第289話『進展? 俺が大変になるだけだな』by海弟
読者の不意をつく。
「たのもー」
「ん? 私はこの屋敷の――」
「さっき聞いた。コイツはこの屋敷の主人だ」
「結局キミに説明されてるよね? だったら私が自分で自己紹介するんだけどなぁ?」
存在価値の無い奴に自己紹介させてやるほど俺は甘くない。
二人に紹介すると少し驚いたようで、まじまじとその腫れた顔を見る。
「あの……そのお怪我は……」
「ああ、これはちょっとした名誉ある負傷さ」
「自分で自分を手加減無く殴ってできたあとだ。馬鹿だろう?」
「……あの、すいません……。もう我慢できそうにありません」
「無心だ! 無心になれ。そうすれば我慢できるぞ!!」
いや、こんなことをしに来たんじゃなかったな。
俺達の目的は一つ。この屋敷に泊まることだ。しかもタダで。
「なあ今日泊めてくれないか?」
「……なんとなくイヤ」
どうせ考えてないんだろうな……。どうせ考えてないんだろうな……。どうせ考えてないんだ――
「はっ! 無限ループへと突入するところだった!!」
「生気の抜けた顔をしていましたよ?」
だろうな。これは手ごわい相手だ。利益と不利益を考えずただ断る。まあ俺達を泊めるのは不利益以外の何者でもないんだが。
ならばこちらも何も考えず取引してやる。
「じゃあ明日は泊まらないから今日泊まらせてくれ!!」
「んー、明日は無いのかー。じゃあ良いよ」
明日には旅立つからこの町には居ないんだよね。それに気づけ。
馬鹿で助かった、とか俺は思いつつ主人の近くに居たメイドに案内されバラバラの部屋に通される。
姫様の部屋はとても豪華な、それこそ主人の部屋と変わらない途轍もなく高級そうな造りの部屋。リオネの部屋はそれこそ客間って感じの清潔感ある贅沢を目指しました的な部屋だ。
そして俺の部屋。王室だ。……いや違うな、王室みたいなのは良い。
「何故に主人と同じ部屋!?」
「いや足りないから」
……一晩で馬鹿は伝染するのか? しないことを祈るしかないな。
寝るとき以外に近づかなきゃ良いし、宿は寝るところという印象しか持たない俺にはちょうど良い。
「で、俺はそこのソファで――」
「ソファの撤去お願い」
「この野郎っ!!」
「いやあ、あのふかふか感が抜けた後のソファってただの硬い長いすだからさ」
「寝てるぶんには問題ないんだよ!! ったく、床で寝るか……」
何故会ったばかりの主人と一緒の部屋で寝ないといけないのか。
神よ、コイツの馬鹿も少しばかりは治してやってください。お願いします。
たぶんダメだろうな。
「神の力じゃ治せないという点で」
「はい?」
「いや、なんでもない」
まあまずは夕食だ。戦闘を繰り返して腹ペコだ。
どうやら主人はいつも部屋に運んできてもらうらしい。ついでだろうが俺の分まで運ばれてくる。
「おー、贅沢」
「普通だよ」
世界の支配者は貴女という人物を許しません。
ふつふつと殺意が浮かんでくるが別に食事一つで人殺しをするほど俺は心の狭い人間じゃない。
こういう時マナーがあるんだろうが旅人という点で見逃してもらえるだろうし、コイツは馬鹿だ。大丈夫。
並べられた料理を前に、フォークやらスプーンを手に持ち今にも食べかかろうとしていたとき、主人から待ったといわんばかりに声が掛かる。
実際にはそんなに声には張りが無かったが十分すぎるほど俺の動きを止めることのできる音量だった。
「キミは少し頭が回るようだから。話しておきたいことがあるんだよ」
「……俺はお前に聞きたいことなんて無いぞ?」
「まあ聞いてくれよ」
「それじゃあ一つ注文。男口調で話すな。女っぽく話せ」
残念ながら女声で男言葉を投げかけられて喜ぶ性癖は持ち合わせていない。
面白い話では無さそうだが食事までおごってもらっている奴の話を聞かないってのもアレだ。
「女口調ね……。長らく演説やらなにやらやっていたから慣れないけど、それでも良い?」
「演説ってお前……。ただの資産家だろ? やらなくても良いことだろ」
「いや、同時に宗教家でもあるんだよ?」
まあそうか。信者であって投資しているのなら一度ぐらいは……いや、コイツの口調から察するに何度も演説などをした経験があるらしい。
そういう経験は一度や二度ぐらいで良いと思うんだが。
「私の両親は一応貴族なんだ。まあどちらとも酷い人で……」
「貴族? 王都でみた貴族とお前の外見は違うな」
「魔法で外見を変えたんだ。勿論一時的なものではないよ? 私は貴族は嫌いなの……」
ふむ女口調合格だな。そして話の内容は不合格だ。
悲しい話に俺は弱い。
「私も十五歳を過ぎ舞踏会やらなにやらに出され結婚相手を探していた時、初めてしったことがあったの」
「ほう? ……奴隷か?」
「……本当に頭が良いのね」
いや、悪いぞ。すごく悪い。ただ強く印象に残っていただけだ。
リオネと最初に出会って投げかけられた言葉の中に『奴隷』という言葉があったこと。そしてあの場が舞踏会の場であったこと。
この主人はその舞踏会とやらで奴隷を連れた男を見たんだろう。
「救われない人だ、って思った。勿論奴隷の人のほう……、その奴隷の人は女の人だったんだけど……。まあそれを見た近いうちに王都で活動しているミノ教っていうのを知ったの」
「ほう、女尊男卑のこの宗教をか?」
「いえ違うわ。ミノ教というのは人と人との助け合いを掲げる宗教なのよ、それを神様が見て人々に平和を与えるっていう……」
「逆だろ」
「どちらも実現不可能、でしょう?」
まあそうだな。
って言うか雰囲気がガラリと変わったな。馬鹿なのは演技だったのか? そうは思えないんだが……となると、魔法か何かだろうか。
賢さをあげる魔法? いや、賢さを下げる魔法か? 元が貴族ならそれなりの教育を受けていたはずだし。
「まあ簡単に言うと……両親が貯めてた金を奪って遠いこの町、ミノ教本部へ逃げたってわけね」
「捨て子扱いしてもらう代わりに大金、ってわけか?」
「まあそんなところと思ってもらっていて構わないわ」
ぐぐっ、と酒を飲む主人。残念ながら俺は酒を飲まない主義(決して飲めないわけではない)なので酒には手をつけない。
酒なんて飲んだら魔法が解除されてしまうだろうし。そうなると姫様の姿があらわになって王都へと人づてで連絡がいってしまう。
「話も終わったみたいだな。じゃあ何でこの町には女が多いんだ?」
「簡単よ。奴隷を貴族から奪っていったら必然的にこうなったの」
「ああ、そういうこと。そうしているうちに貴族へ反感を持っている傭兵もこの町に住み込み始めたってわけか?」
「そういうこと」
ほう……革命しようとたくらんでいる組織と言っているようなものなのに……、まあ宗教を語られたら用意に攻撃は出来ないよな。
それに結構な人数も集まってしまっている。
「それで、本当に言いたいことは?」
「んーと、宗教は壊滅しちゃいそうだし、次にみんなを纏め上げる役、やってみない?」
「……えぇ?」
良い提案だが残念ながら俺は受け付けないな。
「この組織じゃどうせ国には勝てないし」
「何故?」
「いや、楽しそうじゃないからだけど?」
この町の奴等は何処まで偏屈なのか知らないが、この町の外から来た部外者ってだけで攻撃してくる。
命まで狙ってくるし……もう最悪だ。
「武器や防具も揃っているのよ? この町の人口だって王都の人口と同じぐらい――」
「そのうちのほとんどが貴族にトラウマ持ってるんじゃやるにやれないからな」
「っ、だけど……」
「俺が欲しいのは悪いけど言い訳じゃないぞ? ここに住む奴等でも貴族共に勝てる方法だ」
「……無い」
わかってるじゃねぇか。
なら話は早い。
「一晩で王都を落としてやろうじゃねぇか」
「……は?」
記憶の中に王都の城下町にある鏡の位置、それからその周囲は記憶されている。
ならば簡単。そこに全員転移させて不意打ちで敵の頭を取れば良い。
……ただ、なぁ。
「一人この作戦に反対しそうな奴が居るんだよなぁ」
しょうがない。あとで聞いてみるか。
阿呆阿呆と思っていた奴が天才なんてことよくありますよね?
無いよ。
さて一晩で海弟が王都を落とせるか、見物だなぁ。