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神の声

草の生えてない荒れ地が広がる庭で、子どもたちと一緒に洗濯物を干す。

当然、日光など当たるわけがないから、服やシーツは洗濯をするたびに萎れるようにみすぼらしくなっていく。

太陽の下で主婦が洗濯物を干すテレビCMを見るたび、なぜ下界であんなものを放送するのか、真理愛には理解できなかった。天界の人々の嫌がらせかとも思う。

それから夏になると流れる、水着姿の男女がビーチでキンキンに冷えたジュースを飲むCMも、下界人にとっては目の毒に思えた。

――このまま一生、太陽も海も見ずに人生を終えてしまうの?

なぜ生まれながらにして、その権利を奪われなくてはいけないのか。その理不尽さに腹が立った。

遠くから爆発音、すぐ近くから銃撃音が聞こえ、子どもたちが悲鳴を上げる。

「早く中に逃げろ!」

真理愛はすぐに指示を与え、子どもたちが修道院の中に避難したのを確認すると、二丁拳銃を手に建物の陰に隠れて外の様子を窺う。

以前は『聖域』とされ、強盗の被害に遭うことはなかった修道院でさえも、ここ最近は事情が変わってしまった。

天界からの食糧の供給が細っていく中で物価が上昇し続け、飢えた人々は見境なしにどこでも襲うようになってしまった。神野修道院はまだ一度もその被害に遭ってはいないけれど、それも時間の問題だろう。

強盗に加えて、ビッグファーザー反対派のデモが過激化して、今の銃撃音にしてもどちらのものなのかわからない。端的に言えば下界の治安は過去最高レベルに悪化していて、これからさらに地獄と化していくのは誰の目にも明らかだった。

背後からカタカタいう音。

「真理愛……」

震え声で名前を呼ばれて振り向くと、友理愛がマシンガンを手に立っている。顔面蒼白で今にも泣きだしそうだ。銃を持つ手だけでなく足も震え、何とか立っているという様子だった。

「友理愛は下がってな。子どもたちと一緒にいて、安心させてやってくれ」

銃を一度も撃ったことのない友理愛がいては逆に危ない。間違って背中でも撃たれたら笑い話にもなりはしない。

真理愛の指示に友理愛は頷き、

「いつになったら平和が訪れるの?」

真理愛が知りようもないことを訊いてきた。

「もうすぐの辛抱さ。神様のご加護がある限り、平穏な日々は必ず戻るはずだ」

そう言いながらも、そしてシスターとしての修業を積みながらも、真理愛は神の存在を疑い始めていた。もし神が実在するのなら、こんな理不尽な社会システムを放っておくわけがない。

――そうか、だからか。

ハッとした。その感情が顔に出たらしく、

「どうしたの?」

友理愛が心配そうに真理愛の顔を覗きこんできた。

「何でもない。早く、子どもたちのとこへ」

「うん」

友理愛は真理愛を心配して何度か振り返りつつ、修道院の奥へ入って行った。

真理愛は二丁拳銃を握りしめながら外を見る。耳を澄ますと銃撃音の合間に、

「ビッグファーザーをぶっ壊せ!」

「俺たちに自由と平等を!」

「天はひとの上にひとをつくらず!」

スピーカーを使って叫ぶ声が聞こえてくる。どうやら騒ぎはデモのようだ。真理愛はホッとしつつ、

『壊せ』

ミカエルの言葉を思い出した。あれはミカエルを介した神のお告げ。――本当にミカエルが天使ならば。

考えてみれば、ミカエルが初めて目の前に現れた六歳の時、それまでは許可制だった天界への通行が完全に禁止された。

そして、二度目のお告げがされた十二歳の時には、十八歳の男女から生殖機能を奪う法律が決定&施行された。

その十八歳の誕生日を迎えた今朝、三度目のお告げがあった。これは単なる偶然だろうか? 

気づけば外の騒ぎは静まり、代わりに赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

真理愛は銃をしまい、庭に出て柵の外を見る。ゴミが散らばり、閑散とした道路の隅に段ボールが置かれている。赤ん坊の泣き声はそこから聞こえてきた。

周囲に注意しながら道路に出て段ボールを覗き込むと、何も敷かれていないその中には、血と羊水にまみれ、ズタズタに切り裂かれたへその緒をつけたままの女の子の赤ん坊が、助けを求めて必死に泣き叫んでいた。

生殖はひとの本能だ。

十八歳に満たない女性が妊娠し、政府から罰せられるのを恐れて、出産したばかりの我が子を修道院の前に捨てていく。

当然、見捨てるわけにはいかず引き取ることになるけれど、政府は捨て子の分の支援金は頑として支給しない。これでは修道院は困窮していくばかりだ。

――近い将来、どの修道院もパンクする。そうなったら、下界はどうなってしまう?

真理愛は危機感を募らせた。

通りの向こうで、男がゾンビのように徘徊している。全身痩せこけていて、顔は吹き出物だらけ。着ている服は雑巾のように汚れていてみすぼらしい。まともに歩くことさえできず、何度も転びながら弱々しく立ち上がる。

苦しむ人々を目の当たりにしても何も施しができないのがもどかしい。真理愛は自分の無力さを嘆いた。

せめてこの子には救いの手を差し伸べなければ。そう思いながら段ボールから抱き上げると、赤ん坊は泣き止み、真理愛の髪の毛に触れて笑った。

その笑顔を見て真理愛は考えた。ビッグファーザーに査定されたらこの子は、天界行きだったのか、あるいは下界で育つ運命だったのかと。

――ひとが生まれてから死ぬまで、自分の意思で人生を作りあげることができないのならば、そんな社会は絶対に間違ってる。

真理愛は心の底からそう思い、『神の声』に従うべきではないかと強く心が揺れた。


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