第427話狂気の王と狂気の先の海弟
望んだ明日が見えずに今日を進めるか?
見るなら過去を見ようぜ!
さて、物凄く後ろ向きな発言なのは本編の雰囲気に合わせてです。
「ぐっ」
思わず漏れる声とともに噛んだ歯に力を入れる。
直撃はしなかった火球だが、爆風を生み吹き飛ばされそうになる。
仇が目の前にいるのに吹き飛んでいられない、と爆風さえも利用して立ち上がる。
ゆらり、と幽霊にでも取り付かれたかのように立ち上がると剣をエシヴァン王へと向ける。
「……私を、殺さなかったことを後悔させてやる」
飄々とした表情のエシヴァン王はリティの向ける剣の先を摘むと、後ろへ放り投げる。
力技で、リティの肩が引き千切られそうになる。すんでのところで手放し回避したが、恐ろしい存在と敵対していることを再認識する。
「後悔。既にワタシは何度も後悔をしてきた。けれども、負けなかった! 絶望の中の希望を見つけた! それを、邪魔するというのか?」
「希望というのは人を殺し得る何かではない! 戦争を多く経験したお前ならわかっているはずだ!」
首を横に振るエシヴァン王。まるで、リティが間違っているとでも言うかのように。
その光景を見守っている海弟と犬死ちゃんの目が交差する。
「戦争。悪い言葉だ。けれども、戦争はなくせる。なくなせるんだ。神の裁きがあれば、人は欲を生むことなく生きていける!」
「欲?」
リティが首を傾げると同時に威圧的な、殺気が目の前のエシヴァン王から放たれる。
全てを拒絶するような、巨大な何かを感じ顔を隠すように手を移動させる。
「馬鹿野郎! 食欲、性欲、睡眠欲! なけりゃあ人は死ぬんだぞ!」
後ろから声がかかる。リティは後ろにいる海弟の真意を視線を向け尋ねる。
けれど返答はない。
――この殺気を、感じていない? まさか、怖気づいていない、のか?
負けてられない、と飛ばされた剣を探すために視線を前へ戻す。
すると少女の声が響く。
「上!」
言葉通り、上を見ればリティの得物である剣が落ちてくる。
それを受け取ると声の正体を探る。
先ほどの少女だ。海弟の連れなのだろうとリティは察し剣を再び構える。
「神、神と。神が言うことが正しいのか!?」
「そりゃあ間違うこともあるだろう。けれども、ワタシは神と……対等に話し合いこの世界の方針を決めたんだ。この世界のことを知るワタシと、実行力のある神と。間違いなど起きるはずがないだろう」
リティは歯噛みする。当然だ、矛盾しているのだから。
エシヴァン王は夢を叶えたいと言っていた。なのに、それに世界を巻き込むつもりなのだ。
それは出来ない。エシヴァン王自身もわかっているはずなのだ。
だからこそ、それは止められる。心に隙も出来る。
やってはならないことをやろうとしているのだ、止めなければいけない。
「正義の心など、私は生憎と持ち合わせていないが……キサマを私が斬ろう!」
「俺だって持ってないぜ!」
「同じく!」
いらぬ賛同者を得たところで、リティは再びエシヴァン王を睨みつける。
「神を相手にしようと、私は――」
言葉が途切れる。
圧倒的に血が足りない。数日間食べていないので健康状態は最悪だ。
しかも睡眠不足。どうしようもなく、自分自身で自分の足を引っ張っていた。
けれど、叫ぶ。
「――私自身の為に戦うッ!」
そうだそうだー、言ってやれ! などと後ろから聞こえてきたが無視をし防護壁で自らを守っているエシヴァン王へ一撃を浴びせんと斬りかかる。
当然のように弾かれる剣の軌道を直し、二度、三度と連続して攻撃する。
腕が痛い。けれど何度も。
「狂っている」
「それは褒め言葉だ!」
後ろから駆けてくるパンツ一丁の男。
それを見た瞬間、手が緩む。
防護壁にぶつかり吹き飛ぶ剣。
吹き飛んだ先にある魔法陣にぶつかり、消滅する。
「……な、触れないで正解だったぜ」
「その姿で近づいてくるな、海弟! おかげで武器が――」
「……ふむ、そろそろ時間か」
その言葉とともに片手を横に振るエシヴァン王。
その動きとともに吹き飛ぶ海弟とリティ。
「な、お父さんっ!」
返答はない、がうめき声が返ってくる。
「……わたしも神の一人。二つ名を『生死の門番』! さすがに全力でいかせてもらうよ!」
犬死ちゃんの手元に現れる白く光る鎌。形状と大きさの比率が色々と間違ったものだが、犬死ちゃんはその大きな鎌を振り上げるとエシヴァン王へ向かい走る。
動きは俊敏。誰も見ていなかったが、これが犬死ちゃんの本気。
「……時間だ」
右手をあげ、刃部分を受け止めようとするエシヴァン王の右肩を襲う鎌。
見事に防護壁を突き破り右肩から右腕を削ぎ落とす。
痛みを受けのた打ち回るエシヴァン王。
その光景を犬死ちゃんは自らの体に溜まる疲労を感じつつ睨み付ける。
「……っ、今ので倒せれたら……」
他者の管理する世界で、しかもその管理者の力を倍増した根源とも言うべき場所で。
使える限界の力をすべて使い一撃を浴びせた。
だからこそ、犬死ちゃんは先ほどの攻撃をもう一度行うことが出来ない。
「後は任せろッ!」
犬死ちゃんの背後から飛び出てくるリティ。どうやら二人とも回復したらしい。
後ろを見れば三人に増えていた。海弟、アレン、レンテ。どうやら後ろの部屋に居た二人も合流したらしい。
「……わたし、わたし……」
涙が溢れる。瞳から落ちるそれを両手で拾う。
「お父さんっ!」
体も海弟のほうへ向け叫ぶ。
しかし、海弟は険しい顔のままだ。
「馬鹿ッ! 前を見ろ!」
瞬間、犬死ちゃんを激痛が襲う。
体中が威圧ともいえぬ何かに圧縮されそうになっている。
「潰すッ! 神は、ワタシの敵を許さないッ!」
消えた片腕を再生させ、リティを殴り飛ばし。
視界に入る犬死ちゃん目指し力という力を集中させ、この空間から……この世界から消してしまおうと。
「……お父さん」
パンツ一丁の、そう休日のおっさんのような格好をした父親は犬死ちゃんに近寄り囁く。
「元の世界に帰ってろ」
その声が聞こえると同時に犬死ちゃんの頭を撫でる海弟。
「……でも、力が足りなくて――」
「神の力はなくても、世界の力ならここにある。そいつを使えばいいさ」
海弟の中に溜まった世界の力を、犬死ちゃんは勿論感じていた。
けれども、抵抗がある。
触れた瞬間、それに飲み込まれてしまいそうで。
「……俺に任せろ」
犬死ちゃんを頷かせるだけの迫力が、今の海弟にはあった。
☆
しっかり帰れたかはわからない、正直言って。世界の力と神の力は別物だ。
けれども、だ。こんなところで死ぬアイツじゃあないだろう。
地味すぎる。理由はそれだ。
一度口に笑みを浮かべ、こちらを睨むエシヴァン王へ俺も視線を向ける。
「ちょっと着るまで待ってろ」
不吉な雰囲気が漂うローブ。犬死ちゃんのものだ。
帰れたと思う理由その一でもあるそれを数秒で身に纏う。心優しい犬死ちゃんの託した気持ちだ。大切にしよう。
さすが神の衣服、サイズ調整を自動で行い俺にピッタリのサイズとなる。
「……三秒だ。ワタシを待たせた秒数、それだけでお前を殺すッ!」
「悪い意味で、狂ってる。紳士になれよ、少女に襲い掛かるな」
ったく、娘を気違いに襲われるとはイヤな世の中だ。
親父の鉄拳受けてみろ、ってところだ。
ニヤリと笑うと、何かがエシヴァン王の隣に浮遊する。
気を失ったのか、ぐったりとしたお茶だ。
「……人質か?」
「ああ、後ろにいる二人。手を出すな」
……一家惨殺事件。
その言葉が頭によぎる。
頭を振りマジメに考え直す。
お茶は殺されちゃあいけない。
後ろにいるレンテとアレンへ視線を送る。
彼らも最初から手を出さないつもりだったのか、頷く。
「……任せられて、願われて、託されて。それで俺は立っている」
「ワタシもだ。民の為に――」
「三秒経過」
「――っ、キサマァ! ふざけているのかッ!」
戦場に立った時点で戦いは始まっている。
だからこそ、相手を冷静でいなくさせる心理術は有効なのだ。
「炎よ!」
「効くかァ!」
宣言通り、防護壁に阻まれ弾かれてしまう。
俺の攻撃が不発で終わったところでエシヴァン王が動く。動きが見えない。
衝撃が頬を中心に体中に走る。
気づけば目の前が一瞬暗転し、床の上をすべるように移動する。
「……っ、はぁっ! キサマァ、何故……入れるッ!!」
俺へ叫びを向けるが、まだ立ち上がれない。
蓄積されたダメージが大きすぎる。
「神は裏切らない!」
立とうとしていたところで、わき腹を蹴られ吹き飛ぶ。
今回は何とか両手を使い勢いに乗ることが出来、そのまま立ち上がる。
「……っ、魔法陣の中?」
まさか。入ったら消滅してしまうんじゃあ――
チラリと、魔法陣の中心で目を瞑り黙祷を捧げる少女を見る。
……アイツは、エシヴァン王に味方している。けれど、自らの作る魔法陣の中に俺を招いた。
「……そうか。そうだな、お前の席は最高の場所だな。決着、見たいんだよな」
神は、裏切らない。
神は誰の味方もしないのだから。
けれども、親を慕わない子はいない。お前はどうなんだ? なぁ。
……後書きに、何も書かないほうがいいことはわかっている!
けれど、書きたいんだ! 後書きを!
……海弟は足をみんなの足を引っ張っている。
そう、邪魔だ!




