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体たらく人

類は友を呼ぶという言葉がある。




私が親しくしている人間は一人残らず、世間一般から見たら「クズ」と呼ばれる人間の集まりだったが、自分だけはあちら側の人間ではないと思っていた。




令和3年。世はコロナ禍真っただ中のある夏の夜、明大前駅前のアパートに男女5名が集まっていた。


「ついに尾口君も無職の仲間入りだねえ」




ウォッカの瓶を片手に、体格のいい色白の色男が言った。彼は名を山岡と言い、私の高校時代からの旧友である。それにしても、私が無職?おかしい。ついこの間まで日本を代表する超名門一流企業に勤めていたはずだ。




なぜこのようなことになってしまったのだろうか。私は人生を踏み外さないように生きてきたつもりだった。しかし、どうやら足を踏み外す素養があったらしい。なんてことはない、自分もあちら側の人間だったということを、ここにきて思い知らされていた。つまり、私も「体たらく人」だったのだ。





第一章  体たらく人




〈体たらく人は、独立を重んじる〉




「いいじゃない、仕事なんてほかにいくらでもあるよ」山岡が言った。




高校時代の同級生同士で、「地元に帰りたくない、かといって就職するのもおっくうだ」そんなクズ連中の集まりが、なんとなく出来上がっていた。その名も「体たらく会」山岡がつけた名前だ。




その夜私たちは山岡のアパートに集まり、私の退職祝いをしていた。25歳の退職祝いである。




集まった人間がどれだけ体たらくか、説明していこう。




石川は関西の名門国立大学を卒業したが、就職はせず、暫くぷらぷらしたあと、有名インフルエンサーの雑用のような仕事をしていた。




あまりはっきりとしたことは言わないが、どうやら借金もそこそこあるようで、クレジットカードが使えなくなり、支払いは○○ペイで済ませているということだった。しかし、最近はその支払いも滞るようになり、使用不可のアプリも何個かあるらしかった。雑用係だけではさすがに生活できないので、最近警備員の仕事を始めたらしい。




彼はその昔高校バスケ部のエースで、文科系の私とは表面上の付き合いはなかったのだが、大学生になってからなぜかよくつるむようになった。つるむといっても向こうは関西で、私は東京の私立に通っていたから会うのは年に数回だったのだが、インフルエンサーの知り合いが何人もいる彼の話が面白くて、私はよく話を聞いていた。




飲み会を開いてくれた山岡は高校卒業後、東京の私立大学へ進学した。講義にも出ず歌舞伎町の雀荘に入り浸っていたが、半グレ連中から有り金を奪われたことをきっかけにホストの世界に入る。優れた容姿と人たらしの性格からこちらの世界ではそこそこの人気が出たが、そのまま大学を中退した。さすがにこのままではまずいと思い、今は小さな不動産会社へ就職して、やはり優れた容姿と人たらしの性格によりそれなりの営業成績を出しているらしい。




井口は体たらく会唯一の女子メンバーで、大学を卒業しても地元には戻らず、いくつかの職場を転々としていた。今はひとまず保険会社の事務員をしている。




体たらく会メンバーに共通して言えることだが、全員が全員、非常に強い独立心を持っている。少なくともチャンスがあれば起業しようと思っている。体たらくではあるが、腐っているわけではないのである。




独立心、これだけで彼らの生態のほとんどは説明がつく。まず、体たらく会メンバーは独立心がある故、誰かの下に仕えるということが苦手である。よって一つの仕事を長く続けることができない。故に転職を繰り返すようになる。




また、いずれ独立するつもりなので、現在の仕事を一生懸命こなす理由がない。よって勤務態度も悪い。いつも独立のチャンスをうかがっているので、横のつながり、つまり同じ独立心を持った体たらく会に頻繁に参加するようになる。これが、体たらく会の重力というか、体たらく会が存続している理由だ。




いくら同郷とはいえ、我々が地元を離れてもうすぐ8年になる。それにもかかわらずこうして私たちが集まり続けているのには、れっきとした理由があったのだ。体たらく会は独立を重んじる。しかし、地元を離れ大都会東京でたった一人独立するのは勇気のいることだ。だから、こうしていつも同じメンタリティを持つ体たらく会に顔を出す。独立と依存、それが体たらく会の重力なのである。




「ねぇ、それにしても、なんで辞めることにしたの。尾口、今まで就職しない俺のこと馬鹿にしてたでしょ」石川が私に聞いた。




そう、私は石川のことを正直見損なっていた。石川は関西の超名門国立大学に通っていた。いくら体たらく人とは言え、なにも大企業に就職できる最大の機会である新卒カードを無下に扱うことはないじゃないか。




「一度試しに入ってみただけだよ。もう十分、大企業は堪能したから」




そう、1年半だが、私は十分に大企業の文化を体感した。それは体たらく人とは相容れない、今にも止まりそうなさび付いた時計のような日々だった。

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