第381話『知っているならあるのと同じ』by海弟
魔王の役目を奪い去る、腹が黒い女ですby作者
ガァン、という空気を揺さぶる音と共に白く染まった剣が少年の身を避け地面へと突き刺さる。
ヒカリの少女の視線の先、そこには黒衣の男が立っている。
「……海弟のことだ、塔の崩壊のことも考え……十中八九予想は出来ていたが――ここまでピンチで良いのか?」
少年、海弟のほうを向き言う。
その声は海弟へと届かない……のだが、ヒカリの少女には聞こえている。
「魔王、なるほど。ここでの乱入は予想外だけど、剣を持たない魔王なんて……ッ!」
少年の持つ剣、それこそが魔王の持ち物である黒の剣ということに気づき息を呑むヒカリの少女。
しかし――拾わない。
「今は海弟、お前に貸す。お前に必要な力だからな、だから黒の剣は使わない」
目の前の敵を睨み静かに告げる。
自身の力を半減、いや、それ以上の力を失うというのに……。
魔王は独特の構え、魔力を効率よく体に回すための構えだ。
魔族独特の武術、体中に回した魔力を使い――魔法の力を借りて自身を強化する魔道だ。
「……ならば、脅威でも何でもないです」
瞬間、何か違和感を感じ後ろを向くヒカリの少女。
違和感の正体はわからなかった、しかし……そこに、確かに何かが起こっていた。
空間がぐにゃりと歪み、そこにないものを引っ張り出してきたかのような……つまり、転移だ。
すぐにそれがわかり、咄嗟に飛びのく。
空間の歪みが数秒かけ、直っていくと同時に姿を表していく複数人の女達。
魔王も見覚えがある。
「……魔王が裏で事を仕掛けるとうのなら邪魔しましょう。けれどもしないなら魔王を殴りましょう。つまり、魔王がウザい」
「邪魔をしに来たのなら帰れ!!」
「イヤよ。ここに残る、で戦う。誰と、って質問は……いらないわよね?」
勇者と、即興で作られた海弟の部隊の面々と、三人の魔族。
そのうちの一人が「こんなに人を転移させたのは初めてだから疲れた……」と呟くのも聞こえたが勇者は無視して続ける。
「白の剣を奪ったのはアンタってわけね。張り倒すだけじゃ気がすまないわ」
ヒカリの少女の口から、言葉が漏れる。
「……何で」
「何でって、敵の敵は味方って言うじゃない? つまりアレよ、お前を倒してお前も倒す!! ってヤツよ」
魔王のほうを見て言う勇者。
つまりはヒカリの少女の後に魔王を倒すと宣言しているのだ。
「……今、目的が一致しているのなら問題ない。そこの後ろの女達、海弟を頼んだ」
「死なない程度になら殴っても良いから、よろしくね」
それを聞いて、レラ、シャン、シュクリ、オキア、エレアは頷く。
彼女等も無理やり引っこ抜かれて、無茶苦茶の隊長を宛がわれて、その隊長の、海弟のいい加減さにはうんざりしていたのだ。
けれども、それ以上に信頼していた。
「うわぁ、ボロボロ……痛そう」
「エレア、触っちゃダメよ。菌が着くわ、菌が」
「ええー、持ってくれないと潰され……」
「あたしも持つから頭を引っ張るな。何か苦しそうだぞ」
「二人も手伝ってください。ワタシだって触りたくありません」
信頼していた。
「……ふむ、ではわたし達は周囲に住む人間に避難を促してくるとしよう」
部下の二人に視線を送る。
それだけで理解したのだろう、二人は別々の方向へと走っていく。
「命令する奴は命令される奴の二倍働け、よく言われていたが……キリが良いというヤツだな」
一つ頷くと隊長も走り出す。
魔王と勇者もいがみ合うのをやめ、お互いの敵を睨む。
これは魔神と、ヒカリの少女の戦いだ。
けれども、それだけで終わらない少年を魔神は味方にしている。
☆
球体の光が勇者を目指して放たれる――それを避けると魔王へと視線を送る。
「自身の凶暴さがわかって良い勉強になるだろう」
「敵の敵は味方だけど、敵でもあるのよね」
「殺気をこちらに向けるな」
魔王は背後にも注意を向け、ヒカリの少女へ向かって突っ込む。
やはり、と言うべきか標的を魔王へと変更し光の魔法をレーザーのように一直線状へ放つ。
普通の攻撃よりも素早く自分へと向かってきたその攻撃を半身に構えて避ける。
「さすが、勇者と魔王……と言ったところですか。けれども、私の一方的な展開なのは変わりませんね」
「それはどうかしらぁん♪」
背後、自分が魔王に集中していた最中に勇者に背後を取られていたのだ。
それに気づき後ろへ視界を移動させるヒカリの少女だが――遅い。
蹴り飛ばされ顔面から地面へと突っ込む。
派手に転がり土煙にヒカリの少女は消える。
「ふーん、弱い」
追撃とばかりに言葉を投げかける勇者。
「……待て、勇者。何かおかしい」
「うっさい。おかしかろうが変態が現れようが私がすることは一つよ。殴る蹴る踏みつける、三つ揃わせてやるんだから」
直後――勇者へと降り注がれる光。
「あ、ぐぅ……」
「勇者ッ!! くっ!」
放たれた元を辿れば空中へと向かっている。
視線を移動させた先、そこには光に包まれ空中に浮かぶヒカリの少女の姿があった。
「空にいれば、あなた達は私の不意を衝けませんよね? それしか攻撃の方法がなかったのに、その方法を奪ってしまうのは残念ですが――」
「うっさい」
勇者の声がヒカリの少女の言葉を遮る。
「敵は敵らしく、ドンと構えてりゃ良いのよ。正義の勇者様が切り裂いてミンチにしやすいように!!」
まだ叫びは続く。
「攻撃の方法がない? だからどうしたって言うの、私達があんたを狙っているというのは変わらないでしょ?」
そう、つまりは――勇者達に戦う意思がある限り、ヒカリの少女は降りてくることが出来ない。
仮に降りてきたとしたら、再び不意を衝かれることがあるかも知れないのだ。
「勇者、耐えられるのか? 今の一撃でかなり疲労していると見えるのだが……」
受けた攻撃の威力を物語る勇者の体はすでに擦り傷だらけで、耐えられているのは彼女が勇者と呼ばれるまで強くなっていたからに他ならないだろう。
無茶苦茶な彼女だが、強いのだ。人々に崇められるほど、強く気高く無茶苦茶で……すべてを詰め込んだような一人の人物。それが彼女。
「魔王、打ち落とすには石で十分な鳥よね」
そこ等辺に転がっていた石を掴み勇者が言う。
「……ふ、そうだな。しかし、一番重要なことは叫ばなくても良いのか?」
「うっさい。切り札と決め台詞は最後まで取っておくものなのよ」
石を投げる構えを取り勇者は言う。
「息子一人守れずに野垂れ死にする気はないッ! この世で最強の母親が相手になってやるんだから覚悟しなさいッ!!」
同時に投げられる石。それは狙いの定まった攻撃ではない、けれども……気持ちの篭った一撃だった。
☆
「わたしは、一番最初の世界の支配者を殺したい」
感情が滲み出ていた。
「お前、狂ってるな」
呟く。
「あなたこそ、狂っている」
「残念だが、今の俺には感情がないらしいからな。記憶に頼ってそれに沿った行動をしているんだろう?」
「かも、ね」
「かも、って何だよ」
断言してくれ。
いや、俺としてはわりとどうでも良いな。
よくよく考えれば、感情があろうとなかろうと考えることさえ出来れば迷う事は無いし。
「だって、わたしはあなたみたいなの見たことないの。感情がないはずなのに、ころころと表情を変えるし……」
「癖じゃないか? いつの間にやら俺の顔の筋肉は反射神経を極限まで高めていたようだ……」
ふっ、さすが。
いや、逆に気持ち悪いな。
「まあ良いさ。お前がやりたいようにやれば良い。俺の体を使えば出来るんだろう?」
「いや……負けてる」
「はい?」
「押し負けて、気絶してる」
何だと? 押し負ける? 気絶。
まさか、この俺の体を借りてまで戦っているのに気絶!?
「馬鹿野郎ッ! お前は俺を怒らせたッ!!」
「感情無いのに」
「知るかッ! 俺は知っている、怒りが何か! だから怒ろう喚こう騒ごう、お前が全面的に悪いとなッ!!」
俺は確かに何にも出来ない。
恐怖に負けて、感情を一度は捻じ曲げた。だがお前は、大切なことを一つ忘れているッ!
「一度受けた攻撃に、二度目はないのがこの世の理ッ! 感情なくして卑屈になろうと俺は俺だ。やったら出来る天才だ」
「うわぁ」
何だその目は。
「まあ天才というのは俺も違うと思うけどな。まあ、余裕は出てきたぞ」
「……どういう意味?」
「意味はない。あえて言うなら充電だ。意味のない行動は俺の支えだ」
周囲を振り向けば、俺の感情とは違うだろうが箱のようなものが一つ置かれていた。
「俺の全てが詰まった箱だ。つまりは記憶、実体験を基にしたノンフィクションだ」
コイツを開ければ元通り。
全部全部が元通りだ。
「バトンタッチだ、魔神」
「……勝てないよ?」
「知るか、俺が負けたんじゃない。お前が負けたんだ。ならば次は俺がやる。俺のことは俺がやるんだ」
「わたしの思いを――」
「引き継ぐのさ」
不適に笑う。感情が削り取られようと、俺は俺の意思で動く。
「……わかった。勝って、これはわたしからの激励」
「ふっ、魔神の悲しみこの背に背負い。支配者だろうが張り倒す。テメェの望みを叶えてやるよ」
それと、ヒカリの少女に教えてやろう。
たまにゃあ外道でも良いんじゃないか? ってな。
俺は箱の蓋を無理やりこじ開けた。
感情? 必要ねぇ。テメェにはテメェの意思がある。
こうやりたいと思う高ぶりがあるんだ。
大言壮語上等、ほら吹きでも幸せになれる世界はあるさ。
ボツ。
はい、今回入れようと思ったヤツです。
入れませんでしたけどね。ここで言うには早すぎる。気を待てよ名言(そう呼ぶに相応しい言葉が出てくるだろうか)。




