【前編】
ヒーローがスパダリ風ですが、かなりポンコツです。(苦笑)
ヒロインも完璧風ですが、そこまで完璧な人間ではありません。
その辺の矛盾が地雷になる方は、読まれる際にはお気をつけの上、自己責任でお願い致します。
「オフェリア、私は君ならば安心して国母を任せられると判断した結果、君との婚約を強く望んでいる」
「はい……」
「もちろん、君がフォレスティ家を守りたいと言う強い気持ちを抱いている事は、理解はしているつもりだ」
「はい……」
「だが一つの侯爵家を守る前に私と共に国を支える土台作りに協力して欲しい」
「ですが……」
今年で10歳になったばかりのオフェリアは、現在この国の王太子でもある二つ年上のリシウスに目の前で跪かれ、婚約承諾への説得をされていた。
王妃譲りの美しい銀髪を持ち、国王と同じ濃いエメラルド色の瞳を持つ王太子リシウスは、オフェリアを射貫くように真っ直ぐ見つめてくる。
12歳という少年の領域にいるはずのこの王太子は、見た目に反し、中身は大人顔負けで未来を見据え、自身が次期国王となる事への責任を十分理解しているのだ。
その為、自分が王位を継いだ後の事を考え、この国にとってプラスの結果をもたらす事に常に貪欲である。
そしてそのプラスとなる要素として、オフェリアを自身の伴侶として迎え入れる事を急に思い付いたらしい。
確かに三大侯爵家と言われているフォレスティ家との繋がりを持つ事は王家にとっては、かなりのメリットとなるだろう。
そもそも現状の王家には、息子達に譲れる土地をあまり所持していない……。
第一王子リシウスに関しては、第四王子であるルーレンスが誕生した際にすでに立太子の儀を行っている為、次期国王となる事が確定している。
しかし残りの第二王子から第四王子に関しては、最低でも伯爵以上の家に婿入りという形で、臣籍降下させるしかない状態なのだ。
その対象としてオフェリアのフォレスティ家は、最も好条件が揃っていた。
侯爵家という爵位であれば王族を婿入りさせるには申し分ない上にフォレスティ家には、長女オフェリアと次女シャノンの娘二人だけだ。
更に将来的に跡継ぎとなる男児誕生の可能性に関しては、フォレスティ侯爵夫人が次女シャノンを出産した際に産後の肥立ちが悪く、そのまま病弱になってしまった為、侯爵自身も三人目を儲ける気がない。
フォレスティ家にとっては跡継ぎとなる優秀な婿が必要であり、王家にとっては三人もいる息子達に授ける領地が欲しい。
オフェリアと王子三人の婚約を打診する事は、フォレスティ家と王家のお互いの利害が一致した故に持ち上がった話だった。
だが、実際に登城したオフェリアが第二王子ライナスと顔合わせをしていると、何故かその横で査定役をしていた第一王子リシウスが割って入って来たのだ。
どうやらリシウスは、弟と顔合わせをしているオフェリアの様子から、その人間性を高く評価してくれたらしい。
突然、この縁談話を第二王子ライナスではなく、自分にと言い出したのだ。
その展開にオフェリアだけでなく、国王とオフェリアの父が仰天する。
第二王子ライナスは、オフェリアと同年齢で長男同様にかなり優秀だ。
特にライナスの武芸に秀でている部分は、騎士爵を持っているフォレスティ侯爵にとっては、婿として好ましい条件の一つだった。
そして王家側にとってもフォレスティ家の領地が、王都から左程遠くないと言う部分にもメリットを感じ、長男と同様の優秀な次男がすぐに駆け付けられる状況になるこの婚約には、かなり前向きだった。
しかしオフェリアが王太子でもあるリシウスの婚約者となってしまったら、優秀な長女を家に残したかったフォレスティ侯爵の希望は叶わない。
そもそもフォレスティ家がこの婚約を王家に持ち掛けた際、唯一希望した条件が長女への婿入りだったのだ。
だがリシウスのその一言で、今その条件が反故にされそうになっている。
これに焦った国王は、息子リシウスに考え直すように必死に説得を始めた。
しかしもう一人の当事者である第二王子ライナスは、オフェリアにはあまり興味がなかったようで、あっさりと「このお話は兄上にお譲りいたします」と兄リシウスの要望を受け入れてしまう。
その弟の返答を聞いたリシウスは、さっさとオフェリアを中庭に連れ出し、二人きりになった途端、自分との婚約を受け入れて欲しいとオフェリアを説得し始めたのだ。それが今の現状である……。
「正直に言おう。これは政略的結婚を前提とした婚約の申し入れだ。そもそも君の事は弟達の婿入り先として、申し分のない条件のご令嬢だった故に私が婚約者候補として推薦したのだが……。今日実際に君と顔を合わせた際、ライナスの妻として侯爵夫人に収まって頂くには、君はあまりにも勿体ないと感じた。君の容姿の美しさはもちろん、その年齢での素晴らしい所作や立ち居振る舞い、社交性の高い会話術、常に穏やかな雰囲気をまとえる冷静さ。将来的に御父上の領地経営を手伝う事を前提とされている為、経済の流れや外交関係も学ばれていると、侯爵より伺っている。これだけ能力の高いご令嬢の君ならば、未来の王太子妃としても申し分がないレベルだ。だから是非、私と共にこの国を支える為に協力して貰えないだろうか?」
「で、ですが……そうなりますと、我がフォレスティ家の跡継ぎが……」
「そちらに関しても心配ない。あなたには4つ年の離れた妹君がいるだろう。彼女の婚約者として、同年齢でもある末の第四王子ルーレンスを推薦しよう。弟のルーには、しっかりと次期フォレスティ侯爵としての教育を王家が責任を持って指導する。もちろん、弟にはシャノン嬢の事を大切にすると約束させよう。だから是非――私との婚約を考えて貰えないだろうか……」
妹の事を持ち出され、動揺したオフェリアの瞳が一瞬だけ揺れ動く。
その反応に手応えを感じたのか、やり手の王太子は更に冷静な口調で畳み掛けてきた。
「政略的な婚姻を目的としているとは言え、君の要望は出来るだけ聞き入れるつもりだ。将来、妻となってくれた暁には、私は一生かけて君を大切にすると誓おう。もちろん、婚約期間中も丁重に扱うと約束する」
「そのような勿体なきお言葉を頂き、誠にありがとうございます……」
「では、私との婚約を承諾し――」
「ですが、殿下にはすでに婚約者候補のご令嬢方が数名いらっしゃるはずでは……? 現状、そのご令嬢方が王妃教育を始められたと聞いておりますが、その方々を差し置いて、いきなりわたくしが殿下の婚約者として確定されてしまっては、色々と問題になるかと……」
そう言い訳をしてみたオフェリアだが……正直なところ、その事で揉める事は訪れないと知っていた。
まず現状リシウスの婚約者候補の筆頭として挙がっているのは、オフェリアと同じく三大侯爵家の一つアルバリーニ家の次女マルグリットだ。
彼女はどこか天真爛漫で少々甘えたところがあるのだが、けして頭の回転が鈍い訳ではない。もし王太子であるリシウスの婚約者になってしまったら、王妃教育の大変さや、その後に担う王妃の重責を十分理解している。その為、彼女の両親はこの話に乗り気だが、マルグリット本人はかなり後ろ向きなのだ。
更にもう一人、婚約者候補として挙がっているのが、フレイノール侯爵家の長女クレイシアである。だが、どうやら彼女には意中の相手がいるらしく、こちらも本人はリシウスとの婚約を望んでいない。
しかし彼女の場合、オフェリアと同様に侯爵令嬢としての教育をしっかり叩き込まれているので、両親が決めた事に関しては従うはずだ。
だが出来れば婚約候補からは、外れたいという気持ちが強いらしい。
ちなみに何故オフェリアがその事を知っているかと言うと、実はこの二人とは同じ三大侯爵令嬢という立場だったので、幼い頃から親友同士なのだ。だがここ最近の二人は「オフェリアは婿取りが必須だから、王太子妃候補に選ばれなくていいわよね……」と愚痴を零していた。
だが何故二人が、見た目も中身も優秀な王太子リシウスの婚約者候補に選ばれる事を嫌がっていたのか……。その理由は、王妃教育を担当している伯爵夫人の厳しい指導が原因だった。
やや甘え癖のあるマルグリットはともかく、大抵の事はそつなくこなしてしまう完璧主義なクレイシアまでも音を上げた事にオフェリアは驚いたが、それだけ将来王妃として求められる資質が高いのだろう。
だがマルグリット達は、そこまで我慢を強いられてまで将来の王妃の座を求めてはいない。そうなってしまうと、どうしても王妃教育に対して後ろ向きとなる……。
その証拠に甘えん坊で要領の良いマルグリットは、登城する日が近づくと仮病を装い欠席し、聡明なクレイシアは、度々その教育係の女性とお互いの主張と相手の矛盾した考えを論破する為のバトルを繰り広げている為、王妃教育があまり進んでいないらしい。
もちろん、中にはその厳しい王妃教育を耐え抜く程の覚悟でリシウスに好意を寄せる令嬢達が、婚約者候補として今でも後を絶たないほど名乗りを上げている。
だが、そういう恋愛的な感情の強い令嬢に限って、将来王妃としてこの国の為にその身を捧げる自覚や覚悟がない事が多く、王妃教育を受ける前にリシウスの方で婚約者候補から弾かれる事が多かった。
そんな自身の婚約者候補選びに慎重なリシウスは、サラリとした美しい銀髪に濃いエメラルド色の瞳を持つ端整な顔立ちをしており、年齢問わず一瞬で女性の目を虜にする程、美しい容姿をしている。
だが、感情の起伏はそれほど激しくないので、公の場に出ていない時は無表情な事が多い。
逆にそれが一層リシウスの透明感ある美しさを際立たせ、同年代の愛情だけで何とかなると思っている夢見がちな令嬢達を面白いぐらいに惹きつけている。
だが、そんなリシウスに心奪われ、意欲的に婚約者候補の仲間入りを果たした令嬢達ですら、結局は王妃教育で挫折してしまい、今ではフォレスティ家以外の二つの侯爵家の令嬢しか残っていないのが現状だ。
「オフェリア、お願いだ……。どうか、将来この国を……そして王となる私を支える良き伴侶として、この婚約を受け入れて貰えないだろうか……」
あまり感情を顔に出さない王太子から、懇願されるように下から顔を覗き込まれたオフェリアは、その美貌の王太子からの熱意に心が揺れ動く。
サラリとした銀髪から覗かせる濃厚なエメラルドの瞳が、真っ直ぐにオフェリアを捉えてくる。美し過ぎる王太子から放たれる懇願するような視線には一切の迷いがなく、誠実で真面目な印象を武器にオフェリアを畳み掛けてきた。
その王太子の熱意に、ついにオフェリアは折れた……。
「かしこまりました。そのお話、前向きに検討させて頂きます。ですが、まず父に相談させて頂いてもよろしいでしょうか? このような重大なお話は、わたくしの一存ではお返事しかねますので……」
「もちろんだ! ああ! オフェリア、本当にありがとう! 感謝する!」
そう言って跪いたままオフェリアの右手を両手で力強く握り締めたリシウスは、普段では滅多に披露しない輝く様な笑みを向けてきた。
その瞬間、オフェリアの心が跳ねる。
普段無表情が多い所為か、その破壊力は計り知れない程の威力なのだ。
だが、その貴重な微笑みはすぐに消え、立ち上がったリシウスはオフェリアも椅子から立たせた。
「君の了承を得られたのなら、今すぐにフォレスティ侯爵の方に話を通そう。急ですまないが、二週間後から君にはこちらに週二回程登城して貰い、王妃教育を受けて貰う。その際は出来るだけ私も協力させて貰うので、よろしく頼む!」
キリリとした表情を浮かべたままオフェリアの手を引き、先程第二王子と面会していた部屋に残してきた互いの両親の元にリシウスが、さっさと向かい始める。
そしてそのままリシウス自身が、オフェリアの父であるフォレスティ侯爵にその話を承諾させてしまい、二人の婚約はその場で早々に決定してしまった……。