第409話『死なぬだけマシなのだよ』by海弟
……うーむ、何故海弟さんはこの世界だと若干冷静なのだろう。
真剣に考えれば考えるほど答えが遠のいていく気がする。
「ああ、朝日が眩しいッ!」
少し赤く腫れた頬、そうなのです。お茶さんに殴られたのです。
何故かって? 俺が聞きたいのです。
ちらりと後ろを見れば、荒ぶっているお茶の姿が見えた。
何か呟いているがベランダ部分であるここからは聞こえない。
そう、殴られただけではなく、ベランダに追い出されたのだ。
つまりは外に締め出され、寒いベランダで朝日を眺めるというシュールな展開になっているわけですよ。
「初っ端から、風邪引くぞオイ……」
窓を割って中に入ってやろうか、と振り返ったがいつの間にかお茶の姿がなくなっていることに気づく。
まさか俺の存在を忘れて部屋から出て行ったのだろうか。
「何ていうか、酷い話だな」
じゃあ俺は良い話で相殺してやろう。
石のタイルで出来たベランダに座り込む。
ここでお茶が来るまで待てば良い話の完成だ。
……さて、待つとしよう。
☆
気づけばベッドで寝ていた。何だか体中が火照っている。
首を横に傾け窓から外の太陽を見れば、もう少ししたら昼になろうというところだった。
何だか知らないが、俺は倒れたらしいな。
頭が痛いので布団を深く被り潜り込む。
数分もぞもぞしていると体中の……もっと言えば皮膚に被さる何か……その異変に気づく。
布団の外に這い出し、ベッドから落ちてみれば、着ている服が変わっていた。
通気性の良い、何と言うか病人に着せるような服だ。それを俺が着ていた。
頭が二倍痛む中、出口を探してさまようこと数十秒。
まずは着替えるべきだと俺の中の礼儀正しき天使が呟いてきたのであえて着替えずに出歩く事にする。
さて、出口はここか。
扉を開けば、誰かが立っていた。
何だか視界がぼやけて誰かはわからないが、化け物ではないと思う。
……何で化け物ではないと俺は断言したんだ?
「……お、おお。起きたか」
「ん、その声は……お――リティか」
ふぅ、俺の脳はまだ正常な判断が出来るらしいな。
前みたく、殴られベランダに放置はベッドからの再スタートだ。
「……いや、すまんな。お前を探しに行ってたんだ」
「目の前にいただろうが」
「色々考えていたから見ていなかったんだ。本当にすまない」
頭を下げるお茶。
とりあえず、コイツはこの国で今一番偉い人物なのだ。そんな光景を見られたら……俺は一体どうなってしまうのだろう。
たぶん牢屋は確実かな。良い方向へは行きそうにない。
周囲を見回し誰もいないことを確認する。
……よし、その誠実さを一つ買ってやろうじゃないか。
今回は許すが次はないと思え。
「頭をあげてくれ。俺はアレン君が城内を裸で逆立ちしながら一周してくれれば満足なんだ」
「なっ」
「うん、やらせよう」
「姫様っ!」
天井にでも張り付いていたのか、上から落ちてくるアレン君。
珍しく焦っているようだ。
「わかっている。褌は許す」
「……逆立ちしているのだから、意味はないだろう。それよりも姫様……そう簡単に臣下を売らないでください」
ここで頬の一つでも膨らませれば殴ってやるのに……。うまく回避するとは……。
と言うか俺の知り合いの中で頬を膨らませて怒る奴なんて……数人いるな。数人。
「ま、大半は膨らませないけどな」
「ん? 何の話だ?」
お茶が聞いてくるが無視することにする。しかししつこく聞いてくるお茶。
何だ、お前の興味のある話じゃあないぞ。
……っと、無視よりも有効な手段があったじゃないか。
「お茶」
「ん? さらっとお茶と言ったな、今」
……俺の口の馬鹿ッ!
いや、まだ修正可能だッ!!
「聞き間違えだろう。それよりも、礼が言いたい」
「……礼?」
よし、スルーだぜ。
「うん、お前がベッドまで運んでくれたんだろ? ありがとな」
「……め、珍しいこともあるものだな」
「はっはっは、珍しい? 俺は『悪意と善意、愛情と劣情、平和と争い』六つの要素から出来ているんだぜ?」
「見事に相殺されてるな!」
比率的に悪い部分が多いのは内緒です。
「何か考え事をしていた気もするが、まあ良い。朝……いや、昼食を食べに行くぞ。アレン、今日こそは一緒の席で食べ――」
「失礼っ」
何処かへ消えるアレン君。
お茶の『一緒の席でお食事大作戦』(俺が今命名)が成功する日はくるのだろうか。
一緒に食事をしようと思っていることすら初めて知ったのだが。
たくさんの人と食べた方がメシもうまくなるってもんだぜ! 派の人なのだろうか。
長いから『TTM!』で良いか。最後の感嘆符はおまけだ。
「……行くか」
「何か急に寂しそうだなオイ!」
何だコイツ、一気に扱いが難しくなってないか!?
☆
食事は俺に考慮してくれたのか、小麦を使ったものが中心として出てきたので食べることに抵抗はなく、むしろうまそうなものばかりだったのでおかわりまでした。
朝から何をしているのか、とお茶に呆れられたのだが食卓の上ではみな平等。お茶には俺と同じ三度のおかわりを命じたので現在もお食事真っ最中である。
「と、言うわけで俺は昼寝でも――」
「ふごごーっ! ふほふっ!」
……うん、何言っているかわからないぞ、お茶。
とりあえず二度目の荒ぶりを見せてくれたお茶には落ち着いてもらおう。
席から立ち上がると天井を見る。
「……うっ」
「よし、アレン君発見。俺の着替えは何処に置いてある?」
「……この部屋から出て、右に曲がったところを真っ直ぐ行った三番目の右の部屋にある」
アレン君は天井ばかりで助かるよ!
これから旅をするというのに、空でも飛ぶんだろうかコイツは。
まあ良い、早速着替えを取りにいくとしよう。
寒いんだよ。
廊下に出ると周囲に人がいないことを確認してみたが人がたくさんいたので、もう諦めて混ざって歩く事にする。
何だろう、この先は……なるほど、兵士用の食堂があるのか。まだ滞在している傭兵がいるのだろうし、食事の量もいつもより多い。
この多さは使用人達か。
「……厨房一つじゃあ足りなかったんだな」
食堂にある厨房だけじゃあ量が足りない何て、凄まじいじゃないか!
食欲が力になる世界ならば、この国は最強だ!
まあ俺がこの国にいる限りこの国は無敵だがな!
蟻でも龍でも空気でも、潰して進むのが俺なのだよ。
はっはっは、空気よ潰れろ。
「……これは、潰れていないな」
感触が無さすぎる……これは、ダミーか!
ならば本物の空気は何処に……待てよ? これがダミーだとすると、現在人類は空気を吸わずに生きていることになる。
いつの間に超人へと成長していたんだ人類ッ!!
感動していると男の声が掛かる。
そちらを見るとこの世界での知り合いの一人、ノッグじゃあありませんか。
少しコイツ丸くなってないか? 運動をサボるんじゃないぞ。
『聞いたぞ』
「そうか、人類の進化の噂はもうここまで……」
『……いや、その話じゃないんだがな。旅に出るそうじゃないか』
……旅か。うん、目的のある旅は素晴らしいよ。
何が素晴らしいかって? 自分の目で確かめろよチェリーボーイッ!
はっは、俺のことかッ! くそぅ!
「旅か。旅は良いぞぉ」
『な、急に生気が……。大丈夫か?』
俺の肩を揺さぶってくれたノッグのおかげで俺は体に戻って来る事が出来たのであった……。
それまで何処に居たかって? はっは、天国さ。
「まさか、ノッグ。お前も――」
『いや、お前等についていける気はしないよ。あの後聞いたんだが、物凄かったんだって? 上の広間なんてまだ直ってないらしいし』
……お、おお。直ってないのか。
まあ超火力砲なんてものは狭い部屋とか洞窟とかじゃないと使えないんだよなぁ。
うまく当てられないんだよ。いや、狭い部屋でも当てられなかったんだけどね!
『頑張ってこいよ、これだけ言いたかったんだ』
「何を言うか。俺に出来ないことなど――」
……あるぇ、何だかふらふらするよ?
さっきまで大丈夫だったんだけどな。
『鼻血出ているんだが』
「はっは、気にするな。じ、じゃあな!」
……熱ですか? 熱ですね。
旅なんて出来るんだろうか。
海弟を構成している六つ(実質三つ!)の成分を紹介しましたね。
正しい心が五割なら、悪い心が百割なのが海弟だと理解しておきましょうね。
ここテストに出ますよー。
ではまた次回!