第432話『過去も未来も見通す力、か』by海弟
別に『by海弟』をつけなくてもよかったのですが、一応……ね。
暑い、とんでもなく暑い。
理由はいたって簡単だ。
「おい、火を使った料理の屋台を出すのはいいが……一本道のところでぎっしりと連続して店連ねてんじゃねぇよ!」
少し店と店の感覚を空ければ、各路地の間にある隙間から熱気が抜け……この灼熱状態から楽になるのだろうが――そんなのお構いなしの店主達は、火照った体に鞭をうち商売を続けている。
脱水症状になる奴が必ずいるだろう、この道。
「名付けて灼熱道路……暑さの中、命を賭けて歩き続ける亡者の――」
「死人のいる気配なし!」
俺の言葉を遮る犬死ちゃん。暑そうにしている彼女だが、その暑さのせいで脳まで溶けたらしい。
「死んだ奴に気配などあるか」
「えー、あるよ」
妙に真実味のある口調で言う犬死ちゃんだが、残念ながら死人の気配など俺は一度も感じた事はない。
もっと言えば、幽霊や妖怪など……見たことすらないのだ。
いや、いるかどうかすらわからないんだけどね。
こんな世の中ですし、いるかも知れないじゃない。
「ってなわけで、祭りも飽きたし……またちょっかい出しに行くのも面倒だ。幽霊城を探索するぞ!」
ここは城下町だ。ならば城は必ずある!
と、言うか俺たちはそこから出てきたんだ。
そちらの方向を指差し言うと犬死ちゃんがいつも通り反応し突っ込む。
「幽霊なんていないでしょうが!」
「……ふっふっふ、ふっはっはっは。遂に常識まで溶けたか犬死ちゃん!」
バッ、と身を翻し犬死ちゃんへ指差す方向を変えると俺の自論を披露する。
簡単な話なのだ。物凄く簡単な――
「近年物騒でな。あの城では死人が二人も出てしまったのだ! いや、それ以上かも知れんな。だからこそ、幽霊も出るというものだろう!」
「確かに気配はあるけどさ、時間も経っちゃったし消えているんじゃない? 何かに憑いてるならいるかもだけど」
ぶんぶんと腕を振る犬死ちゃんのローブの裾から汗が飛んでくるのでやめてほしい。
両腕を掴み動きを止めると顔を近づけて迫真の演技のもと、静かに告げる。
「暑いのなら幽霊見て涼めばいいじゃない」
犬死ちゃんが生気のない瞳を俺の目に向け短く呟く。
「いません」
いや、いる!
祭りに飽きたからとかいう理由じゃあない。
「いないのならば作ればいいのだから」
「えっ!?」
『生死の門番』さんがいるんだ。数人幽霊化させたところで『祝・幽霊化おめでとうパーティー』が開催される程度だろう。
☆
全く逆なのだ。
幽霊に敏感な犬死ちゃんが『いない』と断言し、幽霊に敏感でない俺が『いる』と断言する。
その展開ですら意外ではあるのだが、簡単な話確認しに行こうという展開になるわけである。
その城の中、というのは魔法でも使ったかのように明るい。電気は通っていないはずなのだが……文明の利器というヤツだろうか。
これはじゃあ出てきたい幽霊も出てこれないじゃないか。
それに人気も多すぎる!
今日は祭りだぞ! みんな外に行くべきじゃあないのか!
「みんな仕事があるんだよお父さん! 勝手にほっぽりだすお父さんみたいな人はいない、ってわけ!」
「はっはっは、何だその嬉しそうな顔は」
頬を抓り、その状態でデコピンまでしてやる。
それだけの罰で許してやったことを感謝しろ。
頬とデコを抑える犬死ちゃんが汗が染みこみ、更にその汗が冷えたローブを俺の頬へピタリと貼り付ける。
それも両頬だ。
「……っ、馬鹿野郎!」
「女の子に野郎ってひどーい!」
笑い逃げる犬死ちゃん。
その姿が透けて――いくはずがないか。超常現象をいくら望もうと超常現象の方から俺たちを拒否されているようだ。
一般人とは誇り高き『超常現象から拒否された人』を意味するのだ。一つ勉強になったな。
けれども俺は一般人の殻を今ここで破らなければいけないのだ。
「犬死ちゃん! レーダーを!」
手のひらを突き出し言う。
「ありません!」
近寄ってきて敬礼し答える犬死ちゃん。
「よーし、じゃあ作るぞ!」
鏡の中から金槌と釘を取り出し言う。
「作れません!」
敬礼から柔軟運動を始め答える犬死ちゃん。
「……じゃあ、まあいいや。適当に歩き回るぞ」
「突っ込みはなしなの? ねぇねぇ、お父さん!」
「トイレならそこにあるぞ」
親切にも指を指して教えてやる。
「トイレじゃなくて! ってわたしが突っ込み!? くそう、何とか逆転しなければ……」
親と子の関係を逆転できると思うなよ?
心の中で嘲笑いつつ廊下を進む。
きっと、きっとこの先で……俺を待っているはずだ。
☆
階段があった。上へ向かった階段ではない。下へ続いているものだ。
その下からはいかにも幽霊が出そうな、そんな薄気味悪い空間が広がっていそうな予感がした。
「って、見張りの兵士さん倒しちゃったけどいいの!?」
「兵士は張り倒されるのがお好きなのよでござる」
俺はアレン君みたいに束縛術の心得などないので心臓を一突き……ではなく、気絶する程度に痛めつけることしか出来ないのだ。
昏睡している兵士二人は静かに床に倒れている。
「兵士に守られていたのなら、絶対何かあるだろう?」
「そ、そりゃあ。でもさ、わたしもこの先何があるかわかんないんだよ!? 探知妨害というか……うまく情報が整理されて送られてこないの! やめようよ」
ほう、若干弱くなっているとは言え……神に匹敵する何かがこの先にあるということだ。
あの神殿と言い、この世界には何かある……いや、あってもおかしくはない。
「予知能力ってのが、関係していそうだな」
「へ?」
俺の予想だ。だからこそ、間違っているかも知れないしあっているかも知れない。
けれども何故かあっている気がするのだ。
「未来への妨害とはいい度胸じゃあないか」
ニヤリと口の端を釣り上げ言う。
お茶の予知能力、過去しか観れないそれの力の方向性を未来へ向けたら。
そして、神に匹敵する施設が……この下にはある。
ならば俺の予想が、現実に合致することになるかも知れない。
ただ、そうなると一つの疑問が出てくるが、な。
☆
静かな空間があった。その中央には魔法陣が描かれている。
床ではない、空間に。
その広間の中に一歩を踏み出すのは躊躇われたが、結論は決まっていた。
かつん、という音とともに一歩目を踏み出す。
後ろから追従する足音を聞きながら、中央にある小さな魔法陣を睨むように見る。
これが犬死ちゃんの言う探知妨害発生装置なのだろう。
けれどもそれは、俺の予想では……偶然その役割も担ってしまった……ということになっている。
この魔法陣が存在する主な理由……それは簡単だ。
睨むように見るのをやめ、その場に座り込む。
「偶然、現れてくれるものかな」
『ええ、そうなると……面白いですね』
くすくす、と笑う女性は浮遊する魔法陣の中から現れた。
容姿はお茶に似ても似つかないほど優しげがあり、不思議なオーラを纏っていた。それは彼女の持つ本物の『予知能力』が発動しているせいだろう。
「へ? えっ、お父さん!?」
「見苦しいぞ。一国の"元"王女様なんだから礼儀正しくしていろ」
「も、元?」
知恵の足りない奴だ。
犬死ちゃんは事態が飲み込めていないようなので放置することにし、話を進める。
「お茶、いや……リティニアの母親だな? 俺の予想ではそうなっている」
『ええ、その通りです。そちらはリティのお友達? この国の未来を久々に占ってみたのだけど、あの人……えっと、国王様は?』
国王様。この国、シアホイル王のことだろう。
俺の予想はどこまで当たっているか、試してみよう。
「死んだ」
『……あら、まあ……。それは本当?』
特に悲しんでいる様子を見せずに呟くように言うお茶母。
ママ茶と呼ぶことにしよう。ママ茶はきっと、俺の言うことを嘘だと思っているだろう。
ママ茶が死んだ後に俺はこの世界に来たのだ、ならばママ茶は俺のことを知らない。
つまりは信用に値しない人間だと思っている。
「ああ、本当だ。現在、この国はリティが王女として頑張って復興させようとしているな」
『復興? その、この国は一度、滅びた。そう言いたいのですか?』
「滅びた、というより侵攻され侵略されたというのが正しいな。その時、王は死んだ。それより前にママち――お前は暗殺されている」
『ママち……ごめんなさい、聞き取れなかった部分があるのだけど』
いや、聞き取らなくて良いから。
適当に誤魔化し話を続ける。
「それよりも、未来を占っているんだろう? どうだろう、お前が死んでからの経緯を詳しく俺が教えてやろうか? 対価も必要だけどな」
『ええ、それは。私に出来ることならば、あなたを信用する他はないのでしょうしね』
くすくす、と笑う女性は静かに目を伏せる。
『さあ、教えてくださいな。この国の運命を』
「ちょいと不可解な単語が出てくるだろうが、それは俺の連れて来た厄介事に関係しているから気にしなくていい。じゃ、始めるぞ」
はっは、過去にいる人物と会ったのは初めてだぜ。
伏線回収って辛いんですね。構想作っちゃうと大変だという事がわかりました。
過去のママ茶と現在の海弟。
普通の小説ならば、ここでスッキリして終わるのでしょう。けれども!
自分的には何かが足りない。だからこそ、加えるんじゃないですか。
過去と現在があるのなら、未来からも誰かがこなきゃあ終われないんです。
さて、ネタバレはキライなのですがしちゃいましたね。