あの神社の先で
今日、僕は大雨の中神社に来ている。
別にだれかとお願いごとをしに来たわけではない。
ただ単に僕が来たかった、ただそれだけ。
鳥居の前に差し掛かったとき、一匹のかたつむりを見つける。
そのかたつむりは僕に立ちはだかるように階段の段と段の間で制止している。
(たしか、この前学校で習った言葉を使うならかたつむりは『まいまい』って言うんだっけな……?)
「まあ、いいや」
そう呟き、僕はかたつむりを無視し横を通りすぎる。
豪雨の中、体に当たる雨は寒いより痛いだ。
針が刺さったようにジンジンと痛んでいく。
やがて麻痺し痛みが消える。その繰り返し。
そのループを繰り返した先に快感というものがあると言う人もいた。
それはまるで毒のようだ。
体を蝕んでいく毒。
だけど人間はそれすらも快感ととらえる。
おかしいよね。
僕は階段を登り切り鈴の前までくると
カランカラン
と鈴を鳴らす。
お願いごとを残し、僕は帰ろうとする。
すると階段の下に小さな男の子が立っていた。
その男の子は無言で僕に手招きをする。
(誰だろう、あの子)
僕はなにもわからないままとりあえず向かった。
ちょうど目の前まで行くとその男の子は口を開ける。
「ねえ、お兄さん。さっき神様に何をお願いしたの?」
そう直球に言われた。
なんと言うか、あまり触れてほしいものではなかった。
でも、なぜか答えてしまう。
「お父さんと、お母さんが仲良くなるようにって」
「ふーん」
するとその男の子は口を尖らせ嫌みっぽく言う。
「神頼みなんだ」
と。
一瞬、なにを言われたのかわからなかったが気がつく。
その言葉の意味に。
パシン
その子の頬と僕の手の平が当たる音が聞こえる。
そこでまた自覚する。
今、僕が見ず知らずの男の子に手をあげたことに。
「君になにがわかるんだよ!君に……僕のなにがわかるって言うんだよ…………」
最後は少し涙目だった。
いつのまにかにそう呟きそう泣きかけていた。嗚咽のような声が鳴り止んだあと、男の子は声を発する。
「──知っているさ、だって僕は君の来世だしね」
その子が得意げに言う。
「来世…………?」
「そう、僕は君が死んだあとの君。転生したんだよ、また人間にね」
来世、普通はそんな非現実的な言葉なんて信じるはずがない。
けど、なぜだろう。
今は本当だと思ってしまう。
「これから君には死んでもらう。そうしなきゃ僕もいなくなっちゃうからね」
「え?」
次の瞬間、僕は屋上に立っていた。
今にも落ちそうなくらいぎりぎりだ。
「これは、君の人生の2時間後だよ。君はあのあと、死ぬつもりだったんだよ」
「そ、そんな根拠どこにあるんだよ……!」
「根拠?そんなの君が一番わかっているはずじゃないか。だって君は」
そこで一旦一息付きその子は淡々と僕の話をする。
「──だって君は、一人だから。お母さん、お父さんの仲が悪い中、自分だけが取り残されてどちらとも話を聞いてくれないで孤独で、孤独で、孤独さで胸が締め付けられてまともにご飯も食べられないほどに食欲は落ち、両親との交流もいつのまにかに消えた。それが嫌だから、終わらせたいから、最期に神社に行って二人の幸せを願い今ここで死のうとした。
そういうことでしょ?前世の僕」
正直、図星だった。
なにも反論できない。
自分の心が読まれるようにすらすらと言われた。
「それじゃ、僕はもう消えるよ。今から死ぬのか、死なないのか、それは君次第。
……だけど、生きるからにはしっかり生きてくれ。その時は、僕の分まで、ね」
そう言い残し男の子は消えた。
どうするか。
どうしようもない。
僕が生きればあの子は死ぬ。最後のはそう言うことなのだろうか。
だとするならば今僕がここで死んでしまえばあの子は生きる、と言うことなのだろうか。
見るからに、あの子は幸せそうだった。
立ち振る舞いも、動きも、表情も、声色も。
全てが僕と正反対な物だった。
「だったら、もう、僕は決まってる」
そう間を置き僕は言う。
「死のう」
今までの心配、恐怖、楽しさ、思い出を乗せて僕はそう言った。
今まで僕に関わってきた人や、友達に、両親に。
感謝を込めた。
そうして僕は、靴を脱ぐ。
とてつもなく高いビルだった。
人気はない。
雲もそこそこ遠いが、明らかに普通よりかは近い。
豪雨は既に止んでおり暖かさが体に充満した。
一歩、一歩と外側に歩く。
なにもない空間だけになるまで来ると、急に心臓がドクドクと鳴る。
別に高所恐怖症だったとかじゃないのに、謎に怖くなり吐き気がする。
しゃがみ込み、頭を真っ白にするとその感覚は全て消え去った。
「されじゃあ、もう、僕は消えるね」
まだドクドクと心臓が鳴っていたが無視するように僕は前へと体重を出す。
落ちる。
高すぎるのか体が冷る。
地面が見えはじめてなぜだか動きが遅くなる。
すると、おっきなお父さんとお母さんが僕を抱き抱えている姿が見える。
鮮明に、濃く、見える。
きっと最期に残った僕の思い出の一つだろう。
その両親に手を伸ばしながら僕は微笑み、涙を一滴、零した。
──すこしの間だったけど愛してくれてありがとう。
お父さん、お母さん、さようなら。
バタリ
そんな音と共に僕の意識は闇の中へと葬られて行った。
Thank you for reading!
今回もお題をもらいました。
お題:「まいまい(かたつむり)」、「神社」
なんか急に話が変わったと思いますが、まあ他の僕の短編に被らないように苦労しました。(そろそろ自殺エンドも思いつかなくなってきた)