第430話『決めるが先か、動くが先か、ってヤツさ』by海弟
サブタイトルと本編の繋がりはないと考えていいです。
ちなみに手抜きじゃなくて思いつきです。
何故か二人きり、だ。お茶と。
メイドが運ぶ薄い黄色のスープ、表現するならばコーンスープのようなものがお茶と俺の目の前に運ばれてくる。
湯気を放つそのスープは飲み物なのだろう、上品にスプーンまで付いている。純金なのだろうか、光沢がすごい。
湯気が消え去るのを待ちつつお茶の顔を覗く。
何かを考えている様子だ。
……もしや、アレンと無理やりぶちゅーとさせたのを怒っているのだろうか。
良い思い出になったじゃないか。
頷いていると、いきなりお茶が切り出してくる。
「……今回は、助けられたな」
「……え? あ、ああ。礼は現金でな」
「私はこの国の王になった、というのに。そんな口を利くのはお前だけだろう」
長い付き合いじゃあないが、一緒に命を賭けた仲じゃあないか。
タメ口ぐらいで気にしているな。
「そりゃあどうも。んで、食後に二人きりとはどういうことかね?」
「……大事な、話だ。私が、今の私より強くなれるかどうか。私自身にもわからないが、お前にだけは話しておきたいのだ。いや、お前以外には聞かれたくないからこうしているのだな」
見れば、メイドやら執事やらがいるはずのお茶の部屋には誰もいなくなっていた。
帰って来た時の祝杯ムードを引きつれ彼ら彼女らがこの部屋に突入してくることはなさそうだ。変な勘ぐりはされるだろうが、俺の知ったことではない。
「お前が強くなれるかどうか、ね。うん、俺もお前の復讐に便乗させてもらった身だ。何でも話を聞こう。恋愛とか金銭関係のこと意外な」
「前者はありえるかも知れないが後者はないな」
ありえるのかよ、と視線をお茶へ向けるとスープを飲んで逃げられてしまった。
話を切り替えるべきところなのだろう。
まあ、一応は大人の話し合い、ってことで今のところはスルーしてやろう。
もう少ししたらこの世界ともオサラバなのだから、本心を聞きたい気もするがな。俺の心が揺らぐ事はないが、トラブルは一つでも多くあったほうが良い。
解決するかどうとかじゃなくて、だ。
同じようにスープを口にする。
温かく、甘い。この世界特有の野菜を原料にしている――と俺の舌が告げている。
「ほう、いいな。これ」
「私のおススメだ。それよりも、だ。お前も気になっていただろう、私の予知能力に関しての話だ」
そういえば、お茶にはそんな能力もあったのだ。
実際使われている場面に出会ったことはないが、この予知能力が便利らしいことはわかる。
「私は未来を観れない。過去を観ることは出来るがな」
「……どういう意味だ? 予知能力が予知能力じゃあなかった、ってことか?」
未来を予言するのが予知、ならばお茶の言う矛盾点について。
そこと俺の疑問点が一致した。
「その話をするんだ。私の母親、優しい人物。私の、この能力の大元でもある」
スプーンでスープをかき混ぜつつ、目を伏せて話し始めるお茶。
王、ではなく、王女でもなく、姫ですらない。ただの少女に俺は見えた。
けれどもただの少女にしては手が無骨すぎるので、ちょいと筋肉質の可愛らしい少女ということにしておこう。
筋肉質という言葉が見事に上品さを中和、いや……それ以上のことを成していることがわかる。
「……おい、話を聞いてるか?」
「ああ。お前がちょいと筋肉質の――」
「聞いていなかったな。お前の思考も気になるが、話を続けるぞ」
急ぐ話でもないだろうに、と思いつつ時計を見るともうすぐ十二時になろうかという時刻だった。
なるほど、こうなると明日から仕事が詰まっているお茶は話を急がねばならないわけだ。
旅の疲れを癒す休暇ぐらいとればいいものを、生真面目すぎるぞ。
「私には本来、未来も観え過去も観える。王族の血と母親の力が混じり――本物の予知能力を持つ子となるはずだった」
「人間、そうそう人生うまく歩めるものじゃあないぜ? 楽しみたいなら魂売って悪魔相手の商売したほうが得だと思うがな」
「この国にも明かせない秘密という部分はあるさ。まあ、私も秘匿し続ける気――その目はバラしてやろうという魂胆だな? やめてくれよ」
やめれくれよ、の一言で止まる俺じゃあないのだが……仕方がない。
剣というのは友へ向ける為にあるものじゃあないのだ。
「話がずれたな。私は、いわゆる凡才……それ以下の人材だった。だから最高の素材を持ち生まれても、努力し過去を見通すことしか出来ないのだ」
「凡才以下。なるほどなぁ。俺と似たようなものだ。俺の場合は、きっかけに恵まれただけなんだろうな。だからこそ、ここにいる」
異世界に召喚されたのも、師匠に出会ったのも……まあ、その中で一番恵まれていたのは俺の性格か。
ぶっ壊れたそれじゃあなかったら、耐えられなかっただろう。影流のような責任感、青空のような信念。
俺に何があるかと聞かれたら、どちらも中途半端にしか持っていなくて。
だからこそ、狂気を知り、ここまでこれてよかったと思う。
「私は、正直……自分が王になるには相応しくないと思う。剣を取り、ずっと戦いに身を投じてきたのだ。今更――」
「いやぁ、簡単だと思うけどな」
口を閉じるお茶。
俺の言葉を待っていたのか。ふむ、ならば語ってやろう。
「お前がいくら馬鹿でクズでどうしょうもないぐらいの間抜けでも、だ。お前には厳しい父親と優しい母親にここまで育てられてきているんだ。どちらも持ち合わせたすげー奴に、お前はなると思う」
スプーンを使うというチマチマした作業をやめ、皿に口をつけ飲み干すと立ち上がりお茶に言う。
正直、この言葉はおせっかいだ。
けれど、復讐の……親孝行の邪魔しちゃったんだからな。
しょうがないさ。
「子は親の真似をして育つ。俺も多くの息子や娘を持つらしいからな。これからはキチッとしていかなきゃいけない。お前は、どんな親の姿を見たんだ?」
……まあ、答えは簡単だよな。
柄にないことするのは疲れる、もう寝よう。うん、今すぐ寝よう。
「ベッド借りるぞ!」
「……ああ、一晩中……私は悩んでみるよ」
……明日倒れるなよ?
☆
「愛の鞭というものを知っているか?」
その声と共に俺の体に響く痛みを感じつつ起き上がる。
その動作がいつもの五倍ぐらい速いものに感じられた、実際その通りだっただろう。
「おおっ、お茶じゃあないか。おはよう、そしておやすみ」
痛い。布団の中で傷を癒そう。
「馬鹿っ! 寝るな、そう言って何日私の布団を占拠しているのだ!」
「三時間ぐらいかな」
「単位が間違っているな」
「三分か」
「違う」
「三び――」
「三日だ」
……日は三度昇る。
「四日目に突入ー」
「私が許さん。そろそろ布団から出ろ。祭りも終わるぞ?」
「祭り!?」
……祭り、というとあれだろうか?
どんちゃんわんやわんやいえっさーそーさーわっしょいわっしょいのアレだろうか?
「ふむ、洒落込んでデートとでもいこうじゃないか」
「先客がいてな。貴族の男なのだが、私の父親と仲良くしていた大臣の息子だそうだ。ったく、結婚など私はこの年でしたくないと言うのに」
「んじゃあ百歳までおあずけな」
「さすがにそれは酷い」
そんなことはない。
寿命が長い奴だってたくさんいる。例えば神様とか。
うん、それを引き合いに出したら全てにおいての平均的な基準が跳ね上がることはわかっている。
けれど神様が身近すぎて最初に出てくるんだ。
「それで、俺は誰と祭りにいけばいいんだ! お前の口調からして最終日なのだろう。何故もっと早く起こしてくれない!」
「いや、起こしていたぞ? 武器を持ち出したのは今日が始めてだがな」
……そうか。これで起きていなかったら、俺は明日……どうなっていたかもわからないんだな。
「ま、まあ良いや。キリエでも――」
「私の護衛だ」
……知り合い、いないね。
こんな時、アレン君でもいてくれたらなぁ。
などと思い天井を見る。
「……いないか」
「いるよ!」
急に聞こえてくる声。
お茶のほうから聞こえてくるがお茶のものとは違う。
「……お茶?」
「い、いや、私じゃあない――」
瞬間、お茶のドレスのスカート部分が盛大に捲り上げられる。
「ズバッ!」
掛け声とともに参上する犬死ちゃん。
どうやらスカートの中にいたらしい。
「おお、犬死ちゃん! 白だったな!」
「そこは久しぶりとかがいいかも! けど白だったね!」
うんうん、と犬死ちゃんと頷きあっていると殺気が部屋に充満し始める。
これはヤバイ。
「お茶よ、ちなみに勝負下着の色は?」
「……赤、かな」
鞭ではなく、剣が俺の鼻先へ向けられる。
本当にパンツまで赤く染まるかも知れない。その時には俺の命はないものとなるだろう。
ゴクリ、と息を呑むと同時に時計のごーんごーん、という音が響く。
「……私の下着など見ても誰も得しないだろうに。そろそろ時間だ、私は行く。机の上に乗っている金は自由に使ってくれていいからな」
指差した先にある袋へ視線を向ける。
大きさから言って、五億!
なんてありえない期待をしつつ、お茶が部屋から出て行った直後に袋を開ける。
じゃらじゃらと出てくるシルバー硬貨。
「……おい、これは銀貨か?」
「だね!」
……さて、銅貨も少し混じっているわけだが金貨が一枚も見当たらない。
「王の癖にケチだな、アイツ」
まあ、金がなくなったら"新しい遊び"でもするから良いか。
祭りじゃ祭りじゃー!
と、ハイテンションになるほどの祭りじゃあないです。
そのはずが、たぶん海弟の"新しい遊び"によってハイテンションになるほどの祭りになりそうです。