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盗聴

ねちねちとしつこい茂樹の誘いをあの手この手で何とか断り、杏奈は今夜も無事に解放されて安堵した。

家まで送ってもらうとすぐにお風呂に入り、茂樹と一緒に過ごした不快感を、汚れと一緒に洗い流す。

バスルームから自分の部屋へ向かっていると、ちょうど帰宅した父親とばったり出くわしてしまった。

「こんな時間に風呂か?」

時刻は二十二時を回っている。

「竹田様と一緒に食事をしていました」

「そうか。それならいい」

雄一郎は、今日が杏奈の誕生日であることなどすっかり忘れた様子で、そのまま通り過ぎようとする。

そもそも、今日のことを記憶しているかもあやしかった。八歳の時を最後に、杏奈は父親からバースデープレゼントを貰っていない。

そのため、

「そういえば」

と雄一郎が足を止めた刹那、杏奈の胸は期待で弾んだ。

けれど、

「茂樹くんとの結婚が迫っているんだ。今までは目をつぶっていたが、いい加減に付き合いをやめないと、わたしが根回しすることになるぞ」

望んでいたものとはまったく違う言葉に杏奈は戸惑った。

「とぼけるな。薄汚いネズミがうろちょろしてるだろ」

雄一郎はイラ立った様子で白髪を撫でつけ、言い逃れはさせないとばかりに杏奈を睨みつけてきた。

その視線に怯えながら、

「ネズミ……?」

杏奈は呟く。すぐに脳裏に浮かんだのはミカエルだった。

下界ではビッグファーザー反対派の運動が激化して、政府はその鎮圧に頭を悩ませている。

そのため、ビッグファーザーの破壊を企むミカエルの存在が、雄一郎にバレてしまったのではないかと思い、杏奈の心臓は早鐘を打った。

茂樹との婚約から逃れるために心は揺れ動いていたけれど、

「わたしは、あのひとの口車に乗る気はありません」

きっぱり否定した。

「それを聞いて安心した」

雄一郎の機嫌が戻り杏奈はホッとした。

けれど、どうしてミカエルの存在を気づかれたのかは疑問だった。

――まさか!

部屋の中に盗聴器でも仕掛けられているのではないかと不安になった。雄一郎ならやりかねない。

杏奈がそんなことを考えていると、

「もしごねてくるようなら、わたしに相談しろ。上原蓮とかいったか? モデルの仕事は鳴かず飛ばずらしいな。どうせ、金が目当てなんだろう」

雄一郎はそう言い残して去って行く。

その後ろ姿を見つめながら、杏奈はその場で凍りついてしまう。

――全部、バレてる!

それでいて今まで何も咎めてこなかった。

杏奈が蓮と交際を始めたのは一年以上も前になる。一体、いつから監視されていたのかと怖くなり、杏奈は自分の部屋へ走った。

部屋に戻るとカギをかけ、机やベッドの下に盗聴器やカメラが仕掛けられていないかと探した。何も見つからない。

それでも、相手がプロなら素人では簡単に見つけられるはずがないと、杏奈は気が気じゃなかった。

携帯電話には蓮からの着信が入っていた。今までの会話やメールも監視されていたのではないかと不安になる。

「何してるの?」

突然、話しかけられて、

「きゃっ!」

杏奈は驚き悲鳴を上げてしまった。

ベッドの布団の上にいつのまにかミカエルが姿を現していて、床に座る杏奈を不思議そうに見下ろしていた。

「驚かさないでください」

杏奈は胸を撫でおろすも、

「自分が父親のカゴの中で飼われてるってことに気がついて驚いた?」

ミカエルがそんな辛辣なことを言うものだから、

「うるさい!」

つい声を荒げてしまい、

「わたしとしたことが汚い言葉を。すみませんでした」

すぐに取り繕った。

「あ、僕に対して、そんなかしこまる必要はないよ」

ミカエルはベッドの上から飛び降りて杏奈のそばに近づいてくると、

「普段はお嬢様を演じてるだけだってことはわかってるからさ」

ワケ知り顔でウィンクしてきた。

「……腹立つ」

杏奈はミカエルを睨みつけるも気持ちはスッと楽になり、声のトーンを落とした。

「ハハハ。杏奈が根っからのお嬢様だったら、真理愛と入れ替わってくれだなんて頼みはしなかったよ。まあ、真理愛はもっと口が悪いけどね。杏奈ならすぐに成りすませると思うよ」

ありがたくもない太鼓判を押されてしまう。

それでも今は、ミカエルの計画が、茂樹との結婚を回避する最も有力な希望になりつつあった。

「それじゃあ、わたしの成りすましをするのに苦労するんじゃない?」

杏奈が気負わない口調で訊くと、ミカエルは腕を組んで、

「そうなんだよね。真理愛に敬語の使い方やテーブルマナーなんかを教えるのはきっと大変だと思う」

大袈裟に頷いた。その仕草に杏奈は思わず笑い、生き別れた姉に会ってみたくなった。何となく気が合うような気がした。

「それで、その真理愛は何て言ってるの? わたしと入れ替わることについて」

「今から訊きに行く。けど、杏奈が首を縦に振ってくれなきゃ、この計画はどうにもならないからね。そろそろ決心はついた?」

「ちょっと待って。その前にあなた、どうやって天界と下界を移動してるの?」

「このカラダだよ? 行こうと思えばどこへだって行けるよ。ただし、聖人には似つかわしくない道を選ばなきゃいけないこともあるけどね」

ミカエルは顔を顰める。

「あなたはいいけど、わたしたちはどうするわけ? 移動できなきゃ入れ替わることなんてできない」

下界から天界だけでなく、その逆の移動についても、政府の要職に発行される特別なパスポートを持たない限り禁止されている。

「その点に関しては問題ないよ。杏奈と真理愛に最初にアプローチした十二年前から準備は進めてあるから」

ミカエルは胸を張る。

「そんなに前から?」

杏奈は驚いた。ミカエルを見て卒倒したあの時から計画が練られていたなんて……。

「十二年前、天界と下界の通行が許可制から完全に禁止されたでしょ。ああ、政府はそうやって段階を追って下界を見捨てるつもりなんだなって」

「ミカエルが予想したの?」

「言ったでしょ、僕は神様の使いだって」

「それなら、神様の力でどうにかしてくれればいいのに。ねえ、茂樹との婚約が破棄されるように、神様に頼んでくれない?」

杏奈は手を合わせて懇願する。

「そんな私的なお願い、神様が叶えてくれるわけないでしょ。本性を現した途端、随分と図々しいことを言うようになったもんだ。それに、親が子どものすることをすべてコントロールできないように、神様だって人間がすることを何から何まで思うようにはできないんだよ」

ミカエルはため息を吐いて、

「調整役を任される僕ら天使の気苦労も少しはわかってもらいたいもんだね」

愚痴を言う。

「もういい、わかった。とにかくわたしは、その入れ替え計画に乗るつもりだから。……でも、あんまり長くは待てない。下界って酷い環境なんでしょ? どれぐらい我慢してればいいの?」

「それは真理愛の振る舞いとその婚約者の気持ち次第だから何とも言えないよ。でもよかった。やる気になってくれたってことでいいんだね?」

「うん」

「じゃあ、僕はこれからすぐに真理愛に会いに行く。その返事をすぐに伝えに来るから、じゃあね」

ミカエルは洋服タンスの裏の狭いスペースに入り込んだかと思うと、すぐに姿を現して、

「あ、この裏にも盗聴器は仕掛けられてないから安心して」

そう伝えるとすぐに消えて、今度はもう戻って来なかった。

それを聞いて杏奈は安心したけれど、今度は別の不安が脳裏をよぎった。

――真理愛が計画に参加することを断ったらどうしよう?

その可能性が百%ないとは言い切れない。そうなったら、杏奈は茂樹と結婚するという運命を受け入れなければならなくなる。

ただ、ニュース番組で見る下界の劣悪な環境を思えば、真理愛は必ずこの話に乗るはずだと決めつけ、不安を無理に払拭した。


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