イヌ少女ポチ
その時、周囲から次々に声が上がった。
「ねぇあれニンゲンじゃない?」
「本当だ、尻尾ない」
「おじいさんと同じだわ」
周りから次々獣っ娘達が集まってきて、僕らを取り囲んだ。
注目されるのに慣れてない僕はどうしたらいいか解らなくて、情けなくもエマに寄り添ってしまう。
そんな僕の手を握って、エマは声を張り上げる。
「皆様、王城メイド長、エマでございます。こちらにおられますは、今世紀の新たなニンゲン様です。本日は城下町を見物しに参りました。ニンゲン様がスムーズに観光できるよう、ご協力をお願いします」
みんな一斉に、
『はーーい♪』
いや、はーい、って……ここ小学校?
みんなの見た目は幼女から女子高生、ゾウ族とキリン族だけが女子大生から若い女の人ぐらいに見える。でも、頭の中はみんな良くも悪くも子供、いや、すっごくピュアでイノセントだった。
みんなは僕らを取り囲むのをやめて、素直に道を開けてくれた。
お母さんにお願いされた子供みたいな姿に、僕は心がほっこりする。
この世界には迷惑な野次馬根性もないらしい。
もちろんみんな、僕に興味津々で注目している。でも道を塞いだり、質問攻めにしたりはしない。
この短時間で、僕はどんどんこの街のみんなが好きになった。
それから僕らはエマに連れられて街中を周った。
果物屋さんがリンゴやナシをくれたのでそれをかじりつつ歩く。
雑貨屋招き猫とかマゴの手とか熊手とか、日本風のものが紛れているのがおもしろかった。
本屋さんは装丁のしっかりした本がたくさん並んでいたけど、表紙を除いてカラー本はなかった。
エマの話だと、黒インクをつけた活版印刷技術はあるけど、カラーは職人が一枚一枚手塗りをするか、人気の本だけ表紙用にカラーの印刷版を作る程度らしい。ちなみに日本風タッチのマンガもあった。前に来た人はオタクだったのか、それともマンガを持っていたのかな?
字はアルファベットでラテン語らしいけど、何故か僕はラテン語の意味を理解できたので本は読めた。これも神様のおかげ?
遊技場ではテレビゲームを除けばあらゆる室内ゲームが完備されていて、トランプゲームも僕が知るのとほぼ同じルールで伝わっていた。
お昼御飯を食べようと入ったレストランのメニューは和洋折衷。洋食と和食がメニューの中にバラバラに記入されている。
エデンの人達からすれば洋食も和食も地球の料理、ということでひとくくりなんだろう。
僕らがレストランから出ると、こちらに向かって一人の少女が走って来る。
「こちらにおられましたかニンゲン様」
犬の耳としっぽを生やした、小学生高学年ぐらいの子だった。
後ろから、同じような子達が次々走ってくる。
「君は?」
「私はこの王都の治安を守る警察隊の一人ポチです。召喚されたニンゲン様が訪問していると聞き、駆けつけました。どうぞわたくしめを警護に加えてください」
「ポチ!?」
ウォンバット族の名前もだけど、こんなところにもニンゲンの負の遺産が……
ポチの進言に、他の子らも続く。
「いえ私を」
「いや私を」
「是非私を」
「ずるいぞみんな! 最初に思いついたのは私だぞ!」
ポチが振り返って、みんなに声を張り上げる。
でもみんなも負けじと尻尾を立てて吠える。
「ポチだけズルイ!」
「あたしだってニンゲン様の警護したい!」
「そうだそうだ!」
そのままみんなでワンワンと言い合って喧嘩になってしまう。
街の治安を守る警察がこんなんでこの国は大丈夫なのだろうか?
そんな不安が僕の胸を通り抜ける。
「やれやれ」
僕は口をへの字にすると、近くの雑貨屋さんからボールを一つ買った、というか貰って来る。
「みんなこれ」
『!?』
僕がボールを見せると、ポチ達が一斉に前屈みになって構える。
限界まで見開いた目は僕の手のボールに焦点を当てて揺らがない。
ボールを揺らせば同じように首を左右に回すポチ達……そしてエマ達……。
僕に対してつっけんどんなネイアも、正気を失った顔で僕のボールに熱い視線を送っている。
だから僕はネイア達に向かって一言、
「待て」
『!?』
ピキーーン とばかりにネイア達の顔に電流が走る。
途端、大人っぽいエマを含めた全員の目がうるうると濡れて、僕に可愛い眼差しを送って来る。
僕は良心をズキズキと痛めながら渾身の力を込めてボールを投げた。
「ほら!」
「あれは私のものだぁああああああああああ!」
「誰にも渡さないわ!」
「ワンワンワン!」
ポチ達は喧嘩をやめて、ある意味さらに激しく喧嘩しながら遠くへ行った……周囲の住人達と一緒に……。
うん、これは誤算だったね。
「じゃあ今のうちに行こうか…………?」
エマ達がじぃーっと物欲しそうな目で僕を見上げている。
ネイアを含めて、みんなしっぽをぴこぴこさせていた。
そういえばさっき、待て、って言って、ちゃんとみんな我慢したんだよね。
僕はエマから順に、みんなの頭やあごを一人ずつ優しくなでまわしてあげた。
「よしよし、みんなよく待てたね、いいこいいこ」
みんなはしっぽを千切れそうなぐらい御機嫌に振り、頬を染めご満悦顔だ。
マワリちゃんやムチポは今更だけど、エマとかニーナとか、同じ十代後半ぐらいの子にこういう表情をされると堪らない可愛さがある。
最後にネイアの頭とのどをなでようとして、ネイアの目がハッと正気に戻る。
「べ、別にいいわよあたしは」
両手で僕の手を軽く払って、ネイアはさっさと足を進めてしまう。
「ほら、さっさと終わらせて帰りましょ。どうせ城内も案内しないといけないんでしょ?」
エマが、腕を組んで答える。
「まぁ、それはそうですが」
「じゃあ早く行きましょ」
僕は取りつくしまもなく、ネイアの後ろについて行く。
結局、この時は、ティアやレオナとの事を聞くことが出来なかった。




