第364話『疲れた。……疲れた』by海弟
「来ていたのは知っていたんだが、どうしてまたここに?」
まさか森の中で迷ったということはあるまい。
「船を奪ってここまで来たところまでは良かったんだけどさ、剣が折れちゃってね」
そう言ってぐにゃりと曲がった剣を見せてくる母さん。
なるほど、それならばこの剣は持ち主の元へ返すべきだな。
「んじゃあコレ使ってくれ。そいつは強すぎる」
魔法の出番が無くて寂しいぜ。
鞘ごと勇者に剣を渡すと俺は鏡の中から発光する俺の剣を取り出す。
普通に使っている分には光るという地味な能力もわからないし、今後はやっぱりコイツを使おう。
お互いに装備が完了すると説明はまだか、と言わんばかりの瞳で見つめてくる部隊の皆さんと剣の柄に手をかけ今すぐに切り殺してやるとばかりに警戒している魔族さん達に説明する事にする。
「勇者も魔王を探しにここまで来たらしい。説明終了」
「短ッ!!」
「というかワタシ達は何故知り合いなのか知りたいのです」
「口に出さないとわからないぞ。俺達が知り合いな理由? そうだな――」
「ファンちゃん経由で会ったのよ。ね? ね?」
俺の腕にしがみ付く勇者。耳元に口を寄せ「話をあわせろ」と半ば強制的に話をあわせることになる。
もう少しうまい騙し方が出来ないものか。
「そうだけど。まあ俺の勇者を慕う心意気をだな――」
「勇者様っ! サインくださいっ!」
「おーし、書いてあげるからこっち来なさい」
勝手にサイン会が始まる。
さすが魔界、混沌としているぜ。
と、魔界のせいにしてみるが勇者のせいだよな、コレ。
「とりあえずキクさんは警戒しなくても良いよ。勇者と言えど魔王を二度殺そうとは思わないだろうし」
「……君が言うのなら、まあ警戒は解こう。お前達」
お供の人達も警戒を解いてくれたのか剣から手を離す。
ちょうどサイン会が終わったようで――俺の頬に落書きを始める。
「ふざけんなっ!!」
「油性よ」
「おおおおおぅっ!!」
コレどうすりゃ良いのさ!!
自分では何が書かれているのかわからないため、とりあえず絶望しておく。
「大丈夫よ。ほら、黒で塗りつぶせばわからないから」
「……うん、もう挫けないよ」
勇者を倒す日も近そうだ。
油性マジックを何とか落とすことに成功し、これ以上何かが起こる前に先へ進むことを提案する。
休憩もこのくらいで良いだろう、と賛同してくれたので先へ進むことになる。
「にしても、見ない顔が多いけど……左遷でもされたのかな?」
「息子の不幸を楽しむな」
ニヤニヤしている母親の顔を殴るとそっちを向く。
俺達は最後尾にいるので大声でも出さない限り他の奴等に話を聞かれることは無い。
「影流も色々忙しいらしくてさ、そんなところに魔王探しの任務が転がり込んできたらやっぱり俺に頼む以外ないだろ?」
「他にも頼れるヤツいると思うんだけどな。働きたくないっ、ってヤツ等ばっかだけど腕は確かだし」
一番働きたくないと思っているのは俺だからな。そこ重要。
「しかし、白の剣がないのによく魔界に来たな」
「魔王のヤツの不幸は間近で喜んでやらないと」
「ん? 不幸?」
「聞きたい?」
ちょっと奥さん、表現するならコレか。
「勿論」
「何とねぇ、時期魔王候補というヤツがいるらしいのよ。噂だけど」
「ほぉ」
「数週間前に魔王の元へ向かったらしいのよ」
「ほぉ」
「今頃?」
「やられてるかもな」
……勇者、そう呼ぶに相応しくない者がここにいます。
本物の勇者様出てきてっ!!
足元の小石に躓きながらも勇者に殴りかかる。
が、やはりひらりと避けられる。
「まあ魔王は黒の剣を持っているんだ。簡単にはやられないだろ」
「そうかしらぁん?」
ぞくりっ、そうさせるものが何かある。
「仮に魔王と同等の戦闘力をソイツが持っていたとするでしょ?」
「ああ」
「黒の剣があったって簡単には決着が着かないはず。ならばわたしが加勢したら?」
ここで今キサマを切り捨てるっ!!
「とりゃぁぁっ!!」
思わず抜刀し勇者に切りかかる俺。
「とうっ!」
ガキィィィン
剣と剣がクロスされ、更に俺の体重分そこに威力が乗る。
面白い、このまま押し切ってやる。
白の剣の強みはその切れ味も一つだが最もたるところは光の魔法が制御できるようになるところだ。
剣同士の戦いならばこの剣でも勝機はある。
「……女の子になんてことするのよ」
「女の子? ふっ、キサマはただの下郎だろうにっ!!」
「光、更に水よ」
「甘い!! 『鏡』」
勇者はかなりひねくれた性格をしている。
光を前から直接放つのではなく――後ろっ!!
後ろに鏡を三枚ほど配置する。
更にまだ水もある。そちらは……気にしなくても良いだろう。
光の魔法が反射され俺の魔力が消費された感覚が体を突き抜けるが気にしない。
そのままぐいぐいと体を押していく。
水の魔法が俺の頭上から下へ重力へ沿って落ちていく。
「まだだぁっ!!」
歯を食い縛り前方へ体を倒す。
勇者を転ばせれば俺が魔法を受けたとしても立ち上がるまでの時間が出来る。
うまく押し込めたか――と目を開ければ目の前数センチのところに母さんの顔。
そこに水の魔法が俺の背中に直撃する。
「つめたっ!」
「ちょ、服の中に水がぁっ」
数分後。
水が地面に吸収されていくのを視界の端で眺めながらボーッ、としているとひしひしと伝わってくる痛い視線にさすがに起き上がる。
下にいる勇者はと言うと同じくボーッ、としている。
「何をしているんですか」
「いや、勇者をだな――」
「知りません。聞きたくありません。というか興味ありません。着替えです、勝手に着替えてきてください」
そう言って手渡される着替え。
うう、心も体も寒いぜ。
まあ着替えてこいと言われたからには着替えてこなければ。
この濡れた服で長い時間いたら風邪を引くだろうし。
「覗きにくるなよっ」
背後を見ず、片手を上げる。
『しませんっ!!』という声もなかった。
寂しいぞおい。
木の陰に隠れ着替え開始。
寂しいなぁ、寂しいなぁ。
そんな思いとともにまずは剣を腰から外す。更に上着に手をかける――が、視界に何かおかしなものが映る。
黒くてテカテカしていて何やら凶暴そうな表情でそいつはこう語りかけてくるのだ。
『グルォォォォォンッ!!』
全く理解不能である。
唯一わかることと言えば魔物であることぐらいか。よし、逃げよう。
武器を持たない俺は弱い魔法使いだ。
ただの弱い魔法使いだ。
つまりは平凡な上での魔法使い。更にはその中で中ほどの強さということである。
「勝てないっ。あの外見のヤツに勝てるってほど俺は自惚れてないぞっ!!」
もっとテンションが高いときなら別だが。
という訳でみんなに助けを呼ぶことにしよう。
「おーい、みん――」
「女性の着替えを覗くなパーンチ」
「うわ~、やられたー」
そんなことしている場合じゃないっ。
退けシャン。
いや、コイツで良い。魔法使い二人がかりならっ!!
「いくぞっ」
「お、おうっ。何だかわから――ムリっ。あんなの戦ったことないからムリっ!!」
「そんなの俺もだよっ。隊長命令だ。囮をせよ、俺が魔法で叩くっ!!」
「嫌だっ!!」
俺達の他愛もない喧嘩を黙って微笑ましそうに見てくれる魔物ではないらしく、俺達は逃げる。
そう、人間の限界を超えていたと思う。こんなに早く風景が流れていったのは初めて――咥えられているね。
口で挟まれている俺とシャン。近距離で魔法を放てば自爆する恐れがある。
しかしそれがどうしたっ!!
「ははは、あたしの人生もこれまで――」
「一度捨てた人生だ。もうどうなっても構わないだろっ!!」
炎、そこから連想。
よし、いけるぞ。かなり強引だがやってやる。
キクさん達もさすがに気づいたのかこちらを見ている。
ふふ、俺の活躍をとくと見るが良い。
「炎よっ!!」
ぷわんっ、と球の形をした炎が現れる。
灼熱の炎というやつだ。触れば火傷じゃすまないレベルのアレだ。
「ほあたぁっ!!」
そいつを魔物の眼球めがけ投げる。
さすがにこの距離で外しはしない。雄叫びを上げる魔物。やっと口を開けてくれた。
口の中から飛び降りる――と同時に倒れる魔物。
おおう、弱いなオイっ!!
連想魔法には二つの系統がある。
一つは魔力消費を抑えるもの
もう一つは――名の通り連想。バナナから始まって黄色が次にくるあのゲームだ。
限界はやはりあるが今回は炎からマグマまで連想を続けた結果――たぶん魔物が溶けたんだろう。そうとしか考えられない。
「……これちょっと疲れるな」
しかし唾液でびちょびちょ。着替えたばかり――じゃないな。着替えてないぞ。
剣も取りにいかないと。
急いで戻る――と、キクさん等のいる場所へ着く。
「覗きに来たなこの変態っ!!」
「え、ええっ!!」
勇者は着替えるのが遅いようだ。
やったー、前書きに書くことがないっ!!
おいっ。
はい。
今日の後書きテンポ悪いですね。やっぱりアレか。前書きのせいか。
と、まあ長くなるので本題へ。
今回勇者との絡み、というかアレなのが多い理由。
『勇者に死亡フラグを立たせたかったから』
無理だと作者の脳内で今回の話を書いている間に決定されてしまったので無理なのでしょうが、頑張りますっ!!
自由って最高ですね。