第360話逃げ惑え少年よ!
ふう、久々に普通の――普通じゃないか。
俺の頬すれすれのところを剣が突き刺さる。
何故だろう、なんて考える必要性すらない。ここは女子トイレだという事実さえ認識できていれば――思考を中断し視線を後ろへ送る。
部隊のみんなは向こうの世界に置き去りに――いや違う。便乗して俺に襲い掛かってきている。
何だコイツ等、俺に恨みでもあるのかよおい。
とりあえず王都の中央部にある城のはずだ、ここは。兎に角広い。
ならば逃げているうちに――迷うに違いない。というか迷った。
振り切れるなんていう希望は何処にもなかったんだっ!
現実に失望を抱きながら行き着いた先、大きな扉の中に入る。
……なるほど、神は俺に死ねと親指下げて言っているようだ。
「女子……風呂か」
「き、きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「覗きよ覗きっ!」
「さ、最低!」
色々な物を投げられつつ退散しようと扉に手をかけるが――開かない。
残念ながら彼女等の策にはまったようだ……ふふ、俺の人生もここまでかぁ。
どの船で三途の川を渡るか想像していると俺に向かい声がかかる。
「君は――馬鹿だな。見たところ人間だろう、何度か見たことがある。わたしはそれなりに地位のある者だ、君がここに来てしまったのは何かの間違えなのだろう? 詫びをいれ素直に謝り今すぐここから出て行けば彼女達も許してくれる」
何と、まだ俺にはチャンスがあるのですか天使様っ!
じゃない、バスタオルを巻いた女性を見る。
魔族特有なのかは知らないが胸が大きい。なので胸に目が――やばい殺気が眼前に広がっている。
そう、何故か物理的に見える気がする。
「ここを開けろ部下共っ! 死より恐ろしいことが待っていそうなんだっ!」
『面白そうなのでダメです』
あのクソ副隊長めが。出世のチャンスを自ら潰しにかかっているな?
ははん、良いだろう。ならば俺にだって無茶をさせてもらおうじゃないか。
「爆裂! メガファイアッ!!」
即席で作った技名とともに手のひらから溢れる光。いや、熱を持った炎だ。
別に何処がメガなのかと聞かれても答えられないが、普通の炎の玉が扉を吹き飛ばしたという目の前で起こった現実を見ればわかる。
「カッコ良ければ良いのだ、とな」
「決めポーズは良い。しかし、反省の様子がないな。死、まではいかないものの女性の体を見て――タダで帰れるとは思っていないだろう?」
「あー、うん。そうだね、まずは話し合いから始めよう」
扉を吹き飛ばしたところで囲まれていることには変わりないのだ。
ダメだ、俺の作戦はここで途切れてしまっている。
「……すみませんっ。俺が悪いんじゃないんです! えっと、俺の記憶が悪いんですっ!」
「間接的に自分は『馬鹿』だ、と言っている。それでもあの国の代表なのだろうか……。わたしとしてはこの者と組みたくはないぞ」
「組みたくは? えと、どういう意味――」
顔をあげた瞬間殺気がより濃いものになった気がして顔を下げる。
何で俺がこんな目にあっているんだ。人間の女性の裸も見たことがないのにっ!
ええい、ここはキレても良い!
大丈夫だ、何も問題はない。
「ふざけんなっ! 俺はお前等魔族に欲情するほど落ちぶれていないんだよっ!」
「浴場と欲情をかけたのか? ダメだ、面白くはないぞ。さて、こっちへ来い」
そう言うと女性は俺の襟を掴み風呂場前の更衣室から何処かへと連れ去る。
「え、ええと? 何がなにやら――簡単に説明してもらうと?」
「そうだな。良いだろう、わたしは君が――魔王捜索部隊、これは略称なのだがそのまま使わせてもらおう。捜索部隊の隊長であることは知っている。だから鎌をかけたというところかな」
「誰も得しないだろそれ。というか何で俺の顔を知っているんだよ、それに部隊の隊長ってことも」
いくつか疑問はあるが自力で解けそうに無い二つを口に出す。
「援軍を要請しておいて自らが動かないほど魔族というのは悪い性格をしていないよ。元々は魔族の部隊を中心に、君等の部隊が魔王捜索にあたる予定だったのだが――何かと忙しくてな。こちらも人数が少ないのだ。なのでわたしと、残り数名が君の部隊と合流し魔王捜索に当たることとなる」
「最初の質問に答えてもらってないぞ」
「乙女の秘密、というやつだ。どうだろう、可愛らしい乙女に免じそれぐらいは聞かないでくれ」
……まあ良い。
書類上で知っていた、とか顔の特徴を教えられていたとかだろう。
ずりずりと引きずられ尻が痛くなっていくのを実感しながら話を続ける。
「部隊の奴等あっちに置いていちゃったのだけど」
「なにっ。付いてきていないのか! 仮にも隊長が連れ去られたと言うのに」
振り向き愕然とする女性。
ははっ、俺は慕われていないのでね。
「……君と組むのが一層嫌になったよ。わたしに部屋に連れ込むことさえも嫌だ。ここを使おう」
応接間……よりもランクが二つぐらい下がったような部屋に通される。
誰も現在は使用していないのか閑散としているが明かりはあるため、十分に話し合い――というのをすることが出来る。
椅子にどすんっ、と相手よりも先に椅子取りゲームの如く座り込むと足を組み話を始めよう……という意思表示をする。
「君は……何だろう。もう飽き飽きしてくるほど変なヤツなのだね」
「そこが良いんだよ。わかるかい、海弟ファンとしてはだね――」
「何者だっ!」
抜刀し構える女性。
そういえば名前を聞いていないな。裸より名前だろやっぱり。
「おい、お前名前は――」
「……何者だと聞いている」
剣の先を向けているのは――あの男だ。
思いっきり不審者じゃないかこれは。
「ま、待って! 僕はね、海弟ファンの一人であり世界で一番儚い生物さ」
「後半は兎も角としてキサマは不審者に相応しい身なりだな。牢へブチ込んでやるっ!」
何て言うか……面白い。この喜劇をもう少し見せてもらおう。
「牢屋!? 嫌だよ! 第一僕は怪しい者なんかじゃない。ほら、僕の目を見て!」
「催眠か」
「違うよ!」
わめき続ける両者を見ながら俺は考える。
このままでは――人が来てしまうんじゃないか?
わざわざこんなところに連れ込んだのだ。誰にも聞かれたくない話があるのだろう。
ならば人が気づくような行為は避けてもらいたいものだ。
だがそれももう遅い。
この部屋の扉が開き、何者かが入ってくる。
「援軍かっ!」
「……え、援軍ですっ!」
とりあえず立ち上がり、とりあえず入ってきた奴の目の前に立ち、とりあえず腕を振り上げチョップする。
「隊長様ひどいです。こんなに一生懸命探したシュクリを労いの言葉もなしにいきなり叩くなんて!」
「援軍じゃないだろうお前は。探してくれたのはありがたいが、この二人に挟まれたらお前は五秒で死亡確定だ」
いや、この不審者男と一緒に吹っ飛ばされることとなるだろう。
「ぎょ、玉砕覚悟の一騎当千で完全勝利ですっ!」
「そういえばお前、朝風呂か。良い身分だなおい」
「シュクリ無視して喧嘩売らないでっ!」
いや、だって意味不明なんだもん。
あまっている椅子にシュクリを座らせ自分も椅子に座る。
残りの連中もここを探し当ててくれることだろう。俺を殺そうと血眼になっているだろうからな。
一つの部隊で数え、これほどまでに醜く団結しているのは俺等のとこだけだろうな。
「そこの女、そいつは俺の部隊の一人と数えてくれ。とりあえず座ろうぜ」
尻が痛いの。これ以上立たせないで。
納得してくれたのか二人とも椅子に腰掛ける。
それと同時に俺は会話を切り出す。
「話があるんだろう?」
「気は進まないが、情報共有というやつだ。こちら側で調べた情報をあなた方に提供する、探索に協力してもらう以上は必要な措置だろう」
当然のように言う女性。
ふっ、なるほど色々思うところはあるが……まずは一つ聞いておこう。
「お前の名前は何なんだっ!」
「……資料渡されていません?」
ポケットの中をまさぐってみる。
うん、何やら小さく折りたたんだ紙の感触。
「……あー、うん。あった。悪い」
残り40話で400話ですね。
さて、最近記念ばっかで疲れてます。意識した瞬間にだらぁ、と。
何がだらぁ、かは知りませんが。
と、まあ皆さん。今から良いこと言います脳内に刻み込んでください。
何か一つでも良いから、努力している人にとって記念日ってのは毎日あるものなんだよ。
ふっ、毎日だらぁ、な兎桜でした。