第388話人形と聖女
人形と聖女
木造の大きな店だ。説明では住む場所に工房、更に販売するスペースなどもくっつきかなりでかいものとなってしまった、そうだ。
へぇ、と思わず溜息を吐いてから気づいたのだがコイツはここの店で働いている奴らしいな。
「父がこの店を経営していて、その娘なんです。私……」
「ほお、儲かってるのか?」
「王妃様がよく来てくださいますし、宣伝にもなりますから」
と、なると結構人気がある店なのか。
「しかし、他に客がいないように見えるんだが……」
「定休日なんです」
「……悪いな。場所はわかったし、また後日――」
後ろを振り向き扉に手をかけたところで声が掛かる。
「いえ、男の人がお人形に興味を持つなんて珍しいですし、どうぞ見て行ってください」
……俺が選ぶんじゃないんだけどな。
心に巣食う魔神さんを呼び出し一つひとつ人形を見ていく。えらく種類が多いので時間がかかりそうだ。
「定休日、と言いましたけど。えと、店内の整理の日になっているんですよ?」
「うん、確かに綺麗だな」
周りを見渡せば、太陽の光のみで店内を明るく照らし、更に人形の置かれているスペースにはレースの付いたテーブルクロスが敷かれていたりと、この女性らしい店内だと思う。
全部の人形を見終わると魔神に聞くことにする。
それで、気に入ったのあったか?
『……それだけの銀貨があるのなら、すべて、すべて買えるんじゃ――』
一つな。人形は一体って数えるんだっけ?
どっちでも良いや。
魔神、欲を張るんじゃない。俺のお財布に気を使え。
『それじゃあ特注で作ってもらおう、良い?』
お前は馬鹿かッ! 俺も馬鹿だがお前はもっと馬鹿だ。
タダでさえ高いのに、全部だとか特注だとか、買えるか馬鹿!
『……じゃあ、アレでいい。でかいし』
アレってどれだよ。指差していくから決めたヤツのところで声をかけてくれ。
魔神に心の中で言うと店内の端から端を目指し、人形を一つずつ指差していく。
ちょうど中間の辺りで声がかかり指を止めるが――人形はない。
「何も無いぞ」
「はい?」
「あ、いや……、ここだけ何も無いから……ん?」
人形は置かれていないが、この形……まさか。
「あっ、これですか? 確かに珍しいですよね、異世界の洋服店、とかいうところに飾られている人形らしいです」
そう言い白い体をしたそれの元まで歩み寄る女性。
大きさは、確かにこの店にある人形の中では一番大きいだろう。俺の首辺りの大きさまである。
体型は女性のそれに似ているが、着る服によって男にも見えなくはないが……真っ裸なのでそんなことは気にならない。
一番重要なのはコレが俺の元居た世界にあるマネキンということだ。
「……コレか?」
『うん』
……人形を買いに来たのにマネキン購入って何だよ。
まあ形としては一番人間に近いが……何か違うだろ。
あと服も買わなきゃ……いや、青空に作ってもらえば良いか。うん、下着を買いに奮闘とかしなくて良いなら別にこれでも良いか。
というか下着とか必要ないだろコレ。
「なぁ、コイツを譲ってくれないか?」
「え、えーと……父に聞いてみないと……」
確かに、これの所有者は彼女の父親だろうな。
俺の予想だが頑固親父だな。そして譲るのに一悶着ある。
☆
「まいどありぃ!」
……うん、買えるなんてな。
気の良い親父だったよ、アイツは……。
今後ともご贔屓にとか言ってたが、もうあの店に立ち寄ることは無いだろう。
青空が立ち寄ってる、と言うだけで経済効果があるんだ、それ以上のことは手の届かない望みというヤツだ。
急いでマネキンを担ぐと店の隣の路地裏へと入る。
誰かに見られても別に良いのだが、驚かれると色々面倒だ。
「さて、お前に体を与えるわけだが……ホントにコレで良いのか?」
『こっちの体のほうがわたしに合ってる。面白いものが――』
「その件は良い。テメェはテメェの足で地面に立つべきだ。それじゃ、適当に初めてくれ」
魔神の力を俺は使えなくなるが、自分以外の力をコレ以上受け取るってのも悪い気がする。
誰かにとかじゃあ無いのだが、なんとなく。
そんな言い訳をしていると、急に俺の体が黒い煙を発する。
何処から、聞かれたら全身からと答えざるを得ない状況なのだがその煙はマネキンへと入っていく。
あ、そういえば帰りはどうしよう。
「おい、魔――」
次の瞬間、爆発した。
原因が何かはわからないが表通りまで俺は吹っ飛ばされる結果になったわけだが……何だコレは。
爆発のせいか野次馬やら近くにいた騎士やらでごった返しているが、俺の顔を見て騎士連中は何処かへ去っていった。
「……何だよ、何だよ……」
何だかちょっと寂しいじゃないか。
野次馬にも去るように声をかけてから近くの建物が壊れていないか確認する。
爆発の余波はすべて俺へと向かったようで他の建物はまったく壊れていなかった。
「何だこの理不尽!」
「元の体を切り離すのに手間取っちゃって、爆破したんだ。説明おーけー?」
「おーけー。はい、魔神さんちょっとコッチ来ましょうねー」
コッチ来い、と手を振る。
何かを悟ったの体全体を使った大きなリアクションで項垂れていたが、罪は軽くならない。
刑は軽くなるかも知れないが悪いことは悪いのだ。
「とりあえず腕一本いくか」
「こ、こんなところで……い、いきなりそんなことしちゃだめぇ」
「変な声を出すな。野次馬が戻ってくるだろうが、まずは頭部からかオイ」
何やかんやで野次馬は戻ってきてしまったので破壊衝動を抑えて城の中に閉じこもる事にする。
一応、城は一般解放されているが、それも一部。城の内部に入ってしまえば俺の勝利となるのだ。
と言うか、そこまで野次馬根性のある奴なんて居ないだろう。
「じゃあ服買いに行こうか!」
「表情無いからわからないんだが、上機嫌だな」
「うんっ」
……動くマネキンは怖いなぁ、というのは心の中に仕舞っておいてやろう。
よほど嬉しいのか性格的なものが変わってる……いや、悲しみを乗り越える力を手に入れたからか。それは……さ。
「うーむ、青空に頼もうと思っていたが……良いだろう。買いに行こうじゃないかッ!」
あ、いや待て。魔王の用事もあるから……。
ちょうど洋服を売っている店の前を通る。
「とりあえず、お前をここに置いていこう」
「えっ?」
☆
「ち、ちょっとー!」
「あとでまた来るから。あ、店員さん、コイツ不審者じゃないんでよろしく☆」
本気で置いていくのが俺です。
さて、野次馬も店の方に集中してるし、俺は邪魔されず城に着けそうだ。
「ん? おおっ、海弟を久しぶりに見つけた!」
突然声が掛かり後ろを見る。
おお、俺も久しぶりにお前を見たな。
「マヤ、えーと……神父さんは?」
「酒飲み状態でバーサークですが、こっちとしても盗みの理由が出来るのはありがたいんだけどねっ!」
「王族の宝は盗むんじゃないぞ、あ……盗めないなアレは」
「どういうこと?」
「実はな、宝物庫には――って、何でこんなこと教えなきゃならないんだ。マヤはおつかいか?」
どうやら違うらしく、困った表情になるマヤ。
ここで事情を聞くのも良いが先を急いでいる――
「友達とここらで起きた騒ぎを見に来たんだけど……はぐれちゃって」
――遅かったか。
いや、けど驚いたな。
「お前友達いたんだ」
「失礼な騎士ね。私みたいな孤児は結構たくさんいるんだから」
「そうかい。今後孤児を見つけたらお前に引き渡すことにするからよろしくな。で、友達とはぐれたんだよな?」
「スルーして良いのかな、それは」
全力で回避しろ。
特徴を教えてもらい、俺も探すのを手伝う事にする。
赤色の髪で、身長は俺の胸辺り。服は修道服――ちょっと待て、シスターさんかそれは。
「孤児じゃないんじゃ……」
「一応、孤児ではあるよ。今は自分で希望してシスターやってるけど……私達は友達なの」
「そうか。お前は泥棒希望か? 不釣合いだな」
「表向きは私もシスターさん希望になってるけどね」
不釣合いを通り越してたか。
まあ良い、警察犬の海弟と呼ばれた俺に任せれば数秒で――え?
「おい、マヤ後ろ……」
「へ?」
急に寄りかかられたせいかマヤが前へ倒れそうになるが倒れてきた奴を両手で支えマヤを片足で支える。
「ふふぅ、はんへほーはふほっ!」(訳:もう、何でこーなるのっ!)
「コイツに聞けよ。赤い髪のシスターさん」
……って、気絶してるなコレは。
「起こして良い?」
「乱暴な方法じゃなければ」
うん、じゃあ日常的な方法で行こうか。
シスターを地面へ寝かせる。かなり狙いやすいな。
「水よッ!」
思い切り顔を狙い水の塊を放つ。
「ふごごごごごぉぉぉ!?」
驚いて飛び上がるシスター女。
髪がびしょびしょに濡れている。
あっはっは、面白いなコイツ。
「二発目ぇ!」
「いや、起きてるから海弟」
「そうか? まだ完全に目が覚めてないように見えるがな」
「垂れ目と一重、更に遺伝子レベルで彼女はそう見える顔になってしまっただけなのっ! だから撃つなァァ!!」
「水よォ!!」
「へ?」
その日、雨でもないのに大きな水溜りが出来ました。
……うん、何でだろうね。アレだよ、最近のマネキンはすごいなー、っていうアレだよきっと。
何がすごいのかはわかりませんが、時期に動くんじゃないんですかアレは。
今度から例のブツと呼ばせてもらいましょう。
忘れてると思いますが。