第420話『十人十色だ』by海弟
伏線回収? 未熟な自分がすべて出来るわけがないじゃないですか。
素晴らしく眠たかった。
木の葉を地面に敷き、布団代わりに利用したおかげで……体の節々(ふしぶし)が痛いなんて事は無いが……眠い。
鏡を取り出して自分の顔を見れば、やはり隈が出来ている。
溜息を吐き、空を見上げる。
小さな森となっている場所にいるわけだが、すぐそこには広場のような場所があり……神殿が建っているのだ。
そちらを向けば空の様子などわかる。
いや、見ずともわかる。
「……不吉な天気だなぁ」
雷雨。決戦には相応しいのかも知れないが、俺達の死を予言しているものではないと信じたい。
額や頬に、茂った葉っぱだけでは防ぎきれなかった水滴が落ち目が覚めてしまったのだ。ついでに言うと音もうるさく嫌々目を開いて初めて気づいたわけだ。
その他二人である犬死ちゃんと医者はと言うと、先ほど食料調達とかほざいて何処かへ消えてしまった。
きっと昨日の散策で食料になりそうな果物などを見つけておいたのだろう。
「……いやぁ、あの二人は天才だね。うん」
何だかテンションが上がらないが、体は休まったようだし……今日は気合をいれなければいけない。
頬を二度叩き目を擦る。
何だか気合が漲ってきたような――
欠伸が出た。
――気がしたが、錯覚だったらしい。
相変わらず欠伸が出るので柔軟運動をする事にする。
これでも体の柔らかさには自身が――
ビリリと足の関節が痺れ立ち上がれないことに気づく。
――体の柔らかさ以前の問題だったか。
三日間……走ったのがやっぱり原因か。
魔法なんて使ったら感知されるだろうから、使えない。
いや、使って見つかってもいいのだが……絶対怪しまれる。
「俺一人だけ捕まるとか情けないもんなぁ」
我慢して立ち上がると最優先で足の柔軟体操を開始する。
ようやく、痛みにも慣れて来たところで二人が帰ってくる。
「食ったら少し休んで突撃で」
「龍のことはどうするの?」
医者が聞いてくる。
確かに、龍のことも問題だが……もっと問題なことがあるのだ。
チラリと神殿を見る。
「……姫と一般人と、どちらを助けるかなんて……簡単すぎる問題だろう?」
「そうだけどさ、もし……もしもだよ? あの子の兄が――」
「と、馬鹿か。ここにいるかもわからないし、なおかつアイツが兄なのかすらわかんないんだぞ? 優先順位を考えろ。お前はだから太っているんだ」
「いや、関係ないよね?」
あるかも知れないぞ?
まあ、俺はそんな関係性など知らないが。
皿代わりなのか、葉っぱに盛り付けられている果実の一つを手に取り色々な角度から眺めてから一口食べる。
うん、食えるな。
まだ時間はある。というかこちらからタイミングを計って突撃できるのだ、ゆっくり食べているとさっきから黙っている犬死ちゃんが突然立ち上がる。
「……やっぱり。お父さん、ちょっとこの世界……危ないかも」
普段よりシリアス多めな声で言う犬死ちゃんに座るように言う。
胸がないので木に見えるかも知れないが、一応……こちらから向こうが見えるように向こうからもこちらが見えるのだ。
注意は出来るだけしておいた方が良い。
「で、どういう意味だ? この世界が危ない?」
事情を聞こうじゃないか。
「……この世界にも神はいる、わかるよね?」
「大前提じゃないか。医者はわからなくとも俺はわかる」
「君達の話は大きすぎて付いていけないけど、何となくはわかるよ」
理論的に考えるのが医者だと思っていたのだが、神を信じるのか?
俺みたいなアバウトな人間にこそ神という存在は相応しいとばかり思っていたのに。
「で、その神が近くにいるみたい」
「……神殿か?」
「せーかい」
ほうほう。では、北の神殿の中には……神とその、お茶の仇となる男がいるわけだ。
手を組んでいるとすれば厄介だ。神を制御する力は俺にはないし、犬死ちゃんだって自分の管理している世界とは別の世界で百パーセントの力は出せないだろう。
何だか"敗北"という二文字が見えてきたが無視することにする。
知っているか? 敗北を後ろから読むと勝利と読めるんだぜ?
……嘘だけど。
「勝てねー」
「そうっ! だからお父さんに頼みたいの!」
普段は死人のような目をしているのに、何故か犬死ちゃんの瞳が輝いているように見えた。
何か打開策でもあるのだろうか?
「頼みごとだと?」
「一回死んで!」
……何を言うんだコイツは。
「さて、爆弾を背負って突撃する準備は出来ているか、我が娘?」
「違うよ! 魂拾ってわたしの世界に一度連れて行くの!」
続きがあったらしい。
ムキになるのもアレなので続きを聞くことにする。
「連れて行って?」
「わたしの世界からわたしの世界の空気、というか……空間の力というか。それを持ってくるの!」
よくわからない説明だが、俺に出来ることなのだろう。
『詳しくはwebへ』などと言ったら殴るつもりで詳しい説明を求める。
「詳しくはw――」
「チェストォ!!」
ひらり、と避ける犬死ちゃん。
どうやら予測していたらしい、余裕の笑みが浮かんでいる。
そんな犬死ちゃんの服の襟を掴んで何者……いや、何龍が神殿のほうへ向かい飛び去っていく。
木々はなぎ倒され、道と呼ぶに呼べない状態だが……平地になっている。
「……龍?」
「だね」
風圧に耐え、雷雲が支配する空を見上げると咆哮を地面に向け発する龍の姿があった。
その爪の部分に犬死ちゃんがいた。
「……うわぁ、うわぁ」
大事な事じゃないが二度言った。
「どうする? 俺的には俺を殺そうとしたので放置プレイで構わないと思うんだが」
「いや、続きあったよね!? 一応助けようよ!」
一応、という部分に反応すべきかすべきでないか迷ったが、反応しないことにする。
龍に注意を引き付けられている今がチャンス、侵入できるのだが……それだけじゃあダメだ。
「天に轟く咆哮を、この手で打ち消しハエ潰すッ!! 俺に任せておけ!」
「龍はハエじゃないよ!」
俺の前ではハエ同然だ!
ハエはお菓子に集るからキライだろ? 龍は臭いからキライ。
ほら、一緒じゃないか。
一人で納得していると、五万の兵のうち弓兵であろう部隊が弓を龍へ向かい放つ。
その弓矢も龍の翼で起こされた竜巻により無効化され五万の方にダメージを与えていく。
「……龍が、五万の方を倒してくれるんじゃないか?」
「雨だから火薬兵器が使えないんだね。魔法使いの部隊もいると思うけど――」
その言葉を遮るように地面から空中に放たれる氷の塊。
氷柱のような形状をしているそれが龍に直撃する前……龍の咆哮により氷柱にひび割れが起き、龍の体に当たると同時に砕ける。
龍にダメージはないようだ。
「……咆哮、か。魔力でも練りこんであるのか?」
俺も、自分の魔力で場を満たすことで相手の魔法を使用不可にする技を使うし、それと似たような事なのかも知れない。
けれども龍のそれは規模が違った。
この世界では、俺の世界の基準が通用しない。
魔物の強さが違うのならば、龍の強さも違う。
けれども、唯一……人の強さだけは同じなのだ。
「……みんな、強くないんだ。俺みたいに、強さを求めているんだ」
「どうかな。一応、敵の姿だけれど見てみなよ」
木々が倒され視界が良好とまではいかないが、よく見えるようになり……兵士達の動きがわかるようになる。
慌てず、騒がずに……黙々と自分の出来る事……義務付けられたことをしていた。
「……あんなの、強さじゃないさ」
「強さを知らない君に、否定する権利があるのかい?」
「無いけど、俺が手に入れられない強さ――」
……っ、そうか。
一人ひとりに似合った強さがあるんだ。共通された何かじゃあない。
だからこそ、俺は迷って……考えて、求めていた。
今でも強さが何かはわからないが、一つだけヒントをもらった気分だ。
今までは、違うものだとわかっていた……つもりだったんだ。
「ぼくはね、強さってのは生き恥だと思うんだよ。わかるかい? 本来晒すべきではないもの、それが強さなんじゃないかな? って思ってさ」
……生き恥か。
けど、五万のアイツ等は……恥だなんて思っていないだろう。
むしろ、誇りを持っている。それが正義だと信じ行動している。
「……アイツ等の強さは、よーく理解出来た。出来たぞ」
ああいうのって、正義感……っていうんだよな。
ならば、俺の強さは……何と呼べばいいのだろう。手に入れてないからわからない。
『……手に入れなければならない』
あの声。
来ると思ったぜ。
「試せよ。見せてやる、俺の強さってヤツをさ!」
目の前には誰もいない。けれども叫ぶ。
瞬間、目の前に鏡が現れる。
……お前は――
鏡に吸い込まれ、思考が遮られてしまった。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
さすが『玉有り』ですね。
生き恥こそ強さ。共感出来るところがあります。
けれども、それが全てじゃあないのです。
自由が故に背負うものとは大きくなる。
託される想いもより大切なものになる。
けれども海弟は海弟なのです。