第440話『こ、このペースなら、いけるっ!』by影流
影流の一人称にも慣れてきたような。
海弟に常識を与え、それに少しの突っ込みを加え、それをぐちゃぐっちゃごっちゃごちゃと混ぜ、秘密のエキスなどいれれば彼になります。
三十秒経過――やはり、と言うべきかこちらの攻撃など当たらない。
動きの差ではない。隙の差というヤツだ。
自分の身に染み付いた一つひとつの動きの中にある自分自身で気づかない隙。
それが全くない。
奇跡でも修練でも身につけることが出来ないだろう、その境地に彼女はいる。
どんな人間にだって隙は出来る。だからこそ最強にはなれない。
けれど、彼女は――
頬を掠める炎。
衝撃のみを残し、肌が焦げることは無い。これも装飾品のおかげ。
あと三十秒もあれば俺に降りそそぐはずである連続した魔法。
その前に倒さなくてはいけない。
思い、正面から突っ込む。
「……強さは、美しい」
俺の周囲を囲むように現れる炎。
身動きが普通は取れない、だが……突っ切る。
ただ目の前にある彼女を目指し炎の壁を走り踏み越える。
その彼女は溜息を吐き首を振る。
「必死さはゴミクズ以下よ」
雷撃が放散するように放たれ俺は動きを止める。
痛みとともに香る匂い。
すぐ近くに彼女、ディティの顔があった。
「才能じゃあ超えられない壁を努力で超え、その先はどうすんの?」
……その先。
今のような状況。それでも勝てない敵が現れて、負けて――
もう一分を超えたらしい、関節を捻じ曲げられるような痛みが走る。
けれども、この装飾品を使わなければもっと俺の体は酷いことになる。
どうすれば良い。
考え、決断する。
「――負けて、負けて、負けて。それが無様だ、カッコ悪いだ言われても! 俺には、才能と努力しか残されていないんだ!」
体中の痛みが、電撃によるものか、効果時間を越えながら使っている装飾品によるものかはわからない。
もう判断出来ないのだ。
だからコレは俺の最後の言葉。
「しか? 違うな。というか残り二つぐらい残っているものはあるぞ」
不意に聞こえてきた言葉。
彼女が振り返り、その後ろの人物が俺にも見えるようになる。
「持つべきものは友であり、持たざるべきは悪魔のような師匠だな」
不敵な笑みを浮かべてこちらに近づいてくる、海弟。
俺の中にある何かが溶けていくのがわかる。
アイツの前では、俺は――張り合いのあるヤツじゃあないといけない。
「俺と青空がいるじゃないか。なぁ、一応幼馴染だろう?」
「……お前が勝手に決めた、な」
だが、確かに幼馴染で俺はいたいと思っている。
だからこそ、俺はアイツの近くで――
グイッ、と目の前にある彼女の片手を掴む。
電撃が消えこちらを振り向く彼女――だが、これは隙だ。最初で最後の。
だから、コレで決める!
掛け声とともに彼女を海弟へ向け放り投げる。
体中の痛みが消え周囲の音が鮮明になる。
瞬間、幼馴染の中でも悪知恵の働く男の叫び声が聞こえてくる。
そちらを見れば、彼女が馬乗りになり動けずにいるその男が居た。
「……投げるなら投げると言え」
「悪かったな。だが避けないお前も悪い」
狙った俺もどうかと思うが――
「――海弟、これはもう捕まえたって事で良いよな?」
「師匠?」
「……んまぁ、いいわ。けどさ、王様ってかあんた」
あんたから王様に言い直すのはわかるが、王様からあんたに言い直されたのは初めてだ。
海弟の頬を一発殴ってから彼女は立ち上がるとこちらまで近づいてくる。
そして俺の首にぶら下がる魔法石を指差す。
「全然説明してなかったこっちもこっちだけどさ。そこまで使いこなせるんだったら必殺技使わないのは何でよ?」
「……必殺技?」
ぶらさがっている魔法石を見る。
俺はあの時、自らの体を守ろうとして……たぶん、体を強化したままにしていた。
けれども、電撃が切れたと同時に俺の痛みは消えた。
つまりは電池切れ、もとい魔力切れなのだろう。それも当然か、魔道は元々魔力をたくさん持つ魔族の扱う武道。
それを魔法石代用しようと言うのだからもって一分。
俺の限界と同じだ。
何だか溜息が出てくる。
しかし、そこで必殺技のことを思い出し顔を上げる。
「説明すると、と……その前に魔法石のとっかえしましょうか」
胸の谷間から加工された魔法石を取り出す彼女は、その格好に何の抵抗もないのだろうか。
自然と吸い寄せられる視線を顔に戻す。
魔力切れの魔法石をどこかへ捨てると新たな魔法石へ入れ替える。
「魔法石を握って」
「握る?」
ぶらさがっているそれを手にとってギュッ、と握る。
何だか生暖かい。
「それを思いっきり前に突き出す!」
言葉通り前に突き出すとチェーンが外れ俺の持つ魔法石の部分を先頭に空を切る装飾品。
そして、それを握る拳は熱い炎に包まれていた。
「おお、何かすごいことになってるな」
いつの間にやら近くに来ていた海弟が頬を摩りながら俺の右手を眺める。
あの光景、アレは完全な魔道とは違う気がするが、属性というか炎の力を秘めた一撃だった気がする。
「ディティ製の鎖は魔法陣の役目を担っているのだから、当然の結果ね!」
「いや、鎖が魔法陣にはならないだろ」
海弟が仕返しとばかりに突っ込むと、ちっちっちと人差し指を何故か両方揺らしながら彼女は答える。
「精霊の力が宿る剣、炎から身を守る盾、空を飛べるようになるマント。どれも魔法道具よ、けれど、それの一個下」
下、となるとそれよりも能力の低い、今並べられた三つよりも性能が悪い品を思い浮かべてしまう。
呪われた剣、ただ売られているような盾、少しそれっぽいマント。
「それが魔法陣ってわけよ。絵を道具に組み込めるようにならなきゃ魔法使いなんて語れないわよ」
「……そ、そんなことないさ。な、影流?」
「いや、正直……すごいとは思う。性能が悪いのではなく、欠点がある、そういう意味での下という言葉だろう?」
うぐぐ、と唸る海弟。
さては出来ないんだな?
「ちょっと頬が痛むから部屋に戻るッ! あとは影流、頼んだ!」
背を向けて城内目指して走っていく海弟。
頬が痛いのは本当なのだろうが、ここを俺に任されても困る。
溜息を吐き、彼女のほうを向く。
「まあ、教えなかったのは私なんだけどね」
あんたのせいかい。
「魔法道具の下だから、魔法欠陥品とでも呼びましょうかね」
「それは色々酷いと思うんだが、まあ正しいな」
俺の持つ、コレだって使用者のことを全く考慮されていない。
それに一分しか効果が続かないという指摘のしようしかない欠陥品だ。
「けど、それ以上に強力だ」
一分しか使えないのだって、俺の体と相性がピッタリなのだと思えば何ともない。
それに必殺技ともいうべき炎のパンチがある。
「魔法陣の種類、まあその拳で出したい魔法を変えたくなったら私に言いなさい。金貨千枚で属性変更を受け付けてあげるわ」
「頼むことはないから安心しておけ」
俺が言うと、少し不満そうになる彼女だが思い出したように表情を変える。
「あんたみたいに、ちょいと使い方のわからない部分がある武器を私も王達に渡したし。いっちょ、説明料ってことで荒稼ぎしてきますか」
何処かへ行こうとする彼女を呼び止める。
「待て! あんたが居ないと、鬼ごっこが終わらないじゃないか!」
「大丈夫よ。私は捕まったってことで良いから。そんなことより、私の部屋は残しておいてよね!」
そう言って中庭を抜け城壁をどんな魔法を使ったかは知らないが飛び越えて外へ出る彼女。
「……あ、突っ込むのを忘れていたが、ディティさんはバニーの格好で……」
ま、まあ夜のうちだけなら目立たないだろう。
そういうお仕事の店も営業することを許可は一応しているし。
残り一人、海弟風に言うならば残り一匹。
残りはたぶん宝物庫だ。
「……でも、少し休んでからでいいかぁ」
体中が痛い。傷が無いから目立たないが、これでも体中がボロボロなのだ。
何で彼女で通したんだろう。
ディティさん、が面倒ならディティで良いじゃない。
まあ、前回今回と影流は成長しましたし、次はコメディー満載行こうぜ!