第415話『やるせない』by海弟
あれ? 構想を作ったら急に……。
逃げ切ったのか、後ろに黒い服を着た男達は見えない。
ギルドは正義! と思っていたのに腐った部分を見せられた気分だ。
あの奴隷市場にさえ入れていればこんな事態には――
「走っているうちに次の町に着いちゃったね!」
――ん?
声に反応し前を見てみれば、城壁とも言えぬ木製の壁に囲まれた村が見えた。
門となるのだろうか、そこには龍の頭蓋骨だろうか、それが飾られていた。
見るからに怪しげな雰囲気ぷんぷんなのだが、ちょうどひと休みしたい頃なので黙って村の宿に泊まることにしよう。
その雰囲気の村のせいか、門番などいたが白衣を着た医者を見るなり顔色を変えて何処かに連れて行ってしまう。
そう、拉致だ。
「……おっ、おい! 助けてくれー!」
門番等に連れて行かれる医者。
その叫び声は悲痛なものだ。だからこそ無視しよう。
「お父さん、他っておいていいの?」
「あいつ等もきっとキャッチボールをしたかったのさ」
丁寧な回答のおかげか、黙る犬死ちゃんと宿を探すために少し歩き回る。
外にいるのは門番だけだったようで、他の人間は見つからない。
これでは宿を探すのは大変だ。
きょろきょろ、と首を回してみると一つだけ玄関の開いている家が見えた。
「一度医者を追ってみるか?」
たぶん、あの家にいるだろう。
指差し犬死ちゃんに提案してみる。
「イヤだ、と言ってもどうせ行くでしょうが!! もちろん拒否はしません!」
ごーごー、と俺を置いて歩いていく犬死ちゃん。
その後を追うわけだが……それにしても――
「――この村は、静かだな」
外から見たら町ぐらいの大きさがある、そう錯覚してしまうほど大きな壁で覆われていて……でも、実際は質素な村だ。
何かある、何か……惹かれる。
瞬間、俺の体を風が包む。
心地良い風だが……自然を感じさせるものではない。
後ろを向けば何者かが立っていた。
「旅の人じゃな?」
聞いてくるのは初老の男性……のはずだ。外見からしても言葉遣いからしても年老いたそれしか感じられない。俺から見たら十分爺さんと呼ぶべき年齢だ。
けれども、これほどの近距離だ。俺でも気配を感じることが出来る。
圧倒的だ。例えるならば、桁外れた強さ。
「……お前、お前なら。知っているはずだ、俺に教えろ強さを!」
駆け寄り服を片手で掴むと老人の小さな体を浮かせる。
しかし、相手は顔色一つ変えない。
「この村は深入りしない方が良い。みな、気の狂った人々じゃしな」
俺の求めている答えとは違う。
そんなんじゃない。
お前は強いのに、何で俺に教えてくれないんだ!
「……教えているじゃろうに。この村に深入りするな、と。お前は、今まで積み上げてきたものを全て失うかも知れんぞ?」
っ、心を読んでいる?
……神、なのだろうか。
犬死ちゃんはこの世界にいるが、この世界を管理している神ではない。
ならば、この世界には……犬死ちゃんのほかに神がいるはずだ。
「……お前が?」
「残念じゃが……わしは神ではない。ただ、人より多くの不幸を背負ったジジイ……。それだけじゃ」
常に無表情の顔。
……わかんねぇなぁ。
服を放し爺さんを地面へおろす。
『ち、長老さまぁっ!』
背後から声が聞こえてきたので振り向けば、そちらに先ほどの門番がいた。
なにやら慌てている。
「どうした?」
『い、医者が! 医者がこの村に来ました! これでカオル様の病気が――』
「馬鹿者ッ! あの子を医者に診せたところで治すことは出来ん! あの子の病気は一生治らないものなのじゃから、そう何度も……おぬしも聞いているはずじゃが?」
『で、ですがっ!』
手を一度振り、退けと命令する。
それを見て黙り込む門番。
……この爺さんは村長、らしい。何だかわからないが、何か面白そうなことに巻き込まれそうだ。
このまま爺さんに付いていくのも――
「旅の人。あなたはこの村から出て行ったほうが良い」
「何を言う! 俺はお前に強さを、それに……強いお前が困る事態ってのも知りたいんだ」
求めていたことを、つい先ほどまで忘れていた。
これからは積極的に……強い奴には聞いていかなければ。
それじゃなきゃ、青空と会わせる顔がない。
「……ダメじゃ。出ていきな――」
「お父さん! こ、こっち、来て!」
先ほどの、明かりが漏れている家から出てきた犬死ちゃんが叫ぶ。
どうやら俺を呼んでいる様子だ。
「爺さん。あんたの都合より俺の都合を通させてもらおうか」
「……どうにも出来ない錘を背負い、それでも強さを求められるか? 今のお前さんが見てはいけないもの、そうは思わないのか?」
「錘の一つや二つ、とっくに背負っているんだ。それが増えたところで俺は立ち止まれない、だから進めるさ」
……全く先が見えないのが難点なんだけどね!
黙ってしまった爺さんを置いて犬死ちゃんの待つ家の中に入る。
結構家の内側は複雑で、くねくねと何度か曲がり一つの部屋に入る。
そこには門番の片方と医者、そして一人の女性がいた。
いや、まだいる。ベッドに横たわった少女。髪が腰の辺りまで長くなってしまっている。
真っ白な、不健康そうな体の色をしていて……対極となっている黒髪が印象的だ。
青空がもう少し小さかった頃を思い出す。
……が、影流含め俺達三人は結構活発だったから肌の色は真っ白じゃなくて健康なそれだったんだよなぁ。
「……コイツは?」
ベッドに寝込んでいる少女を指差し言う。
静かに眠っている様子だ。空は暗くなっていて、
「君と同じ病気。治すことは無理かな」
それだけでわかった。
あれか。病名などは知らないが、不潔な龍に触ると死ぬっていう……。
「でも、生きているみたい……だぞ? 病気にかかってすぐとは思えないんだが」
肌の色から察するに、家に篭りっきりだったのはわかる。
だからこそ、この病気にかかるなんて思えない。
「……ああ、そうだね。生きているよ。でも、それは病気の進行状態が物凄く遅いから、かな。稀にあると聞くけど……」
なるほど、だが……死ぬんだな。こいつ。
犬死ちゃんに目配せする、が首を横に振る。
「生死の門番は門を通過する人を少し留めることしか出来ないの。お父さんみたいに、ちょっと留めた隙に生き返ってやるー!! みたいな人なら生き続けることが出来るだろうけど、それに……」
それに?
「死ぬ瞬間。その時、わたしがここにいなきゃ、能力を使うことが出来ないの」
……ゆっくりと、スローペースでこの少女の体を蝕んでいる病気。
死ぬ瞬間を……引き伸ばしてくれている。けれども、俺達がこの場に長く留まることは出来ないだろう。
助けることは出来ない。
『……お医者様』
女性が呟く。
この子の母親なのだろう。
たぶん、この子を一番長く見守ってきた人。
どんよりした空気がこの部屋を包むが、今の俺にはぶっ壊せそうにない。
活路がなくても進む俺だが……地に足が着いていない気分だ。
「……わし等は龍を神と崇め、信仰している。だから、病気の進行が遅いのだ」
部屋の入り口に現れる爺さんに視線が集中する。
子供部屋に五人、眠っている少女を含めれば六人いるのだ。キツいのになんで現れた。
「……しかし、この子は心の何処かで龍を妬んで、恨んでいるのだろう。だから、病気が治らない。この子自身の問題なのじゃ」
……な、龍を信仰する、ってだけか?
そんな簡単なことが出来ないから、コイツは苦しんでいるのか?
「旅の人、あなたは簡単と言う。けれども、この子は……心を動かさない」
また読心術か。
……そうか。読心術。
この爺さんは、この少女の心を知りたくて習得したんだろう。
そしてわかった。少女は龍を何処かで信仰していない、と。
「俺にしてみれば馬鹿らしい話なんだがな。お前達は、ずっと……龍を信仰してきてるんだよな」
医者で治せない、俺達が助けれない。
自力でしか、無理。その治す方法というのも、少女が心のどこかで拒んでいるもの。
最悪じゃないか。
「これも、あの馬鹿者がいたせい……」
『あなた、あの子のことは……』
あの子?
誰だろう。少女以外を指していることはわかる。
「あの子、ってのがいれば治せるのか!」
「っ、馬鹿を言うな。アイツが……アイツのせいで、この子は苦しんでいるのじゃ。二度と顔も見たくないわっ!」
随分と怒っている様子の爺さん。
『……今日は、夜も遅いですし。この方達はうちに泊まってもらいましょう』
「そう、だな。いいですかな、明日にはこの村から出て行ってください。お願いします」
お辞儀をさてしまう。
……くそー、あの爺さんは強い。なのに、色々悩んでいる。
たぶん爺さんは治す方法をわかっているんだ。
なのに頑なに教えようとはしない。
正義を気取るつもりはないが、ヒントまで出て答えないのは俺の流儀に反するんだ。
間違えても良いから一度答える。
だからこそ、ここまで進んできたんだ。
お茶と出会い、アレンと出会い、あとは省略しよう。そいつ等と出会い、ここにいる。
どんなめぐり合わせかは知らないが、解答欄を用意してくれよ。
「お父さん……」
と、少し冷静にならなければ。
今夜は泊めてくれると言っているのだ。甘えさせてもらおう。
よし、この病気の名前を『腐龍病』と名付けよう。
かかった者は半日で死亡します。逃れるには龍を心の底から信仰しなければいけません。
みなさんも体を洗っていない龍に近づくのはやめておきましょう!
はい、見つけたらの話です。
……さて、何だか今回の核の一部分に触れた気がしますね。
不幸、突然降りかかるものです。
ま、不幸程度で折れる心など海弟は生憎と持ち合わせていないでしょうがね!
大きな器と小さな度量を持ち合わせた外道の騎士、それこそ海弟。
捕獲するには青空とお菓子をセットでどうぞ。