第416話拷問と鞭
持っていきたいところまではいけた……でも、何か違う。
「気分? はっは、最悪に決まっているだろう」
「君はいったい誰に向かって言っているんだい?」
自分自身に決まっているだろう。
口に出すことで自覚する。
どうしょもないようなことだって現実と認められるようになる。
んで、そこからどうするか……だ。
まあ決まっているがな。
ベッドから降りて天井に向かい腕を伸ばす。
下で寝ている医者を踏まないように部屋の出口を目指すが、ふと気になり周囲を見回す。
「……昨日は暗くて見えなかったが。ここって、子供部屋だったんだな」
月明かりが入ってくるだけじゃあ薄暗くて、昨日の夜は奇妙な部屋だとは思ったが……ここは子供部屋だったのか。
部屋の大きさからの判断だが、あながち間違ってはいないだろう。
ベッドの下をまさぐってみれば、大量のアレな本……とまではいかないが、オモチャのような物が出てくる。
コレは……どうやって遊ぶんだろう。
「朝食をご馳走してくれるらしいし、あまり荒らさないほうが良いんじゃないかな? 先に行ってるよ」
忠告とともに去っていく医者。
白衣に皺が出来ていたが、気にしている様子はない。
「ふむ、キン○マも旅慣れしているようだな」
鏡の中にオモチャを仕舞うと部屋の外に出る。
部屋を出た先に何があるかと思えば、長い黒髪のお化けがいた。
「悪霊退散ッ!」
「うわ~、て。朝からそのノリに付いていける気が……ふはぁ」
とりあえず名を名乗れ化け物め。
「距離取って牽制しないでください。犬死ちゃんですよー」
「語尾に感嘆符が付けられていない……。ニセモノかキサマァ!」
廊下の空気が張り詰める……。
そう、お前は……まさか。
「いや、朝が弱いだけ……」
「演技力皆無だな、まったく。死体は死体らしくしていろ」
犬死ちゃんの首に腕を回し体重をかけつつ、話をしながら廊下を進んでいると後ろから声が聞こえてくる。
振り返ってみれば――
「うおっ。亡霊め!」
びくりっ、と怯え後ろに後ずさる亡霊。
ん? 足があるな。
レアだな。
「いやぁ、足の生えた亡霊なんて初めて見――」
「同じ女の子としてお父さんを軽蔑し始めてるんだけど……」
「妖怪ならセーフ?」
「アウト!」
じゃあ普通に人間でいこうか。
落ち着いた栗色の髪と瞳を持った少女が俺達の前に立っている。
この少女、何処かで見たことあるのだが……と、少し思い出してみれば昨日ベッドで横たわっていた少女だ。
病気にかかっているとはいえ、起きて動くことは出来るらしい。
「や、おはよう。昨日はよく眠れたか?」
俺が声をかけた途端、おどおどし始める少女。
口が小さく開くが、何か喋る前に閉じてしまう。
「挨拶ぐらいはしたらどうだ?」
「……おはよう、ございます」
目を伏せて呟く少女。
対話は難しそうだ。もうコレは幽霊と呼んでも良い気がする。
「よお、幽霊!」
「絶交する時が来たらしいです。残念ですが」
そんなしんみりした感じで告げないでくれ犬死ちゃん!
お前はそんなじゃなかったはずだ!
「と、まあお前に絶交されでも別に良いんだがな。今までありがとう!」
「ごめんなさい! お父さん見捨てないで!」
「さて、寸劇はコレぐらいにして。お前、死ぬんだってな」
顔をあげる少女。信じられない、といった表情が浮かんでいる。
何が信じられないのかは知らないが、知っちゃいけないことを俺は知っているようだな。
この村の村人全員に命を狙われる事態……とか、面白そうだな。
そんなことを考えていると、少女がぼそぼそと呟いた声が聞こえてくる。
「すみません、退いてください」
「イヤです!」
……反射的に。
ちらりと隣を見れば手をグーにしている犬死ちゃんがいた。
ここは静かに道を開けてあげる場面ではなかったのか? そういった思いも湧き出てきたのだが、男たるもの退かぬと言ったら退いちゃいけないのだ。
そう、俺はこの道を塞ぐために生まれて――
ぐぎゅるるるぅ
――お腹空いたな。
「よし、朝メシ食いにいこうぜ。そこで……全ての決着をつけようじゃないか」
「何だかお父さんといると脳が迷惑だ! ってわたしに騒ぎ立ててきます!」
「俺の責任じゃないぞ」
まあ、まずはメシだ。
先に行った医者の奴が毒味をしてくれているはずだ。
これで俺が死ぬ心配はない。
☆
……朝から脂っこい肉を振舞われるとは思わなかったぜ……。
何の肉かはあえて聞かなかったが……きっとそれで正解だ。というかそれ以前の問題だ。
「うう、胃が偏る。お前の胃も貸せ。俺の胃の凭れは二つの胃、つまり二胃で保たれる!」
「そんな単位ないもーん! わたしも凭れる……」
医者の奴を見れば、そんな事は関係なしなのか……普通に地図を見たりしている。
コイツがいる限り道に迷う事は無いだろうな。
「そろそろ……この村から出て行かないといけないんだよなぁ」
溜息が出てくる。
答えは出た。なのに、なのに……だ。
方法がわからない。
やっぱり俺には強さが足りない。
「……情報収集、してみる? 手っ取り早いし!」
「だなぁ。後腐れを残したいし」
「残したくないのが普通なのにね!」
最後まで話を聞きたいんだよ。
疑問は数え切れないほどある。
けれども、俺の一番の疑問は……何故、アイツが龍を憎んでいるのか。
「ええいっ! 直接本人に聞いたほうが早いッ! 情報収集? はっ、拷問の方が手っ取り早いぜ!」
「最終手段だって、それはっ!」
最終手段があるのなら、最初からそれを使えば良いじゃない。
と、言うわけでだ。
あの少女の部屋へ行こう。
「迷惑にならないように、という忠告は無駄かな」
無駄だな。
背後から聞こえてくる医者の声に心の中で応答しつつ廊下へ出る。
拷問の道具はどの鏡に入っていただろうか……。
☆
「……おい、結局"鞭"しか出てこなかったぞ」
「命の危険はなくてよかったね!」
……そう考えれば良いか。
うん、まだ優しい方だよな。
これだけで話を聞けるだろうか。
悩んだ末、扉を開く。
すると目の前に、着替え中だろうか。寝巻きの上を脱ぎ……白い肌を晒している少女の姿があった。
「……ふむ、下着まで白と――ぐぁ! 目が、目がァ!!」
「ちょいと年齢的に早いよね!」
早くないです! 年下、なのだろうか?
まあ犬死ちゃんに言われる台詞でないことは確かだ。
「……あ、あ、あの……! 変態っ!」
こんな焦ってる少女に変態とか言われたの初めてだ。
とりあえず気合で心の目を開くことにしよう。
「……フル、パワァァァァァッ!!」
……くっ、見えない! 何かが邪魔をしていて見えない!
何だ、これは!
「……まな板?」
「殴る」
……殺気が込められているんですけど!?
嘘です! 俺は心の目なんてもってません! 目の前は真っ暗で――
☆
――う、うぅ。酷い目にあった。
「さて、鞭も装備しましたし。聞かせてもらいましょう。あなたの隠している秘密を」
……そうだな。うん、聞こう。
けど鞭を向ける方向が違うよ?
俺じゃないだろ? な、犬死ちゃん。
「……」
「殴るだけでは物足りないと言うのか! まさか、反抗期!」
んじゃ、親は気長に反抗期が過ぎるのも待ちましょうか。
「俺もモヤモヤが取れなくて困っているんだ。お前の話、聞かせてもらえれば明日からは熟睡出来そうなんだがな」
「……あなた、旅人なの?」
首を縦に振る。
今の俺は旅人だ。外道でも騎士でもない、旅人。
そういうことにしておこう。
と、言うわけで旅人としてどんな質問も受け答えしちゃうぞ!
「他に質問は? なければ――」
「兄を、お兄ちゃん、知ってますか?」
……兄? お兄ちゃん?
そうだな、俺に兄は確かにいる。
そして好きなものから嫌いなもの、更に年収まで知っている。
「……ああ、知ってるよ。すっごい親密な関係だ」
兄と弟だからな。
「……そ、それじゃあ。話します。むしろ聞いてください! 私は、兄を――」
な、何か興奮気味だぞ。
「一度落ち着け。今頃になって裸を見られた興奮がぶり返してきたんじゃないよな?」
「……」
ひぃっ!
「ま、まあ落ち着け。俺に任せれば何事も解決してみせようじゃないか。焦る必要はない」
……うーん、海弟か。海弟の思考が原因か。
いや、むしろ作者の思考まで混ざっているのか?
何だかカオスな事態になってまいりました。
気を落ち着かせる為に別の小説を書いてきましょうかね。
さて、もっと落ち着いた雰囲気のある小説……あったかなぁ。
あると言えばあるし、ないと言えばない。あえて言うならばほのぼの。
……もっとクールな主人公を描きたいです。