ライガーVSクロコダイル3
「野郎。ナメてんじゃねぇぞ!」
ダイロは尻尾と両足の筋力で、水平に跳んだ。
その様子は、まるでクロコダイルが水面から五メートル以上に飛び出す姿に似ている。
対するネイアは左腕を横に構えて防御、あえて腕に噛みつかせる。
「くっ」
ネイアの顔が苦痛にゆがむ、ダイロの牙が刺さって腕から出血する。
「バカが! サイ族と違って猫科動物の皮膚じゃあアタシらの牙は防げないぜ! さぁ行くぜ、これがワニ族最強の必殺奥義! デスロール!」
ダイロの体が、きりもみ状に回転。
これがワニの狩りの仕方だ。
ワニは一トンを超える噛筋力だけでも驚異的なのに、噛みついたまま全体重と全筋力を加えた回転力で、相手の肉や手足をねじきってしまう。
これから逃れる方法はただ一つ。
『あれは!?』
僕らの視線の先で、ネイアはダイロとまったく同じ方向と速度に回転する。
まるでペアダンスを踊るように、鏡のように。
当然の如く肉が切れることはない。
回転し終わったダイロは驚愕に目を見開いて、動揺をあらわにする。
「フンっ!」
「がぶぉっ!?」
ネイアが、ダイロのみぞおちに膝蹴りを叩き込んだ。
ダイロは大量の血を吐いて、その場に膝をつく。
爬虫類達も、ダイロと同じような表情になる。
ネイアは、肩を震わせるダイロを見下ろしながら力強く言う。
「あんた殺して祭壇送りにしたら、数日間は気絶されて同盟が結べないわ。だから、トドメはささないであげる!」
ネイアの拳が天を突く。
「アタシの勝ちよ!」
腹を抱えたまま血を吐くダイロは、憎らしげにネイアを見上げてから、頭を垂れた。
「テメェの勝ちだ……」
『ダイロ様!』
周りから爬虫類の子らが一斉に駆け寄ろうとして、ダイロが手で制した。
「なにやってやがるテメェら! ……勝者には、祝福をだろ?」
血に濡れた顔で、だけどダイロは満足げに笑った。
同時に全ての爬虫類達が打楽器を鳴らした。
例え敵でも、他種族でも関係無い。
決闘の勝者には祝福を。
皆本物の笑顔で、ネイアに、そして僕らに向かって軽快なリズムで打楽器を鳴らし続ける。
王国の人達は、爬虫類族を蛮族って言った。でも僕には爬虫類族のみんなが、誇り高い高潔な戦士に見えた。
「しかしニンゲン様、よくワニ族の弱点を知っていましたね。まさかワニ族の腹があそこまで弱いとは」
それがワニの弱点。
ワニの体は硬くて分厚いウロコと皮膚に覆われていて、特に背中は皮骨板という骨に守られている。
だが唯一、腹だけは骨が無く、筋肉も皮膚も薄く、皮の下が直に内臓が詰まっている。
ジュリーの問いに、僕は照れながら頬をかく。
「まぁね、でもこれも、みんなのおかげなんだよ」
「我々のですか?」
「うん」
お腹が弱いのはワニの身体構造で、人化した彼女達には関係無いはずだ。でも。
「みんな人化したのに、汗をかく量が少なくて暑さに弱かったでしょ? だから人化しても、動物時代の弱点はそのまま残っているんだなって」
それも今回の事で確信になった。
この世界で、僕の知識は有効だ。
動物の習性、弱点、それらの知識をフル活用すれば僕はこの世界を平和にできるかもしれない。
そう思った時、ダイロが仲間達に肩を貸してもらいながら立ち上がる。
「いいぜ。てめぇらをゼノミラスに紹介してやる。急ぐようなら今すぐにでもな」
「それは助かるけど、お腹は大丈夫?」
僕が心配そうに尋ねると、ダイロは大きく息を吐いた。
「輿に乗れば大丈夫だ。すぐに治る。おいてめぇら、ゼノミラスのとこにいくぜ!」
ダイロが言うと、みんなはすぐに散って、それから木組みの輿を持って来た。
「今のところは順調だね」
「ねぇ、あんた」
僕が頷くと、ネイアがそっと近寄って来た。
「どうしたのネイア?」
ネイアは、柄にもなくしおらしい表情で、やや顔を伏せて、上目づかいに僕を見上げる。
「さ、さっきはありがと、あんたのおかげで楽に勝てたわ」
「ネイア?」
僅かに頬を染める。
「べ、別にあんたの助言なんて無くても勝てたけど、旅での余計な消耗は押さえられたわ。その事は、とりあえずお礼を言っておくわ! じゃ、行きましょ!」
「待った」
背を見せるネイアを呼びとめて、僕はネイアの頭に手を置いた。
「ニャッ!?」
ネイアがぴくんと体を跳ねあげて、ゆっくりと僕の方を振り返る。
「がんばったね、いいこいいこ」
固まったネイアの顔が、首元から一気に、カーっと赤く染まっていって……
「ふにゃ~」
ネイアは頭から湯気を出して気絶してしまった。
うーん、可愛い。




