プロローグ
2212年10月。
早朝から記録的な雷雨に見舞われた東京都『聖父母』地区では、不測の事態に備えて、通常の二十四時間体制での監視&保守点検に加えて、普段の倍の人員が割かれた。
旧・品川区にあたるこのエリアは、2124年に代理出産機『ビッグマザー』が発明されたことをきっかけに土地開発が急速に進んだ。
出産による女性の社会的な損失を防ぐ画期的なシステムとして注目を集め、その安全性の高さが証明されると、国は積極的にビッグマザーを利用するようにと国民に呼びかけるようになった。
やがて、減り行く人口を調節するため、政府は夫婦に対して、精子と卵子を定期的に提供することを義務化。個々の妊娠と出産を許さず、政府主導で人口統制を行うようになった。
そして、世界規模での食糧危機が叫ばれるようになると、限られた人口での国力強化を目指して、人種改良奨励機『ビッグファーザー』が開発&導入された。
これは乳児の段階でDNAを解析して将来性を計測するもので、知能やルックス、運動神経などいずれかで突出した資質を持つと判断された赤ん坊は、『天界』と呼ばれる地上の両親の元へ、それ以外の赤ん坊は、『下界』と呼ばれる地下の修道院で育てられることになる。
つまり、たとえ同じ両親を持っていたとしても、ビッグファーザーでどちらに選別されるかによって、その後の人生は大きく変わってしまい、それを挽回するチャンスも現状の社会システムでは用意されていない。
そのビッグファーザーの選別センサー内にその日、ひとりの女児が搬送された瞬間、正確にいえば0.001秒間、落雷によってシステムが停止してしまった。ところが、そのあまりに短い停止時間に誰も気づかず、女児の運命は本来とは別の方向へ舵が切られることになった。
そんなこととは露知らず、当人は機械のアームで『下界』行きの揺りかごに乗せられてしまった。
そして、その不運な女児は地下街にある神野修道院へ送られ、シスターの神野陽子によって神野真理愛と名づけられ、十八歳まで『神の子』としてお世話されることになった。