第435話『今月は超幸福状態だ』by海弟
さて、部隊連中との絡ませ方は忘れていなかったようだ。
いや、毎回違った絡ませ方や性格になっているかも知れない、けれど!
気にしない。
両腕を組み、そこに顎を乗せ目の前で起立している合計七人をジッと眺める。
ちなみに部隊のマスコットであるミゼル君は俺の良心により起こすのをやめておいた。
そして一つ溜息を吐くと座っていた椅子から立ち上がり呟く。
「さて、全員集まったところで聞きたい」
叩き起こされたせいか、女性陣には寝癖のついたものも多いが気にせず進める。
俺の机の上に山積みになっている書類を見て、気づいている者もいるだろうが隊長から話してやるべきだろう。
「徹夜、という言葉を知っているか?」
「それ以前に私達には教師って仕事が残ってるんですけど! 隊長わかってます? 隊長がほっぽりだしたとこ穴埋めしなきゃ――」
「知るかッ!! 子供の未来よりも大事なものがあったんだよ!」
「それこそ知るかです。子供の未来より大切な――」
「俺が教師をしないほうが子供にとって良いことなのです」
黙るアオル君。ふっ、俺の圧勝だ。
何だか悲しい気持ちもあるにはあるが、話を進めることにする。
「各自、書類仕事には慣れていないと思うが一夜にして完璧制覇だ。つまり、全部片付ける!」
苦笑いのような、引きつった笑みを浮かべ始める部隊の面々。
反論はしない、させない。
「と、言うわけでだッ! 適当にサインでもしときゃあ良いんだろうから、やるぞ!」
やる気なく返事が各自聞こえてくる。
配当は均等に、俺も含め効率よくやりたいのでここは卑劣な手段無しでいきたい。
「それとアオル。いや、誰でもいいんだが……」
何も書かれていない紙を取り出す。
「……はい?」
一応呼ばれたアオルが返事をするが、その他の奴等も椅子に深く腰を沈めたままこちらを向く。
何だか恥ずかしいな。
とりあえず読んでおいてアレだがアオル以外の誰にも聞こえないように近くに行って小声で話す。
「誰にも内緒だぞ?」
「……は、はい。何ですか? 忠誠心のカケラもありませんが出来る限りのことはします」
同い年ぐらいなのにしっかりしているなぁ。うん、性格を除けば。
あ、俺もか。
「この紙に部隊の奴等の名前書いといてくれないか?」
「全員?」
「おう、長らく会ってなかったから名前忘れたん――」
何だその人として最低なものを見るような目付きは。
「一応、了解しましたよ。こっちまで恥ずかしいので黙っておきます」
「助かる」
良い部下を持った。
持ち場となる机に戻り最初の書類に手をつける。
どうやら給料の配当表らしい。
うわぁ、これだけで十数枚はある。
「……ほうほう、イリアの給料は――」
瞬間、俺の持つ紙の中心が破けそこから鋭い刃物……いや万年筆が俺の脳天目掛けて襲いかかる。
ギリギリのところ避け、それでも頬を掠めたそれの行く先を見てから叫ぶ。
「さっきの結構小声だったぞ!?」
「うちの隊長は馬鹿ですか! ええ、そうらしいですね。もうやだ……」
ずるりと机に顔面から激突するイリア。起き上がる気力もない――血で机が染まり始めているんだが大丈夫なのだろうか。
テッシュなら……ないぜ。
ったく、しょうがない。
「ちょっとコンビニ行ってくる」
手鏡を取りだ――そうとしたその手を何者かが掴む。
その何者かはこう呟く。
「逃がさねぇ」
渋い声。
手を辿っていくと、やはりギルか。
隊長の優しさを無碍にするとは。まあコンビニに行くのも面倒だしよしとしよう。
両手をあげて降参のポーズを取ると一瞥し去っていくギル。
「ったく、影流にああ言ったものの。これは大変だ」
場を和ませる程度の一発ギャグとか披露してくれる奴がいるのなら和むのだろうが。
……生憎と、根がマジメな奴等ばかりだ。
破れた紙を何とか直そうにも無理そうなので諦めることとして、次に取り掛かろう。
「やあ!」
「俺のやる気を阻害するな。墓場の案内だけはしてやるぞ、勿論地獄行きだ」
背後から襲い掛かる重圧を押し返し後ろを向く。
やる気などはなから無いのだが、ものは言いようというヤツだ。楽しいことには首を突っ込め。
「この硬直していた空気を何とか和ませようと精一杯の"努力"というヤツをしてやったのに、海弟。お前は……悪魔か」
「そうだ。よくぞ見破ったな。さて、墓の用意は出来ているんだがどうする? 紙ならここにいっぱいある。焼くか?」
さて、どうしよう。名前がわからない奴が出てきてしまった。
早速だがアオル君は――あれ、寝てるよ。
「……あれ、色々とおかしいぞ」
理想、俺達は仕事をしている。
現状、俺達は仕事をしているのかも知れない。
未来、していない。
「なあ聞こうじゃないか。未来の後悔は過去に持って来れないんだぜ? 雰囲気などどうでも良い、ようは順序よく課題をクリアできるかどうか、だろう?」
「……そう、かも。だけど、さ!」
「席に戻ろうか。大丈夫、棺桶なら三つぐらい俺は持っている」
入手経路は秘密だ。
さて、名もわからない部隊の仲間との会話が終わったところで寝ているアオル君にお仕置きを――
俺が立ち上がると同時にひらひらと舞い地面に落ちる一枚の紙。
手に取ってみれば、俺の部隊の面々の名前が書いてあった。
「――しないでおこう。まあ、アイツのことだ。寝たまま仕事をやるぐらいの平凡さを見せてくれるだろう」
果たしてそれが平凡なのかどうかはわからないが。
可能性としてありえるのならばそれに俺は期待する。ただ彼女が眠たくて寝たんじゃない、そう信じよう。
似顔絵つきのその紙に書かれている通りに名前を顔を再び覚えること五分。
「これって、どうすればいいんですか?」
三つ折りにされた用紙を三枚ほど持ったヘレンが現れる(バッチリ覚えたぜ)。
その紙を手渡され読むと、どうやら手紙らしい。影流充てのものだ。
「何々? ベレテナ国、第百五十六回国際武道大会招待状」
……何だろうコレは。
国際武道大会って何だよ。しかも無駄に歴史のある大会じゃないか。
「混ざったのかな。まあ良い、返事は任せろ」
影流充てのものだが、返事を書いて封筒に入れれば完璧だ。
ヘレンに自分の席に帰るように言い鏡から紙を取り出し手紙の返事を書く。
『その挑戦受けたッ! テメェは俺が倒す、待っていろベレテナ王! by影流』
完璧だ。
招待状と言うからには影流の強さを見込んで、この大会に参加してほしいと考えているはずだ。
つまり、この返事が正しいわけである。
「観戦のお誘い、なわけないもんな」
何処からともなく取り出した封筒にそれを入れ、送られてきた手紙と一緒に置く。
さて、次だ。
「……ほう、これは。なるほど、俺に任せる理由もわかるな」
ふっ、と鼻で笑い紙を掲げる。
「今月の献立表! 全て空欄になっているということは自由に書き込みオーケー!」
ドドドッ、と集まる部隊連中。
何だ、これは俺の仕事――馬鹿野郎! 俺に黙って書き込み始めるんじゃない!
「向こうの料理が食べたいッ!」
「前に行ったときのおいしかったもんね!」
「全部埋めようぜ」
主犯格の三人を割り出し一掃すると紙を取り返す。
「コレは俺のものだ! 今月の料理の全ては俺が決めるのだッ!」
さて、俺の知識の中にあるお菓子で全て埋めていこう。
虫歯? 関係ないぜ。
俺に虫歯が無いという事は、つまりだ。頑張れば虫歯だって退治できるッ! そういうわけさ。
「お前等は俺が献立表に悩んでいる間に仕事を全部終わらせる事! わかったな!」
さて、地味にやっちまいましたね。
燃やす? 食べる? 放置する?
いえ、しっかり仕事はこなします。自己流で。