第431話たくさんの混沌
点と点を繋げると線になります。
直線とは言ってないので直線をイメージした人の負けです。
「祭り、それは男の魂。担ぎ上げられるそれは己の道を解く一本の光の筋なり――」
意味深げな言葉とともに、表通りを歩く。犬死ちゃんとの背の差があり、カップルには見られないまでも兄と妹には見られそうな俺たちなのだが、それ以上に面白そうな屋台がたくさんあり、人の多さにも驚いてしまう。
とりあえず、馬鹿に絡まれないことを祈ろう。
「この都市ってでかかったんだなぁ」
「王都だから当然! と言いたいけど、大国だからこそここまででかいんだろうねぇ」
二人で頷いていると、いい具合に焼かれた肉の匂いが漂ってくる。それに反応してか俺の腹が鳴る。
当然だ、三日も飲まず食わずなのだ、腹が減った。
「食べ歩きでもするか」
「じゃあ甘そうなアレか――」
「腹に溜まるものからだな?」
「食べ歩きの真髄はよりたくさんのものを食べる事にあると思うの!」
ふっ、わかっているじゃないか。俺の言葉によく惑わされなかった。
テカテカと光るどろっとした液状のものをかけられ、串に刺さった団子のようなものを二人ぶん買うと犬死ちゃんに手渡す。
料金がわからなかったので、周りの人から推測しつつ金は払ったが――たぶんあっていると思う。
特に店を切り盛りしている親父が何か言ってこないので大丈夫なのだろう。
「と、細かいことを気にしている場合じゃあないな」
犬死ちゃんのように食べずにブンブン、団子を振り回し液状のものを撒き散らすようなことはしないのだ。
一口目。
ふむ、何だろう。虚しい味がした。
しょっぱさと甘さが微妙な位置で交差しトドメとばかりに液体コーティングで誤魔化したような……まあ屋台の料理に一々文句を言う気はない。
単純に、うまいという部類に入るものだとは思う。
「さて、次だ」
「まだ食べてません!」
「知るかッ!」
俺の腹の虫は納まらねぇぜ!
ポップコーンのように、ガラスで区切られた四角い箱の中で弾ける青白い物体。
何だか食欲が沸かない色をしているが、俺はそれに惑わされない。青は青白いの青! きっと何かすごい食べ物に違いない。
「おいしかった、のかな?」
疑問符をつけるのなら感想を言わないでよろしい。
料理評論家(甘いもの限定)の判断は厳しいのだ。まあ、だいぶ基準を下げて祭りに挑んでいるわけだが。
名前も知らないそのコップコーンのようなものを買うと紙に包まれ、二人分店員から手渡される。
「……たくさん詰めていたが、どこか広い場所で食べたほうがよさそうだな」
視界の中には人、神、姫、とごった返している。
「やあ、奇遇だなお――」
男と歩くお茶に声をかけようとし気づく。
あまりにもフレンドリーな態度は不味いんじゃないか? と。
「お久しゅうございますのことよ、リティニア姫殿!」
「色々混じってわけのわからないことになっているぞ、海弟」
俺の中のあらゆる知識を詰め込んだつもりだったのだが、どうやら失敗したらしい。
貴族の男のほうを見れば、俺の格好から判断したのか嫌らしい笑みを俺へ向けている。貴族というのはみんなこうなのか。
「お前達のほうが先に出発したはずだよな? 何で俺たちの後ろから来るんだ」
話し込んでいるうちに、お茶と貴族の男の顔に見覚えのある民衆の一人が叫び声をあげる。
『ひ、姫! いや、王女様だ! みんな、道を開けろ!』
その声に気づき、俺たちのほうを向く老若男女の民衆。やはり、というべきか取る行動は一つ。
お茶と貴族の男を中心に道を開け、敬うようなポーズを取っている。
『君達、今日は祭りだ。僕もこの祭りを楽しみに来ているのだから、普通にしていてくれると助かるよ』
貴族の男が言う。なるほど、優しげな声の裏に刺々しい感情を隠しているみたいだ。
内心、自分と周囲にいる人物を比べ馬鹿にしているのだろう。
「ふむ、私も同感だな。良い意味のほうでだけ、な。顔をあげてくれ」
本当は予知できません! というカミングアウトをされ三日経ったらしい。俺的には進歩のないように見えるのだが、お茶も変わったのだろう。
そう、目の下にある隈とかは俺が原因だろう。ベッドを三日も占領していたのだ、当然といえば当然……あれ、おかしいな。
「お茶、着替えたのか?」
「普通にお茶と言ったが、まあお前らしい普通……ということなのだろう。今回ばかりは許す」
何故か許された。
「まあ私も女だからな。殿方と歩く時ぐらい綺麗になって隣を歩きたいものだよ」
「なるほど、着替える時間があったせいで俺たちのほうが早く出発していたわけだな」
でも追いつかれた、ということは一つも屋台に寄っていないということか。
もっと楽しめばいいものを。
チラリと犬死ちゃんのほうを見る、この状況で俺を除外し一番楽しそうにしているであろう人物なわけだが――やっぱりいない。
声を出す前に周囲を確認していると、お茶の護衛に当たっているキリエと何やら話し込んでいた。
内容を少し聞いてみよう。
「お父さんを私は何度も救ってきたんだからね!」
「あたしだって、救った回数なら負けてないんだから!」
……お父さん、不甲斐ないです。
項垂れて何のやる気も起きない中、お茶の肩に手を乗せる。
「結婚、出来るといいな」
「もっとマシなイヤミなら素直に受け止めてやろう。私は天邪鬼だからな。殴る」
天邪鬼関係ないだろ!
突っ込む前に繰り出される拳を避ける。
突き出された状態で止まる腕を掴むと、貴族の男に向かって投げ――れない! 何なのこの重さ!
「お父さん、十二単って知ってる?」
突然犬死ちゃんから声をかけられる。
一応、知識としては知っている。重いヤツらしい。
……えっと、まさか――
「豪華なドレスもさ、同じなんだよ!」
「な、何だって!? そ、それじゃあ……」
青空は毎日ドレスを着ている。つまり、筋肉モリモリなわけだ。
何て残酷な現実! 何て過激すぎる運命!
「まあ、外から見りゃわからないしいいか」
「……いや、あえて突っ込まないでおくよ。フォローはしません」
呆れた声で言う犬死ちゃん。
ハイスピードなボケとツッコミワールドに付いていけていないのか、貴族の男がおろおろしているとお茶が片方の肩を叩く。
振り向く貴族。
「町を早く一周しよう。海弟の前だからこそ言えるのだろうが、お前の顔など一分一秒も長く見ていたくないのだ」
「俺の前だからって何だ! なるほど、俺の心の声を代弁したというわけか!」
周囲から敵意とも取れる視線が俺へ注がれる。
何だろう、何で俺は民衆から敵意を注がれているんだろう。調子こいた奴は私刑っすか? そうなんすか?
制圧の準備は出来ている、いつでも掛かって来い。
『き、キサマァ! さっきから黙って聞いていれば、僕は名門貴族であるブリレタス――』
「知るかッ! お前の名前などありがたみの欠片もないのだから名乗り損だ。俺からしたら聞き損だな」
敵意が殺気に変わる瞬間、って知っているかい?
それはもう、物凄いんだ。
「……いやぁ、お茶達にちょっかい出すのはもうちょっと後の予定だったんだけどなぁ」
"新しい遊び"はデートを満喫しているであろう二人を背後から爪楊枝でグサッ、とする作戦だったのに。
爪楊枝がなければ指でも可。
『くだらんっ! 僕の父親がどれだけこの国に貢献しているか知らないのか! そして僕の名はブリレタス家の長な――』
「さて、フルネーム、焼死体犬死ちゃんよ。次の屋台を目指そうじゃないか」
「久々にフルネームで――ってそれフルネームじゃないから! 犬死ちゃんでいいんだよ!」
「犬っ娘で良い?」
「……び、微妙」
妥協しようか。
『き、き、キキキキ! キサマ等ァ! 馬鹿にするのも大概にしておけよ! 貴族を馬鹿にするとどうなるか思い知らせてや――』
「少々うるさい。ったく、すまないな。私がこの阿呆を連れて先へ行くとしよう」
いや、正直……正しいとかを抜きにしてそっちのブリブリ男のほうがあっているとは思う。
名誉と地位、そして血族。王の血を分け与えられた貴族というのは国民の上に立つ者として相応しいのだろう。その国民に馬鹿にされたら?
怒るに決まっている。
「まあ、俺は国民じゃないんですけどね。うん、ある種の異邦人です」
「じゃあわたしは神です」
「あたしもー、ってか待ってよ!」
二人の後を追うキリエの後ろ姿が消えた頃、周囲からコソコソと喋り声が聞こえてくる。
『貴族にたてつくなんてやーね』
『でもさ、何であの人王女様と仲良いんだろ?』
『さー、結構若いしさ、夜の――』
そろそろ俺の耳はシャットダウン。
「路地裏通って遠くまで一気に行くぞ!」
「これおいしいね!」
青白いそれを広げて食べ始めている犬っ娘。
ああ、やっぱ犬死ちゃんでいいや。犬の娘って何だよ。俺の娘だ。
「広げてないでこっちに来い」
「食べ終わるまで待って!」
「そうだな。食べ終わるまで待つか馬鹿野郎!」
この場にいるのは危険です。
殺気と祭りの雰囲気が合体したら危ないんだぞ? いや、既に融合は始まっている! 彼らは殺人鬼に進化しようとしているのだ!
黒ローブのフード部分を持ちこちらも引きずりつつ路地裏へ消えることにしよう。
サブタイトル通りの仕上がりだ。そう、世の中は常識的なようで混沌としている。
世界はもっと大きいはずです。自分の知るそこが世界じゃあないのですからね。
チャレンジ精神と人は言いますが、広い世界を持ちたいのなら内気で死んだ魚のような目をしてちゃあダメってことですね。
金魚のフンならたぶんオーケーです。
ちなみにこんな事言うのは、次に海弟が対峙する存在についてのヒントだったりします。本当に次になるかはわかりません。