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アンナとマリア

首相官邸の敷地内の隅に、はるか昔、防空壕として利用していた小さな洞窟がある。

その奥に今では忘れ去られ、荒れ果てた祠があり、その裏にミカエルは下界へと続くトンネルを用意していた。

「こんな所に、こんなものがあったなんて」

洞窟の存在自体を忘れていた杏奈は、十二年も前からこんなにもすぐ近くで掘削計画が進んでいたことを知り唖然とした。

「中に入ると電球は点いてるけど薄暗いし、足場も悪いから気をつけて」

内部にハシゴが付いた穴の縁に立って、ミカエルは杏奈に注意喚起する。

その姿を懐中電灯の光で照らして、

「本当にこれ、下界まで続いてるの?」

杏奈は不安になった。もしかしたら、ネズミ型のロボットを使った、新手の誘拐犯なのかもしれない。

ミカエルの身体検査をして、ロボットでないことはわかったけれど、誘拐の疑惑はまだ完全に晴れておらず、その心配がここへきて一気に膨れ上がった。

「もちろん」

ミカエルは「今さら何?」というような顔をする。

「今日は中間地点まで行くだけだけどね。まあ、杏奈が行きたいって言うなら、下界まで案内するけど」

そう。今日は試しに中間地点まで行き、真理愛と初顔合わせをするのが目的だった。

真理愛がこの計画に躊躇しているとミカエルから聞いた時、杏奈は驚いた。短い期間とはいえ、下界から逃れられるならすぐに承諾するものだと思っていたからだ。

そのため、真理愛がこの計画を降りるかもしれないという不安を抱く一方で、下界はウワサで聞くほど悪い所ではないのかもしれない、という楽観的な考えも抱くようになった。

「まあ、下界を見に行くかどうかは、真理愛に会ってから決めなよ。じゃ、行くよ」

ミカエルが穴へ入って行く。

杏奈はその中を懐中電灯で照らした。

三メートルほど真下に地面があり、そこからは道が続いているらしく、ミカエルが電気のスイッチを点けたのか、横から電球の光が漏れた。

「待って」

洞穴の中にひとりで取り残されるのが怖くなり、杏奈は懐中電灯をリュックサックの中にしまうと、慌ててハシゴを降りた。地上よりも少しだけ肌寒く、湿った土の匂いが増す。

「ようこそ、下級天使たちによる聖なる地下道へ」

ハシゴを降りると、ミカエルが恭しく迎えてくれた。

その背後には四角く枠組みされ、天井に等間隔に電球が吊るされた緩やかな坂道が続いている。

「こんなものを……」

想像していたよりも整然とされた道を目の当りにして、杏奈は驚いた。

と同時に、ミカエルが本気でビッグファーザーを壊すつもりだということが伝わって尻込みもした。

「ここから真理愛が暮らしてるエリアまでは水平距離で約五キロ。土の深さは約二十メートルある。ここみたいに数百メートルの直線の道が、ハシゴで降りる地点を中継にして何本も続いてるんだ」

ミカエルは口早に説明する。

「ちょうど、下界の天井部分に中間地点があって、そこで真理愛が待ってる。そこからさらに降りて行く場合、下界の地上までの約五十メートルの高さを、何回かに分けてハシゴで降りることになる。わかった?」

「うん」

「じゃあ、行こうか」

壁際に浮遊シューズが一.五足分置いてある。片足分にミカエルが乗ると、シューズは床から二十センチほど宙に浮いた。

杏奈は履いて来た靴をリュックサックの中に入れ、代わりに浮遊シューズを履いた。カラダがふわりと浮く。バランスを取るのが難しく苦手だったけれど、ミカエルに前もって練習しておくように言われていたため、長距離の移動も不安はなかった。

「レッツゴー!」

足を入れる部分から顔だけを覗かせたミカエルが叫ぶと、片足だけの浮遊シューズがまるで空飛ぶ自動車のように勢いよく進み始めた。

杏奈も前傾姿勢になってその後に続く。

最高時速は三十キロ。あっという間にハシゴがある中継地点に到着して、そのまま穴を降りて、また同じような直線の道を進む。単調な移動ではあるけれど、だからこそ杏奈は信じられない気持ちでいた。

――天界と下界の境目をこんなに簡単に移動できるなんて!

天界に住むひとにとっては恐怖。下界に住むひとにとっては希望の道に違いない。

しかも、下界側の出入り口は首相官邸の敷地内だ。もしこの道の存在が外部に漏れたら大変なことになる。

それに加えて、ビッグファーザー破壊計画のための道だと知られたら……。

杏奈は余計なことを考えないようにした。頭の中であれこれ考えても不安になるだけだ。今は生き別れた姉に会うことだけに意識を集中させればいい。

そう考えているうちに、前方に鉄の扉が見えてきた。

「あそこが中間地点の扉。あの向こうで真理愛が待ってるよ」

浮遊シューズから顔を振り向かせてミカエルが言う。

「あそこに真理愛が……」

杏奈の心臓は高鳴る。第一声で何を言われるのか。もしかしたら、下界行きになった腹いせに、八つ当たりしてくるかもしれない。

ミカエルは浮遊シューズを上昇させて器用にドアノブを回すと、白色灯の光が眩しい部屋へ入った。杏奈もすぐその後に続く。

直径十メートルほどの円形の部屋。壁際には電子機器がズラリと並んでいて、何台ものモニターで外の様子がチェックできるようになっている。

部屋の中央には円卓があり、

「あんたが杏奈?」

薄汚れたジャージ姿の女性が不機嫌そうな表情で椅子から立ち上がり、睨みつけてきた。ミカエルの紹介は必要なかった。言われなくてもわかる。自分の顔にそっくりだから。彼女こそが真理愛だった。


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