の尻尾。
可愛らしい少女、というのが私の第一印象。
けれども影流はそれ以上の印象があったようで驚いている様子。
「お前は、あの時の……つまり、パパというのは……」
一人で考え込んでいる様子の影流。
獣耳、尻尾?
……そういえば、影流に海弟がそんな少女を追いかけてたとか……何とか。
まさかこの子!?
ま、まさかぁ、そんなことはない。ない、ない、なくないかも……海弟だし。
「……あ、あの、あなたは……誰かな?」
影流は考え込んでいる様子なので私が聞いてみる。
「海弟の、知り合い……で良いかな。ここが目的地みたいだったし、あなた達も知り合いなんだよね、海弟の」
……知り合いなんだ。
うん、声掛けたんだ海弟。
獣耳が好きなんだ、海弟。
そういえば前にバニーのコスプレも……う、うー。
これはアレだよ!
コスプレだ! 偽者に惑わされないで海弟! 本物だっていないけど!
「いや、海弟は偽者の方が好きなのかな。ダメ、深く考えれば考えるほど海弟が最低の人間に見えてきちゃう!」
実際そうだと本人は言いそうだけど。
だけど、自分で自分の良いところに気づけないのはきっと、恥ずかしいからないんだよね。
私だって自分の悪いところばかり探してしまう人だから。
「だから、今は人の悪いとこ探すの中止! 私は……影流!」
「ああ、海弟に会う前に、そこの少女からも話を聞いておきたいな」
「……あ」
……あ?
「ごめんなさい、何をするか聞いてきてません」
コレはもうショックで何を言えば良いのかわからないかも。
「ふふふ、パパの周りは面白い人がいっぱぁい。けど、周りの人はいらないの」
「パパ、というのは海弟なのはわかった。だが、その周りにいるのが俺達? 違うな、俺達は――」
影流の言葉を遮るようにもう一人の言葉が響く。
「――お前達の遠くに俺はいるッ! 結構強く結構弱い俺だからなッ!」
……ごめん、海弟にはもう悪い部分しか残ってないのかも知れない。
よーし、影流に言わせたかった台詞
「パパ、というのは海弟なのはわかった。だが、その周りにいるのが俺達? 違うな、俺達は海弟の傍にいる! どれだけ遠くにいたってだ!」
を見事に遮ってくださいました。
何だよ、何処まで王道を潰したいんだよ! もう邪道でも外道でも何でもないぞコンチクショウ!