人間が持つ最強の身体能力
エマは理解不能のまま、疲れ過ぎて動けなくなってしまう。
一方ニンゲンは……
「ふっふっすっすー。ふっふっすっすー。ふっふっすっすー。ふっふっすっすー。ふっふっすっすー。ふっふっすっすー。ふっふっすっすー。ふっふっすっすー」
一定のリズムを取りながら呼吸をして、ニンゲンは汗を滴らせながら走り続けた。
・人類は脳味噌、知恵の進化を遂げた結果、体力を失った。
・人類は頭はいいが貧弱な動物である。
このイメージは大きな間違いである。
チーターが短距離に特化しているように。
猿が木登りに特化しているように。
それぞれの動物は特化している運動能力に違いがある。
人間もまた特化した、どころか、全生物中最高クラスの身体能力をいくつか持っている。
まず声帯の発達度合いは地球史上最強で、五十音、五〇種類の鳴き声を混ぜて無限に鳴ける声帯は人間しか無い。
環境適応能力も、温度や湿度の高低においては最高クラス。
また、カバのような半水棲生物でもないのに、息を止めて潜水できる陸上動物は人間だけ。そういう意味では、人類は水陸両用生物である。
そして、生物界最強の能力をいくつも有する万物の霊長人類が持つ、誰も文句がつけようも無い、最強の身体能力、それは。
長距離走である。
意外かもしれないが、実は長距離を走れる動物はほぼいない。
人間と馬だけだ。その馬も、人間には劣る。
フルマラソン42,195キロを二時間で走れる生物は人間以外に存在しない。
二時間も疾走を続けられる生物は人間以外に存在しない。
長距離移動したいなら長時間歩けばいい。
草食動物にとって走るとは逃げる行為。だから相手をまきさえすればそれでいいし、肉食動物もできるだけ近づいてから一気に襲い掛かる短期決戦だから、二時間も走る必要が無い。だから全ての動物は短距離型に体が作られている。
対して人類の進化は特殊も特殊。少し距離を落とせば二時間どころか数時間走り続けられる人類は相手を無限に追いかけ続ける持久狩猟という、究極の狩猟方法を行える唯一の生物である。
原始時代、相手から距離を取れば逃げ切り完了が常識の草食動物達。彼らからすれば人類は化物だろう。何せ何百メートル引き離しても、一キロ以上引き離しても、地平線の果てで黒い点になるまで引き離しても、黒い点がずんずん大きくなって距離を詰めて来るのだ。
そして今回召喚された彼は自身が言った通り陸上部ではマラソンをやっている。
その記録、42.195キロを二時間二八分。二時間半かからずに完走してしまうのだ。
全国クラスの記録だが、現在の日本高校記録を塗り替えるほどではない。
けれど、彼の心肺機能はとある特殊な能力を備えている。




