第461話平和と爺さん
そりぁ、雨のなかで何時間も待ってたら風邪になる。
何故だろうか。視界が霞んで……体も少しだるい。
毛布を退けて匍匐前進で部屋を出ると冷気の漂う廊下へと上半身を突っ込ませる。
下半身も……というところでなんとも言い表すことの出来ない感覚――
「ハックション!!」
――どうやら、風邪らしいな。
☆
ああ、意識したらどんどん体が……。
リビングに敷かれた、虎子が俺にくれた布団。
その中で蹲るように横たわる俺。
こっちの世界に来て、心も体も弱くなってしまったようだ。
「……はぁ、虎子。腹減った」
「パンでいい? 忙しいか――」
「お粥だろうそこは! 女の子の手料理! イッツ、ア、マジック!!」
「ご、ごめん。だけど、作ったことないからね?」
「女の子の手料理は魔法のお薬です☆」
あれ、何でコイツ頭逝っちゃってるんじゃないか? 的な視線を俺は送られているの?
熱のせいか涙が出てくるよ?
「……時間ないし、パンでいいよね。パンも手作り」
「焼くだけじゃあ手作りと言わないだろ。料理は愛が肝心よ。愛が」
俺に背を向けキッチンへと向かっていく虎子さん。
パンじゃ我慢できないんだよ!!
くそう、何とかせねば。
ズキンズキン痛む頭をフル回転させ、プスンプスン煙をあげていると目の前に焼けていないパンが皿に乗せ置かれる。
「……え?」
「時間ないから!」
「待てィ!!」
気力の無い俺の手は振り切られ玄関向かい全力疾走する虎子。
クッ、焼く工程すら省かれるとは思わなかった。
ゆらりと起き上がるとパンの置かれた皿を見つめる。
……腹に溜めておかないと昼ごろに死ぬなぁ、コレは。
「……毒薬の味だ」
☆
基本的に俺は甘い物好きである。
つまり糖分は体に良いのである……とは限らない。
栄養というのは偏ると体に悪いものだ。
まあ、何と言えばいいのか。
「パンだけで足りるはずがないだろう!」
そういうことだ。
もう栄養なんていいから兎に角食べたい。
暴飲暴食上等!
毛布をぐるぐると体に巻き付けキッチンへと向かう。
そこには食材を守る番人冷蔵庫がある。
「ひらけー、ごま」
片手で思いっきり冷蔵庫の扉を開くと、中から漂ってくる冷気に負けないように顔面を押し当て冷蔵庫の中身を探る。
食材少ないなぁ、などと思いつつ食べられるものを探しているとチーズが見つかる。
すぐに食べれそうだが個数も少なく量も少ない。
もう少し探るとしよう。
飲み物は牛乳に、ジュースもあるな。あー、お菓子も何処かに仕舞ってあったか。
……風邪をひいた人間に一番良い薬は堕落である! ゆったりごっつり治しちゃおうぜ!
ごっつり、って何だ?
ま、まあ良い。
さて、戦果はあがった。
冷蔵庫の扉を閉めると布団への帰路へつく。
テレビのリモコンも入手し、完全要塞の完成だ。
「さて、まずはテレビ……」
この時間帯はニュースからワイドショーに変わる頃。
俳優と女優の熱愛報道などがメインとなる番組構成を見つつチーズとジュースでお腹を膨らませているとインターホンが鳴る。
……おかしい。
この家には虎子しかこない。ならば、学生が学校にいるであろうこの時間に何故人が尋ねてくる?
いや、宅配便か何かだろうか?
虎子が何か頼む、ということはないから……んー、それもないか。
まあ、絶対に頼んでいないという保障もないし、開けるか。
毛布で体を包むと玄関へ向かいゆっくりと歩き出す。
俺が出る頃にはこの部屋の玄関から去っていてほしいなぁ、とか考えつつたどり着いた玄関の扉を開く。
そして閉める。
「コレはひょっとしてアレかな? 何だろう、うん、何だろう」
『こら、開けんか! コラ! さっきの男はなんじゃ! コルァ!』
うわぁ、何だコレ。
扉を開けた先にいたのは爺さん。
まるで危ない人たちの親玉みたいな顔をしていて、その顔に傷があった。
もう銃器持ち出してきて俺の脳天に一発撃ってきそうな勢いのある人だった。
だから俺は誓おう。
もう、この扉は開けない、とな!
はっは、怖いものから逃げるのは当然だろう? 俺は人間なのだから!
「何だ、鍵は閉めてないじゃないか」
そうか、逃げて当然だが逃げる準備も必要だな。
うん、一度この人には家の外に出てもらおう。そんでもって鍵を閉めなおそう。
布団の中で震える準備は既に出来ているのだから後はそれだけだ。
「ささ、お外にでましょうねー」
「おーい、虎子! いないのかー!」
何だこの爺さん。
俺の耳元で叫ぶんじゃない。
「この、うるさいぞ。俺は病人なんだからな!」
「病人だろうと知ったことか」
わしゃわしゃと俺の頭を力強く撫でる爺さん。
クッ、少し力が戻れば仕返しもできるのに。
……ああ、その前に熱だな。
「おーい、虎子ッ!」
靴を脱ぎ家の中に上がりこむ爺さん。
何だ! 不法侵入は犯罪なんだぞ!
俺だって似たようなものか!
リビングまで爺さんは行くと散らばったお菓子とジュースを見て俺のほうに振り返る。
「何だコレはァ!!」
「リビングだ!」
「違う! 何だこの散らかった、菓子に飲み物まで……なんというぐうたらぶり……」
何だこの爺さん。
俺の治療を馬鹿にするのか!
ふっ、この方法をすれば風邪を何と一日で治せるんだぜ?
え? 何もせずに静かに寝てればいいだろう、って?
「その考えが気に入らないッ! 爺さん、あるもの使って何が悪いんだ!」
「わからんのか! ……む? 何だお前、何で虎子の部屋にいる!」
「居候だからなッ!」
「でていけ!」
「何だと!? 馬鹿め、虎子の了承は得ているぜ!」
「ワシの了承は得ていないだろう! でていけと言っておる!」
「爺さん虎子の何なんだ!」
「爺さんは爺さん。虎子のおじいちゃんだ!」
ナンダッテ!?
おっと、驚きすぎてカタカナだぜ。
ずっと驚いたままなのもアレなので、何か言い返してやろうと考えたときにふらりと前に倒れこむ。
何とか踏ん張るが、その光景を見て笑う爺さんの顔がちょうど見えた。
「馬鹿はなんとか、と言うがアレじゃな。大馬鹿は風邪を引くのだな!」
笑う爺さん……クッ、そのままぎっくり腰になってしまえ!
「アガッ!? が、が……。こ、腰が……」
「クハハハハハッ!! 年寄りがいきがるからこうなるんだ! 病人をいたわりやがれ!」
「こ、この……」
何か言いたげな表情。
ああ、わかっている。わかっているとも。
「家の外はこっちだぜ?」
顔が赤いぞ爺さん。
ふっ、影流と青空視点でそろそろ書きたいぜ。
でも、我慢。まだその時じゃあない。